レイ
何もない暗闇の中に、私はいた。
始まりも終わりもなく、音も温度もない、完璧な虚無。
目を開ける必要すらない。
なぜなら私は──ずっと見ているから。
やがて、暗闇の彼方に、光が瞬いた。
それは小さな星。まるで“地球”のように海と空を抱え、命を宿した、小さな世界。
一つだけではない。
無数に浮かんでいる。
淡く光る水色の球体、煤けた赤い惑星、ひび割れた大地を抱えた星、雪に閉ざされた星、狂ったように燃える星。
どれも「地球によく似ている」──だが、どれも「地球ではない」。
私はその一つ一つを、眺めていた。
そこに生きる者たちを、見つめていた。
彼らが、望み、躓き、選び、そして堕ちていく様を。
「今日もまた、誰かが“選ぶ”」
私はゆっくりと手を伸ばした。
星々の中に、ひときわ強く“渇き”を発する存在がいる。
その心は崩れかけていて、けれど、どこかで助けを──あるいは破滅を──望んでいる。
私は微笑む。
ゆっくりと、その星へと歩み寄っていく。
……だけど、私は“降りない”。
その魂は確かに渇いていたが、まだ沈みきっていなかったから。
光を求めるか、闇に身を委ねるか──その揺らぎすら、美しかった。
「まだよ。あなたはまだ、選ぶには早すぎる」
私はそっと指先を引いた。
その星は、私に気づくこともなく、また静かに回り続ける。
私は選択と力を“与える者”であり結末を“見届ける者”だから。
彼らが“どう終わるか”を、私はただ見ていたいの。
ある者は救いを選び、ある者は地獄へ堕ちる。
ある者は何も掴めずに散り、ある者は代償を払いながらも手を伸ばす。
──すべては彼ら自身の選択。
私が与えるのは、選択肢だけ。
その先に何を見るかは、その者の業。
星を背に、私は再び歩き出す。
無数の光が、遠く近くで瞬いている。
そのうちの一つが、わずかに震えた。
表面を覆う雲が裂け、赤い光が大地を焼いている。
街は崩れ、塔は倒れ、人影が消えていく。
私は目を向ける。
そこには、かすかな“叫び”がある。
選ばれぬまま朽ちようとする意志の残響。
「……誰にも見られずに終わるのは、さぞ苦しいでしょうね」
その声は星に届かない。
届いたとしても、何も変わらない。
私は足を止める。
そのまま、少しの間、崩れゆく光景を見つめ続ける。
風が止み、海が裂け、都市が音もなく崩れる。
そしてすべてが静まり返る。
私は踵を返す。
「終わったものに、私は何も与えないわ」
闇の中に、また別の星が輝く。
その星は、どこか奇妙に歪んでいる。
輪郭が不明瞭で、内側の構造がうまく見えない。
近づくと、何かが違う。
命の輪郭が不確かで、願いの方向も定まっていない。
世界そのものが、どこか曖昧に滲んでいる。
私は静かにその星を見下ろす。
指先を上げ、ひとつの点に触れようとする。
けれど、触れない。
熱も、鼓動も、痛みも──何も、ない。
「空っぽ……なの?」
声に応えはない。
しばらく、その場に留まる。
星はかすかに明滅を繰り返し、やがて光を閉ざす。
私は目を細める。
沈黙が続く。
「つまらない世界」
私は静かに手を上げた。
指先がわずかに震え、闇に一筋の線を描く。
光を失った星の輪郭が、かすかに滲む。
ひとつ、ふたつとひび割れが広がり、星の内側が静かに崩れていく。
音はない。
砕ける音も、叫びも、抵抗も。
ただ、淡く──沈んでいく。
私は何も言わない。
目の前の星は、徐々に光を失い、ひとつの塵へと還る。
そして、それすらも──消える。
闇だけが、残った。
「……さようなら」
私は手を下ろし、視線を外す。
その場所には、もう何もない。
かつてそこに星があったという痕跡すら、残されていない。
次の光が、遠くでまた瞬いている。
私はそちらへと向かう。
足元に何もなくても、私は進む。
選ばれず、終わりすら迎えられなかった世界を背に。
「次は……どうかしらね」
私は手を差し出す。
そこには、何もない。
ただ、完璧な暗闇が広がっている。
指先をわずかに動かす。
すると、闇が微かにうねった。
小さな渦が生まれる。
何もなかったはずの空間に、わずかな光が滲み出す。
「──ここに、始まりを」
私は掌を開いた。
闇の奥で、光がひとつ、脈動を始める。
まるで心臓のように。
まるで胎動のように。
その光は、ゆっくりと形を変え、回転し、凝縮し、熱を帯びる。
やがて球体となり、そこに青が生まれ、白が交差し、緑が滲む。
海ができた。
大気が満ちた。
雲が流れ、大地が裂け、川が刻まれた。
「──動いて」
私は軽く指を鳴らす。
星の表面に、微かな振動。
時間が動き出す。
空が巡り、太陽が昇り、風が吹く。
そして──
ひとしずくの光が、地表に落ちる。
そこに、芽が伸びた。
草が生え、木々が立ち、やがて羽音が走る。
生まれた。
呼吸をする命。
音を持つ命。
選択する命。
私は、その世界を静かに見下ろす。
「さて……この星は、どう終わるのかしら」
星は静かに回っていた。
大地が生まれ、風が吹き、雲が流れ、海がうねる。
まだ誰も言葉を持たず、争いも、願いも、存在しない。
命たちはただ、動いている。
呼吸し、育ち、地に根ざし、空を仰ぐ。
私は何もせず、ただ見ていた。
遠くから、音もなく、そのすべてを。
ひとつ、光がはねる。
草の間を跳ねる影。
まだ意味を持たない動き。
それでも、世界は確かに動き始めている。
私は指を動かさない。
手を伸ばすこともない。
与えもせず、奪いもせず。
ただ、見ている。
そして、ぽつりと呟く。
「……だってこれは、私達の戯れなのだから」
──終。
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