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妹達

……その少年には、二人の妹がいた。

崩れた町の片隅で、三人は寄り添いながら生きていた。


食べること、生きること、守ること。

どれも簡単ではない世界で、彼は静かに選び続けた。


誰にも気づかれずに過ぎていった日々。

けれど私は、ずっと見ていた。


これは、彼が生きようとした記録。

たとえ誰も知らなくても――確かに、ここにあった物語。



あれから、もう一ヵ月が過ぎた。


地震だった。


何の前触れもなく、すべてを壊していった。

街も、家も、日常も、そして――両親も。


ニュースでは百年に一度の大災害と言っていた。

けれど、そんな言葉が、俺たちの空腹を満たしてくれるわけじゃない。



町は今も崩れたままだ。

壁の落ちた建物、ひび割れた道路、沈黙した信号。

そこに生きているのは、人間よりも虫のほうが多い気がする。


 


あの日以来、俺は妹二人を連れて彷徨った。

避難所を探して歩いたが、どこも人で溢れかえっていて大人たちが押し合い、叫び、命の順番を競い合う中で

もう定員だと追い返された


仕方なく、空き家を探して歩いた。


誰もいない場所を選んで、壊れかけた一軒家にたどり着いた。

水も電気もないけど、雨風をしのげる。

それで充分だった。


けど――食べ物だけは、どうにもならなかった。


スーパーもコンビニも、もうとっくに荒らされてる。

残ってるのは、袋の破れたカップ麺、カビの生えたパン、腐った弁当。

保存食でさえ、取り合いになってすぐになくなった。


それでも、喰わなきゃ死ぬ。

誰かのものを盗んででも、手に入れないといけなかった。


俺は今夜も、フードを深く被って街を歩く。

月明かりだけが道を照らしていた。

肩には、鍋と水の入ったペットボトル、それに拾ったライターを入れた鞄。


目をつけていたのは、壊れた薬局だ

昼間に見たとき、シャッターが少し開いていた。

中に何か残っているかもしれない。

それだけを頼りに、静かに足を運ぶ。


開いているシャッターから中に入る。


薬品とカビの匂い。


倒れた棚と濡れた床を避けながら、奥のストックルームを目指す。


そこで、見つけた。


ダンボールの中に、レトルトのお粥が三つ。

賞味期限はまだ切れてない。

この町で、今これを見つけられるのは奇跡に近い。


 


俺はそれらを鞄に詰めていた――そのときだった。


 


「……誰かいるのか?」


 


背後から、男の声。

思わず身体が反応した。

鞄を掴んで裏口に向かって一気に走り出す。


 


棚にぶつかり、足元の瓦礫を蹴り、裏口から月の下へ飛び出す。

追ってくる足音はなかった。

それでも、心臓は爆発しそうなくらい脈打っていた。


 


街を走り抜けて、ようやく空き家に戻る。

玄関の戸を開け、中に入ると、冷えた空気と静かな寝息が出迎えてくれた。


 


布団の中で、妹たちが眠っている。

十四歳の美咲と、六歳の美雪。

小さく体を丸めて寄り添っていた。


 


「……ただいま」


声に出してみたけど、誰も起きない。

それでいい。


鞄から鍋と水を取り出し、拾った木にライターで火をつける。青く光る炎が、鍋の底を照らす

鍋にレトルトお粥を入れ、ゆっくり温める。

湯気が上がってくるのを見つめながら、思う。


罪悪感はある。


あるけど――


それでも、喰わせなきゃならない。


 


誰かのものを盗んでまで、あいつらに飯を食わせる。

その重さを知ってても、やめられない。


 


「……にいちゃん……」


 


美雪が目を開けて、かすれた声を出す。

「お帰り……」


「ああ。ただいま、ご飯もう少しでできるよ」


美咲も目を覚まして、弱々しく笑った。


「ありがとう……今日も無事で、よかった」


ありがとうなんて言われる資格はない。

けど、その言葉で、今日の“意味”ができた気がした。


喰わなければ、死ぬ。


それは俺も、妹たちも同じだ。


でも俺には、あいつらを生かす責任がある。

だから今日も、俺は盗むそして、喰わせる。

鍋の湯気が、月明かりの中で静かに揺れていた。


温めた袋からお粥を皿に流し込む。

レトルトのパックは三つある

だけど、一人一パックでは、今の二人には足りない気がした。


だから俺の分を、二人の皿に半分ずつ入れた。


美咲と美雪に、あったかいものをしっかり食べさせたかった。


 


湯気の立つ皿を渡すと、美雪が嬉しそうに目を丸くした。


「わあ……あったかい……」


そっと手を添える。


 


美咲は皿を受け取りながら、俺の顔をじっと見ていた。


 


「にいちゃんのは?」


 


「……あとで食べるよ」

曖昧に返した。


美咲は何も言わなかったけど、多分わかってる

それでも皿を抱え、静かに「ありがとう」と言った。


 


美雪は夢中で食べていたこぼさないように、一口ずつ丁寧に口へ運んでいる。

その姿に、胸の奥が締めつけられる。


 


食べ終わった美咲が、布団に戻るとき、そっと俺の背中に声をかけた。


 


「……おにいちゃん、ほんとはさ……全部、食べてほしいよ」


 


「……ありがとな。でも、今はそれより、二人が元気でいてくれたほうがいい」


 


振り向かずに言うと、返事はなかった。

代わりに、布団の中でごそごそと動く音だけがした。


 

鍋を軽くすすぎ、空になったパックを袋にまとめた。

そしてペットボトルとライターを確認しながら、明日のことを考える。


 


まだ水はある。けど、それもすぐに尽きる。

また、明日も探さなきゃならない。


美雪の寝息が静かに響いている。

美咲は、まだ目を閉じられずにいるようだった。


「おにいちゃん、寝るんでしょ?」


 「うん」


「……ちゃんと、食べて、ちゃんと寝て。じゃないと……いなくなっちゃうよ」


「大丈夫。まだ、死なないよ」


 

少しだけ笑って返したつもりだったけど

美咲は何も言わなかった。

それ以上、俺も言葉を足すことができなかった。

月明かりが静かに差し込み、三人の影を床に映していた。

作品を読んでいただきありがとうございます。

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