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悪くない

見たくないものを見ず、聞きたくないことを聞かずに生きられたなら、どれほど楽だろう。

だが、世界はそれを許してはくれない。


この物語は、そんな願いを胸に抱くひとりの者の軌跡。


部屋の空気は湿っていた。

夏でも冬でもない。だが、空気は重く肌にべったりとまとわりつく。

シャッターは何年も閉ざされている。

もう外の世界などどうでもよかった。


六畳の狭い部屋に、俺はただいるだけだ。

動くことも、考えることもほとんどなく、ただ時間が過ぎていくのを感じているだけだ。


テレビの画面がぼんやりとした光を壁に照らしている、映る文字は頭に入らない。

消すこともできるが、面倒くさいだけだ。


あの頃のことは、何度も何度も思いだす。

履歴書を書いて、面接を受けて落ちた…

全部、クソみたいな連中のせいだ。

「やる気あるの?」

「もっと笑ってみてよ」

「暗いね」

馬鹿な面接官どもが、俺を理解できなかっただけだ。

本当は俺が優れているのに、くだらない世間の基準に潰されたんだ。

それだけの話だ。


バイトもやったけど続かなかった。

馬鹿な店長の暴言、客の小馬鹿にした態度。

全部、俺のせいじゃない。あいつらがクソなだけだ。

だから俺は悪くない。悪いのはいつも他人だ。


外に出るのが怖い?

ふざけんな外なんて所詮地獄だ。

俺はただ、まともな奴らがいない世界から身を引いただけだ。

それだけの話だ。


何年もここに閉じこもっている。

部屋の匂いを感じなくなった。

頭の脂、服の汗、布団のカビ。そんなものが部屋に染みついている。

鼻が慣れたのか。それともただ、無感覚になっているだけか。



ドアの向こうに気配がした。母だ。

いや、正確には厄介者だ。いつも俺の神経を逆撫でする、醜い存在。


焦げた脂の匂いが流れ込んできた。

焼き魚。俺が嫌いなメニュー。

「……カップラーメンにしろって言ったはずだ……」


舌打ちが自然と漏れる。

昨日も言った。何度も言った。

何でそれすら守れないんだ。わざとだろ。俺を苛立たせるために、わざとやってるんだ。


立ち上がり、足元のペットボトルを蹴飛ばす。

ドアを開け、背中を向けたままの母に怒鳴った。


「言っただろ……ラーメンにしろって……」


母は振り返らず、ただ小さく肩をすくめるだけだ。

「……余ってたから……」


その声が俺の神経を逆撫でした。

手にあったペットボトルを思い切り投げつける。

鈍い音が響き、母は小さく呻いた。


「使えねぇ……何回言わせんだよ……」


母は黙って部屋を出て行った。

ドアを閉め鍵をかける。

壁にもたれかかり、座り込む。


このクソみたいな日々に、何の意味もない。

何一つ変わらない。

俺も、部屋も、時間も腐りきっている。


過去の面接官の馬鹿面、バイト先のクズども。

思い出すだけで吐き気がする。

こいつら全部、滅びればいいのに。

けど、俺は違う。俺は悪くない。

全員、俺を理解できなかっただけだ。


「……全部、消えてなくなればいいのに……」


俺の呟きは部屋の空気にすっと吸い込まれた。

返事も慰めもない。

そんなもん、いらない。


このまま誰にも邪魔されず、腐り続けたい。

でもそれでも、俺は誇りだけは失わない。

俺は屑かもしれない。

けど、あいつらみたいな奴隷にはならない。


――そうやって自分に言い聞かせている。

誰も分かってくれない。

いつもそうだった。

俺は悪くない。世界が悪い。人が悪い。環境が悪い。

俺が正しいのに、誰も認めてくれない。

だからこそ、俺はここにいる。ここ以外には居場所なんてない。


母親の事を考えると腹が立つ。

就活に失敗した俺に「働け」と責め、逃げ場をなくす。

そんな奴、消えてくれればいい。



だが、それでも離れられない。

この部屋も、母親も、全部が俺の牢獄だ。

抜け出す気はない。抜け出せない。

それが現実だ。


頭の中で声が響く。

「お前はダメだ。無能だ。何もできない」

けれど俺は否定する。

「違う。お前が間違っている。お前らがクズだ」


そんな繰り返しだ。

何年も、同じことを繰り返している。


外の世界はもうどうでもいい。

もう戻れない。戻りたくもない。

俺はこのまま腐っていく。


だが、それでも誇りだけは捨てない。

たとえ屑でも、俺は俺だ。

誰にも屈しない。誰にも負けない。


気まぐれでテレビのチャンネル変えた。

ニュース番組かと思ったら、特集コーナーだった。

「ニートの実態――社会から取り残された若者たち」


ナレーターの声が淡々と流れてくる。

「就職活動に失敗し、家から一歩も出られなくなった男性。親との関係も悪化し、自室に閉じこもったまま数年が経過しています」


映像には、暗い部屋に閉じこもる若者の姿。

どこか見覚えのある光景だった。


言葉の一つひとつが、俺に向けられているようで、居たたまれなくなる。

でも、目を背けることもできなかった。


「親との衝突や社会への不満から、自己を責めることはありません。しかし、本人の意志だけではどうにもできない現状も見逃せません」


画面の中の男が、どこか哀れに描かれている気がした。

でも、俺は違う。違うんだ。

俺は弱くなんかない。壊れてなんかいない。

お前らが理解できないだけだ。


テレビの声は続く。

「社会の冷たさに傷つき、閉ざされた心。そこから抜け出すのは容易ではありません」


その言葉が胸に刺さる。

抜け出す?

簡単に言うな。

俺はお前らの言葉でどれだけ傷ついたか。


でも、動けないのは事実だ。

動こうとすれば、すぐに潰される。

だからここにいる。ここが唯一の安全地帯なんだ。


画面の声が遠ざかる。

俺はただ、目の前のテレビを見つめ続けた。

作品を読んでいただきありがとうございます。

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