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始まり

僕は小さく息を吐き、一度、自分の内側へと沈んでいった。


心を落ち着かせるために――怒りと苦しみ、その正体をじっと見つめる。


殴られ、罵られ、そして無力さに押し潰されかけた日々。


胸の奥に溜め込んできた感情が、じわじわと広がっていく。


だがその一方で、頭の中を覆っていた靄は静かに晴れ、心は妙に澄んでいた。


怒りはもはや混乱ではなかった。

それは、明確な“意志”として、ゆっくりと形を成し始めていた。


あのときの言葉、あの視線、あの嘲笑。


やつらの顔が次々と脳裏に浮かび、そして消えていく。


そのたびに、身体の奥がじんわりと熱を帯びていった。


(……もう、全部終わらせよう……)


そんな思いが、胸の奥で静かに輪郭を描いていく。


まるで、それだけが最初から定められていたかのように。


心の底に渦巻く怒りが、全身に熱を伝えていくのを感じていた。


(終わらせる……いや、違う。あいつらが何も失わずに終わるなんて、それじゃ足りない)


そのとき、俺の中には確かな“意志”が芽生えていた。


ちょうどその時、田中は取り巻きのスマホを見ながら笑っていた。


「……田中」


俺の声に、田中は振り返り、眉をひそめる。


「は? 何だよ」


「……話がある。今日の放課後、用具室に来い」


田中は一瞬、きょとんとした顔をした後、すぐに嘲笑を浮かべた。


「は? 用具室でまた土下座でもすんの? バッカじゃねえの?」


周囲の取り巻きがドッと笑う。


だが俺は冷静に田中の目を、真正面から見返した。


「逃げんなよ」


その一言を残し、黒板に貼られた写真を剥がしてゴミ箱に捨て、席に戻った。


教室はざわついていたが、俺の中は不思議なほど静かだった。


心は、すでに“放課後”へと向かっていた。


授業中も休み時間も、田中たちは俺に手を出さなかった。


あの頃のような暴言も、嘲笑もない。ただ、妙に距離を取っていた。


まるで、俺の中に潜む何かに気づき、怯えているようだった。


教室の空気にはぎこちない緊張が漂っていた。

そして、放課後がやってきた。


クラスがざわつき始める。


それは、今朝の俺の“あの一言”が原因だった。


田中に向かって放った、たった一言


――「逃げんなよ」。


いつもなら笑い話で終わるはずの言葉が、今日は違っていた。


俺の目も、声も、どこかが違っていたのだろう。

誰もが気づいていた。“何か”が始まる――そんな予感だけが、教室の空気を濁らせていた。


田中もまた、どこか落ち着かない様子だった。

笑ってはいたが、その笑いには硬さがあり、

スマホをいじる手もどこかぎこちない。

時折、こちらを盗み見るその視線には、警戒がにじんでいた。


俺は何も言わず、田中が動くのを待った。


「……しょうがねぇな……」


わざとらしく笑いながら、田中は取り巻きたちに向かって言った。


「ちょっと行ってくるわ。マジでまた土下座してくれんなら、動画撮ってやるよ。あはは」


だが、誰も笑わなかった。

その沈黙が、妙に重かった。


田中は軽い足取りを装いながら、俺の席の前を通り過ぎて廊下に出た。

俺も後に続く。


扉の前で一言。


「誰もついて来るなよ」


そう言い放ち、教室にいた連中を睨んでから、扉を閉めた。


階段を下りる足音が、やけに大きく響く。

薄暗い廊下。誰もいない時間、誰もいない場所。


用具室の前に着いたとき、田中が振り返った。


「で? なんだよ。マジで何のつもり? 今さら謝ったって、許してやらねーけど?」


俺は答えず、無言でドアを開ける。田中を先に入らせた。


埃っぽい空気。古いマットや跳び箱の匂い。

小さな蛍光灯が、かすかに室内を照らしていた。


ドアを閉め、鍵をかけた瞬間、世界が密室になったように思えた。


俺はゆっくりと歩を進め、田中との距離を詰める。


田中が一歩、後ずさる。


「……は? おい、マジで何のつもりだよ?」


口調は強気だが、その声はわずかに震えていた。

本人は気づかれまいと虚勢を張っているつもりなのだろう。


「田中、ビビってんのか?」


「は? 誰が? お前、調子乗ってんじゃねえぞ……」


田中は顔を歪めて笑った。だが、その笑いには余裕がなかった。


「で? 何だよ? ここまで連れてきて説教か? ウゼえんだよ。つかさ、何? 俺に復讐でもした気分? 中二病こじらせすぎだろマジで」


その足は、ほんの少しだけ後退していた。

俺は、それを見逃さなかった。


「怖いなら逃げてもいい。鍵、開けてやるから」


「……は? 誰が逃げるって? お前みたいな陰キャの相手、俺がビビるわけねえだろ。

 

だいたいお前な、昔からウジウジしてて、なんかムカつくんだよ。

 

殴っても、蹴っても、ただ俯いてるだけで、なーんも言い返さねえ。

 

マジで気持ち悪いんだよ。お前みたいなやつが教室にいるだけで、空気悪くなんだよ」


「……だから、お前は、人を傷つけるのが“当たり前”になってるんだな自分が王様のつもりか?」


「はっ、そうかもな。でもお前も、自分がいじめられる“価値しかない”ってわかってたんじゃねぇの?


だから黙って耐えてたんだろ? 自業自得だよ、全部」


その瞬間、俺は田中の胸ぐらを掴み、思いきり壁に叩きつけた。


「……!」


鈍い音が響き、田中の目が見開かれる。だが、まだ殴りはしない。

代わりに、俺は声を突きつけた。


「お前のその“上から目線”、今日で全部終わらせる。

 俺の目を見て言え。お前が壊したのは、誰の人生だったのか」


田中はなおも睨み返してきたが、その奥に――“怯え”があった。


それは、今まで一度も見せたことのない表情だった。


「覚えてるか? あの日、俺が顔を腫らして帰ったの。

 先生に見つかっても、“階段で転んだ”って誤魔化したんだ」


田中は唇を噛むだけで、何も言い返さなかった。


「覚えてるか? 机の中に“死ね”って紙詰め込んだの。

あれ、お前らだったよな。

俺、泣きながら帰って、母さんにバレないように必死で顔隠してた」


「……知るかよ、そんなこと……」


その声は小さく、壁に吸い込まれるように消えていく。


俺の中の怒りは、もう燃え上がる炎じゃなかった。

それは、底なしの井戸のように、冷たく、静かに沈んでいた。


「……なぁ、田中。お前、誰かに心から謝ったこと、あるか?」


「……は?」


「謝るのが、自分の価値を下げるって思ってんだろ。

でもな、謝れるのは“人間”だけだ。

謝れないやつは、もう“人間”じゃない」


そう言って俺は、田中をマットに投げ倒し

――腹を、蹴った。


田中は息を詰まらせるような呻き声を上げ、身体を折り曲げて床に倒れ込んだ。


俺はしばらく、その様子を無表情で見下ろしていた。


痛みにうずくまる田中。


あれだけ傲慢だった男が、今は虫のように身を丸めて、何も言えずにいる。


田中の襟をつかんで立たせ鳩尾を全力で殴った。


「うげっ……! がっ、は……っ」


「ほら、どうしたよ“王様”……教室で俺を蹴って転がしたように、今度はてめぇが転がれよ」


田中は咳き込み、膝から崩れ落ちた。だが容赦はしない。寝転がる田中の腹を執拗に蹴った、腹以外は決して狙わず、淡々と、冷酷に繰り返した。


「ぐっ……あ、ああ……ッ!」


声にならない呻き。だが、腹以外傷一つついておらず外見は保たれている。

田中は叫ぶこともできず、ただ涙と汗を混ぜて嗚咽する。


「や、やめ……やめろよぉ……もう……っ」


その懇願すらも俺の耳には届かない。


「痛ぇよな? 苦しいよな? でも、俺はこれっぽっちも楽しくねぇんだよ。お前が笑いながら俺にやったことを、俺は“怒り”でやってんだよ」


背中を押してマットに沈める


「腹以外に攻撃しないそれがどれだけ残酷か、わかるか? 誰もお前の変化に気づかねぇんだよ。苦しんでるのに、辛いのに、見た目は“いつも通り”。 地獄だよな?」


田中は涙を流し、震え、必死に何かを呟いている。

「ごっ……ご…め…ん…な…さ…い」


俺はその言葉を待っていた、そして田中に

「謝るときはどうすれば良いか分かるよな」

田中は震える手で顔を覆いながら、崩れ落ちたまま呻いた。


「…ごめんなさい…もう、やめて……」


その言葉は、これまで一度も聞いたことのない種類の声だった。

プライドも見栄も、虚勢もすべて剥がれ落ちたただの「一人の人間の、哀願」。


俺は田中の髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。


「本当に、悪いと思ってんのか?」


「……お、思ってる……っ……もう、許して……お願い……」


その顔には、笑顔も、怒りも、もうなかった。ただ、怯えと涙と、崩れ落ちた人格だけが残っていた。


「じゃあ……“俺が味わった絶望”、お前もちゃんと味わえよ」


俺はそう言って、かつて自分がやらされた“あの屈辱”を、静かに田中に命じた。

今度は、田中がやる番だった。俺がかつて、屈した、あの形で。


田中は、最初は首を横に振っていた。信じられない、という目で、俺を見ていた。


だが――それでも、俺の目を見て、理解したのだろう。


これはもう、「許されるか否か」ではなく、「代償を支払う番」なのだと。


恐怖と羞恥で震えながら、田中は、かつて俺がそうしたように、自らの手でその姿を晒し、跪き、床に額をつける。


そう、『全裸土下座』だ自分のスマホで動画を撮りながら田中の顔を見た。


「……ご、ごめんなさい……っ……もう、しません……俺が……全部悪かった……!」


誰も見ていない密室で、田中の嗚咽と謝罪が響いていた。


あの傲慢で、教室の“王様”だった男が、今はただの、何も守れない少年だった。


「おい、もう服着て良いぞ」


田中は震える手で服を掴み、ゆっくりと体にまとった。


その顔には、まだ深い後悔と恐怖の色が残っている。

だが、どこか安堵の表情も浮かんでいた。


「今日のことは、誰にも言うなよ」


俺の声は冷静だったが、その重みは確かに田中に伝わっている。


「……ああ、わかった」


田中はうなずき、俯いたまま返事をした。

俺は背を向け、用具室の鍵を開け扉に手をかけ帰るように見せかけ振り返り田中の腹を殴った。

殴られた田中は跳び箱にぶつかり凄い音と共に倒れた。


「おい、なんの音だ」


音を聞いた教師が扉を開けた。


「先生、田中くんが掃除中にバランスを崩して跳び箱倒した音です、驚かせてすみません。」


「そうなのか気を付けろよ」


先生が去った後、用具室の扉がゆっくりと閉まる。


田中は床に倒れたまま、震える息を整えている。


俺はゆっくり近づき、静かに言った


「これで終わりじゃない。逃げずに明日も学校に来い、じゃないとどうなるかわかるよな」


田中は首を縦に振り、俺は用具室を出て教室に向かった。

教室に着くと田中の取り巻き達がいた


「おい、田中はどうしたんだよ。」


取り巻きの一人が聞いてきたので


「田中の伝言で先生に手伝いを頼まれたから先に帰ってくれだってさ、それと殺虫剤を撒くから用具室には近付くなってさ」


今までの事は言わずに嘘をついた。

取り巻き達はしつこく用具室での様子を聞こうとしてきたので目の前にいた奴の腕を思いっきり掴み


「早く帰れよ」


俺は掴んだ腕を振りほどいて睨んだ

空気が一気に張り詰めた。


取り巻きは一瞬ひるんだが、すぐにニヤリと笑いを浮かべた。


「おう、分かったよ。お前も大人しくしとけよな」


言葉とは裏腹に、その目は鋭く、俺の動きを警戒しているのがわかった。


俺は何も言わずにそのまま教室の自席に戻り、背筋を伸ばして座った。


頭の中では、さっきのことがぐるぐる回っている。 あの密室で見た田中の崩れた姿、そして自分の決意。


『やっぱり、こっちを選んで正解だった』


これは終わりじゃない むしろ、ここからが復讐の始まりだ。


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