第六夜 能力
張り詰めた空気の中、尊はゆっくりと顔を上げ、うつむいたまま口を開いた。
「篠原さん、三つほど質問がある。それに答えてもらってから判断したい。」
その声には、微かに緊張と苛立ちが混じっていた。声色こそ抑えているものの、胸の奥では荒ぶる何かがうねっているのが自分でも分かる。黒髪に覚醒したばかりの感覚――全身の細胞がざわつき、鼓動は耳の奥でやけに響いていた。
詩織はその微妙な感情の揺れを逃さず、すぐに穏やかに応じた。
「なんじゃ、詩織で構わんぞ。できる限り真摯に答えよう。」
尊の警戒心が少し和らいだことに、詩織は心の中で小さな安堵を覚える。目の前の青年が、まだ完全に閉ざされていないことを知ったからだ。独立党にとっても、彼の存在は計り知れない重みを持つ。
「じゃあ、詩織さん、まず一つ目だ。俺の能力は、どの分類に当てはまる?」
尊は軽く眉をひそめながら問いかける。声にわずかに焦りがにじんでいた。
「巫女、侍、忍の三種類があると聞いた。巫女ではないのは確かだが、どちらかを知りたい。」
沈黙が落ちる。古い時計の針が刻む音さえ重く響き、時間が伸びたように感じられる。
詩織はしばし考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「おそらく、侍の能力だろう。」
「侍か…」
尊の心に一瞬、納得と同時に言い知れぬ重さがのしかかる。戦いを運命づけられた者――そう告げられた気がした。
茉奈がそっと俺の手を握る。温かさが指先から伝わり、緊張が少しだけ解けた。あたかも心臓の鼓動が手を介して流れ込んでくるようで、現実に踏みとどまらせる。
詩織は続けた。
「文献や資料は残っていないため、確実ではない。だが侍には身体強化、戦闘技能、感覚強化があると言われておる。」
「確かに今の自分の状態に近いな」俺は小さく頷いた。戦闘技能はまだ実感できない。だが、視界の明瞭さ、相手の呼吸やわずかな仕草まで拾ってしまう感覚は、まさに異常な鋭さだ。
「二つ目の質問だ」
尊の声は、先ほどよりも一段と低く、鋭さを増していた。
「あんたたち、日本独立党の最終的な目的は何だ?帝国をこの国から完全に追い出すことか?それとも、奴らと交渉して、ある程度の自治権を得て共存する道を探るのか?」
それは、ただの好奇心ではない。これから自分たちが命を懸けるに値する覚悟が、この組織にあるのかを問う、本質的な質問だった。
詩織は尊の目をまっすぐに見返し、迷いなく答えた。
「無論、最終的な目標は帝国の完全な排除じゃ。奴らに奪われたわしらの故郷と誇りを、完全に取り戻す。中途半端な共存など、新たな支配を生むだけじゃからの」
詩織は真剣な眼差しを向け言葉を続ける。
「ただ、今すぐに帝国を排除するとか、実力行使するのに尊の能力を使って何かさせたいとかではない。あくまで守るため、何十年後の日本の未来のために力を貸してほしいのじゃ。」
その言葉に、茉奈はほっとした息を漏らす。
「ふっ…、当たり前じゃ…貴重な人材を使い捨てにはせん。」
詩織の腕組みする姿勢には、覚悟と同時に"同志"としての誠意があった。
だが尊の目はなおも鋭く細められる。次の問いを発するまでの間、数秒の沈黙が刃物のように張り詰めた。
「……そして、最後の質問だ」
そう言って尊は一度言葉を切った。そして、
「…なぜ、奥の部屋に子供が拘束されている?」
その瞬間、胸の奥で燃えていた怒りが形を持つ。空気が震え、窓枠が軋む音が響いた。押さえ込んできた衝動が、黒髪の覚醒と共に抑えきれず漏れ出したのだ。
「たける!」
「待て!ちゃんと説明してやるから、おちつけ!!」
茉奈と詩織の声が重なり、尊の意識を現実に引き戻す。
「……ごめん。隣の部屋の様子が見えてしまっただけで、つい反応してしまった。」
声を荒げながらも、尊は必死に呼吸を整える。深呼吸の度に胸が熱を帯び、焦燥と罪悪感がせめぎ合った。
詩織は尊の目を鋭く覗き込む。
「お主、隣の部屋の様子がわかるのか?」
「さっきまでは隣の部屋の様子なんてわからなかった。だが、能力の説明を聞いて、感覚強化というものがあることがわかったら、なんとなく見えてきた。」
理解と共に広がる能力。未知の領域に足を踏み入れた予感が、尊の背筋を冷たく撫でた。
詩織は深く息を吸い、静かに告げた。
「彼はわしを殺しに来た子供だ。予知によって回避できた。まだ子供だからか、能力タイプが身体強化系でないからか、詳細は分からぬ。だが党員が取り押さえることができた。」
言葉は淡々としていたが、その奥に押し殺した苦さが滲んでいた。敵であり、同時に守るべき存在でもある――その矛盾が独立党の現実を象徴していた。
帝国の影が語られる。
「独立党の拡大は帝国にとって脅威じゃ。だが大々的に潰すことはできぬ。政党としての形もあり民の目があるゆえにな。だから奴らは暗殺という汚いやり口を選ぶ。主要人物を狙い、一人ずつ削るつもりなのじゃ。」
尊の胸がざわつく。冷たい汗が背を伝い、息が荒くなる。
「だが、巫女の予知があれば回避できる。未来を読む力は、帝国にとって最大の脅威であり、同時に我らの最後の楯でもある。」
茉奈が尊を見た。その瞳は怯えながらも、揺るぎない光を宿している。自分もまた、その闘いに巻き込まれていくのだと覚悟しているのだ。
尊は拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
「……よし、直接会あってみよう。」
声は低く、だがはっきりと響いた。
茉奈も頷き、子供のいる部屋へ向かう。
背後で詩織が静かに見守っていた。その瞳には試すような光もあったが、同時に、弟子を信じる師のような温かさも滲んでいた。
「ただし、気をつけろ。あの子は…ただの被害者ではない。」
信頼の重みが、張り詰めた空気にゆっくりと染み込んでいった。
次回は 10月13日(月) 19時 更新予定です




