表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第二章 接触
17/46

第八夜 転機

 

 尊と茉奈の生活は、与野事務所での出来事を境に大きく変わった。

 二人は勤めていた会社を辞め、日本独立党が経営する「株式会社お忍びタイムズ」へ入社したのだ。

 表向きは旅情報を盛り込んだフリーペーパーを発行する企業。だが、その実態は帝国の監視をかいくぐり情報を拡散し、人々の意識を変えていくための拠点だった。

 社長でありカメラマンでもある浜田は、笑顔の奥に戦場帰りの鋭さを隠し持ち、二人を社員として迎え入れた。

 茉奈は記者兼ライター、尊は浜田のカメラアシスタント。肩書きは軽いが、その意味するところは「表も裏も駆ける戦力」だった。


 入社から数日後。

 尊と茉奈は浜田の運転するワゴンに乗り、茨城事務所へ向かっていた。後部座席には、黒髪を銀に染めた詩織が静かに座っている。

「……その髪、どういう仕掛けなんだ?」

 尊が思い切って尋ねる。

 茉奈も興味津々で身を乗り出した。

「そうそう!急に銀髪になってて、気になってたんです」

 詩織はルームミラー越しに二人を見やり、口角を上げる。

「まだ教えられんよ」

 詩織は窓の光に指先をかざし、銀色に反射する髪をそっと撫でた。

「時が来たら分かる」

 はぐらかすように視線を窓の外へ逸らした。


 やがて話題は与野事務所で保護された子供へ移った。

 詩織が静かに語る。

「その子は"名前"がない。ただの番号――No.16と呼ばれていたようじゃ」

 車内の空気が凍りつく。

「番号……?」尊が唸る。 その言葉が、なぜか胸の奥に冷たい棘のように突き刺さった。

「あぁ。他にも子は見たことがあるが、14番以前は見たことが無いという。一番新しいのは21番。物心ついた時には番号で呼ばれ"窓のない白い部屋"で訓練を受けたと。できない子は連れ去られ、帰ってこない。……研究材料として失敗した、と話耳にしたことがあるそうじゃよ」

 "窓のない白い部屋"――その言葉が頭の中で反響し、理由のわからない吐き気と苛立ちがこみ上げてくる。先日見た、泣き叫ぶ母親から赤ん坊を引き離すニュース映像が脳裏に蘇った。あの時はただ理不尽だと感じただけだった。だが今は違う。名前を奪われ、番号で呼ばれ、物のように扱われる子供たちの姿が、スクリーンの中の赤ん坊と重なる。それは、決して許されるべきではない、魂そのものへの冒涜だ。

 茉奈は胸を押さえた。子供たちの怯えた表情が頭に浮かぶ。

「そんなの、絶対に許せない……」

「能力があれば有能。だが失敗すれば、廃棄されるだけ」詩織の声は氷のように冷たかった。

 その冷徹な言葉が、尊の中の何かに火をつけた。

 尊は強く拳を握りしめた。これはもう、茉奈を守るためだけじゃない。俺自身の問題だ。

「間違ってる……」低く、唸るような声が漏れる。

「絶対に救ってやる。何人でも」


 ワゴンが茨城事務所に到着する。尊のために外からの光を完全に遮断した控室と隣の室内に、二人の子供が保護されていた。


「覚醒のたびに顔を胸に突っ込むのか?不便じゃの」

 と詩織は尊をからかうが、

「甘いな。俺だって成長してるんだよ」

 と言いって尊が茉奈の手をしっかりと握る。その手を茉奈は胸元で両手に包み込む。伝わってくる鼓動、茉奈への思いが重なり、互いの鼓動が共鳴し、黒髪の力が反応する。

「おぬしの覚醒条件も研究対象にして、後天的発現の能力者を増やしたいところじゃの」

 詩織が小さくつぶやいた…


 保護していた一人は与野事務所のNo.16と同じく、鎖で拘束されベッドで丸まっている。茉奈と尊の力で、次第に怯えが薄れ、静かな呼吸を取り戻した。


 尊は茉奈の手を軽く握り、二人で控室を出た。廊下を進み、もう一つの静かな保護室の扉の前に立つ。

 扉の向こうに、拘束服を着た少女の影が見える。空気がひんやりと張りつめる。尊は深く息を吸い込み、覚悟を固め扉を開けた。もう一人の子供が待っていた。


 拘束服に包まれたその子は、ただ座っているだけ。暴れる様子もなく、視線は虚ろだ。

 保護できたのは運が良かったと聞いていたが、

「拍子抜けだな……」尊が呟いた、その瞬間。

 少女の体がばねのように跳ねた。床が微かに震え、空気が鋭く裂ける音が耳をかすめる。


 全身を使った突撃。尊の"圧縮された時間"の中でも異常に速い――他人には見えない一撃。

「茉奈ッ!」

 尊は身をねじ込み、茉奈の前に割り込んだ。

 衝突の衝撃は、黒髪の尊の体ですら軋みを上げた。


 だが、それだけだった。


 少女を床に叩き伏せる。

 押さえている掌に力を込めると、指先に床や空気の微細な振動が伝わり、部屋の空気が一瞬止まったように感じた。少女の瞳の奥で、恐怖と混乱が渦巻き、思考が追いつかない、突撃が止まる。


 脳内の時間がゆがみ、尊の体はわずかな振動も逃さず感知していた。


 数秒遅れて事態を理解した茉奈が駆け寄る。

「尊!大丈夫!?」

「問題ない。それより……お前こそ怪我はないか」

「……うん、ありがとう。守ってくれて」

 茉奈は震える少女の頭をそっと撫でる。時間をかけ、胸元で抱きしめ、怯えが涙に変わるまで寄り添い続けた。

 やがて、戦闘本能は剥ぎ取られ、ただの子供として泣き崩れる。


 その光景を見届けた詩織と浜田は、目を合わせた。

「……やれるな」

「ええ。彼女の力は確かに"子供を救う力"だ」

「そして尊は――侍を上回る力を持つ」

 二人の声に震えが混じる。

 これまで常に後手に回っていた独立党が、初めて帝国を出し抜ける可能性が芽生えたのだ。


 尊は茉奈の手を握る。温もりが確かに伝わり、鼓動と鼓動が重なる。

 その瞬間、彼の中で一段と黒髪の力がざわめくのを感じた。

「……日々成長している」詩織が小さく呟いた。


 尊は真っ直ぐに茉奈を見つめる。

「俺は、お前を守る。その力で子供を救う。……そして帝国から奪い返す」

 茉奈は強く頷いた。


 この瞬間から、すべてが動き出した。



次回は 10月20日(月) 19時 更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ