出会い
この物語は、ひとりの少年が抱える心の闇と葛藤を描きます。
日常の中に潜む孤独や痛み、そして人間の弱さと向き合いながら、彼は自分自身と世界の理不尽さに立ち向かいます。
誰にも理解されない苦しみの中で、彼が選ぶ道とは――。
読む者の胸に静かに響く、繊細で重厚な物語です。
『ねぇ、俊介君…力が欲しい?』
この出会いが僕の運命が大きく変わる瞬間だった
僕の名前は山田俊介、平凡な高校二年生。
しかし、僕の日常は決して平穏とは言えなかった教室のドアを開けるたびに、心臓が締め付けられるような感覚が襲う。それはまるで毎日同じ悪夢を繰り返すかのようだった。
朝の教室にはすでに何人かのクラスメートがいて、笑い声や軽口が飛び交っていた。
だが、僕が教室に入ると会話が止まり冷たい視線が突き刺さる。
僕は教室の隅にある自分の席に着き、机の上に広げた教科書を意味もなく眺めた。
「おい、山田ちょっとこれ見てみろよ」
後ろから肩を叩かれた瞬間、嫌な予感がした。振り返ると、そこにはクラスのリーダー格である田中が立っていた。彼の目には嘲笑の色が浮かんでいた。
田中の手には、スマホが握られていた。画面をこちらに向けると、そこには僕の写真が映っていた。昨日、下校途中に撮られたものだ。知らない間に、撮られていたらしい。
しかも、加工されて奇妙な落書きが加えられていた。僕の顔には道化師のようなメイク、背景には「陰キャ王子、降臨」と書かれた文字。
「ウケるだろ? お前ってさ、本当に面白いやつだよな」
周囲からクスクスと笑い声が漏れた。誰も止めようとはしない。むしろ楽しんでいるようだった。
僕は何も言えずにただ、田中の目を見返した。怒りや悔しさではなかった。そこにあったのは、空虚だった。まるで、自分がこの教室の中で透明な存在になってしまったかのような感覚。
「……消してくれ」
僕の声は、かすれていた。それでも田中は聞こえたらしく、わざとらしくスマホを掲げた。
「え? これか? どうしようかな~。削除してほしい? それとも、もっと面白いの追加してほしい?」
僕は何も言えずにただ、立ち尽くしていた
暫く沈黙が続くと田中は何か言えよと呟きながらスマホをポケットにしまうと、周囲の空気はすぐに元に戻った。いや、戻ったというより、『いつもの日常』が再開しただけだった。
ひそひそと喋り、誰かが机を叩いて抑えきれない笑いを爆発させる。
まるで、自分が空気のように透明で、そして笑いの対象としてだけ形を持つ存在になってしまったかのようだった。
僕はゆっくりと椅子に座り直し、机の上の教科書を開いた。
ページの文字は滲んで見えなかった。
目に入らないというより、脳が情報を拒絶しているような感覚。
(なぜ、誰も止めない?)
そう思った瞬間、自分の問いかけに苦笑した。
(……知ってるくせに)
この教室では、声を上げる者は次の標的になる。だから誰も逆らわない。沈黙は、自己防衛なのだ。
チャイムが鳴っても、授業の内容は一つも頭に入ってこなかったノートを開いても、ペンは動かない。
先生の声は、遠く、こもったように聞こえていた。
昼休み。僕はパンを持って用具室に向かった。誰も来ない場所だからいつもここに逃げている
しかし、用具室の扉を開けたその瞬間、背筋が凍った。
そこにいたのは、田中と数人の男子たち。まるで、僕が来ることを知っていたかのように立っていた。
「よう、山田まさかほんとに来るとはな。期待に応えてくれてありがとな」
田中がニヤリと笑う。スマホを持ちながら
「今日はもっと面白いネタ、撮らせてもらうからさ、協力してくれよ、“陰キャ王子”」
男子の一人が、僕の肩を掴んで壁に押し付けた。抵抗しようとしたが、力では敵わない。
田中が僕の顔を覗き込み、小声で囁いた。
「なあ山田、お前ってなんで生きてんの?」
その言葉が、胸の奥を突き刺した。
「クラスで誰もお前を必要としてないし、存在すら認識してないふりをされてお前がいなくなっても、誰も困らない。むしろ喜ぶんじゃね?」
彼の言葉に、周囲の数人が笑いを噛み殺す。
僕は、何も言い返せなかった。ただ、まばたきの合間に、ふと頭をよぎった。
(……もし、本当に僕がいなくなったら、世界は変わるだろうか?)
その問いは、思ったよりも自然に、心の中に落ちていった。
田中たちは笑っていた。用具室の空気は、どこか冷たく湿っていて、まるで牢獄のようだった。
僕の肩を掴んでいた男は、力を抜く気配がない。田中がスマホをこちらに向けながら、顔をしかめて言った。
「なあ山田、お前さ、『全裸土下座』しろよ。それっぽく、こう……“すみませんでした!”って顔してさ。そしたらバズるかもな?」
その瞬間、周りの男子が僕の着ているすべての物を無理やり脱がせて正座をさせた。
「ほら、撮影ターイム」
僕の顔にスマホのライトが当たる。眩しさで目が潤んだ。それを見て田中が満足げに笑った。
「お、いいねいいね。泣いてるっぽいじゃん」
(泣いてなんかいない。これはただの……)
でも、言い訳するのももう面倒だった。どうせ、何を言っても嘲笑が返ってくるだけだ。
田中がスマホをポケットにしまうと、顔を近づけてきた。その目はもう、完全に「人」ではなかった。爬虫類のように冷たく、無機質で、ただこちらを獲物として見ていた。
「なあ、山田。今、学校辞めたらどうなると思う? あーでも、お前んちって母子家庭だったよな。母ちゃん、働いてるって言ってたっけ?」
僕の肩がピクリと反応する。
「やっぱりな。じゃあさ、もしお前が消えたら……母ちゃん、泣くかな? それとも“やっと重荷がなくなった”って笑うのかな?」
その言葉は、今までのどんな嘲笑よりも、痛かった。
「……やめろ」
かすれた声で言った。言ったのに…田中は止めなかった。
「お前ってさ、生きてて楽しいの? 何のために毎日学校来てんの? 誰とも話さねぇで、笑いもせずに、何も残さずに、ただ生きてるだけ。……それ、生きてるって言えるの?」
僕の心の中にあった何かが、また一つ崩れた音がした。
周囲の男子たちが、飽きたのか口々に言った。
「もう、いいんじゃね? なんか反応薄いし、つまんねーわ」
「逆に怖くね? こいつ、マジで死にそうな顔してんじゃん」
「おい田中、そろそろやめとけって。ガチでヤバいかも」
田中は舌打ちしたが、やがてスマホをしまってため息をついた。
「……チッ、じゃあ今日はここまでにしといてやるよ。“陰キャ王子”、またな」
そう言って、彼らは去っていった。
誰も振り返らなかった。まるで、最初から僕がそこに存在していなかったかのように。
用具室の扉が閉まる音が、耳の奥に響いた。
沈黙。
僕は膝から崩れ落ち、冷たい床に額をつけた。
(終わったわけじゃない…。これが、毎日続く)
(ずっと。見て見ぬ振りをされ。誰にも助けられずに)
手が震える。喉が乾いて、呼吸も浅くなる。
(俺がこのまま死んでも、きっと誰も気づかない。クラスは笑ってるし、先生は名簿を見て出席を確認するだけだ)
(母さんにだって、迷惑しかかけてない)
(じゃあ……何のために、生きてるんだ?)
静かな絶望が、僕の体の隅々にまで染み込んでいった。
何も感じない。いや…感じることを、やめてしまった。
だから、笑われても、殴られても、何も響かない。
けれど、ただ一つだけ、確かな感情が残っていた。
(いなくなりたい)
それは、悲しみでも怒りでもない。ただの『願い』だった。
世界から、自分という存在が静かに消えることを。
誰にも迷惑をかけず、誰にも気づかれず、すっと消えていくことを。
その願いだけが、僕の中で確かに灯っていた。
しばらくすると、予鈴のチャイムが鳴った。
(…戻らなきゃ)
そう思って立ち上がろうとしたが、膝が震えて力が入らなかった。立てない。身体が言うことを聞かない。まるで、骨の芯まで疲れ果てたようだった。
額に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をする。
体を引きずるようにして用具室のドアを開け、廊下へ出る。
教室に近付くに連れて呼吸は浅く鼓動が速くなり
気分が悪くなっていくそんな状態で歩いていると
「ちょっと大丈夫?」
その声に、僕は思わず足を止めた。
振り返ると、そこには保健室の先生が立っていた。白衣の袖を軽くまくり、心配そうにこちらを見ている。
「顔色が悪いよ。どこか具合悪いの?」
僕は答えようとしたが、喉がつかえて声が出なかった。ただ、かすかに首を振った。
「……そう。じゃあ、無理しないで。保健室、寄っていく?」
その言葉に、僕は再び首を振る。行けばきっと、いろいろ聞かれる。それが、怖かった。
「……帰ります」
やっとの思いで、それだけを絞り出した。
先生は一瞬、何か言いたげに口を開きかけたが、すぐに閉じて、静かにうなずいた。
「わかった。担任の先生には私から伝えるから気をつけて帰ってね。……ほんとに、無理しないで」
僕は深く頭を下げた。その姿を見届けると、先生は職員室の方へと歩いていった。
教室には戻らず、そのまま下駄箱へ向かう。誰とも目を合わせないように、廊下の壁をなぞるようにして歩いた。
靴を履き替え、校門を出た瞬間、世界の音が遠のいた。
まるで、海の底に沈んだみたいに、すべてが鈍く、静かだった。
僕は大きく深呼吸をして少し落ち着いてから家に向かった。
歩道を歩きながら、電柱の影だけを追っていた。影が伸びて、細くなって、そしてまた消えていく。その変化だけが、確かな時間の流れを教えてくれた。
(このまま、どこかへ消えてしまえたらいいのに)
そんなことを思いながら、いつもより遠回りして、人気のない裏通りを選んで帰る。
夕暮れの街は、どこかやさしく見えた。オレンジ色の光が、ただのアスファルトを柔らかく染めていた。
家の扉の前に立ち、ポケットから鍵を取り出す。鍵が手から落ちた。拾おうとしたが、手が震えていた。
やっとの思いで鍵を差し込み、ドアを開けた瞬間、漂ってきたのは味噌汁の匂いだった。
「俊介? おかえり。ちょっと早いのね。ご飯、もうすぐできるから」
母の声が、台所から聞こえる。
僕は返事をしなかった。ただ、靴を脱いで、カバンを置いて、自分の部屋へ向かった。
ベッドに倒れこむと、しばらく天井を見つめていた。部屋の空気は静かだった。誰もいない。誰にも、見られていない。
(ここだけが、僕の逃げ場所だ)
そう思いながら、枕に顔を埋めた。
目を閉じても、田中の声が耳に残っていた。
「お前が消えたら……母ちゃん、泣くかな? それとも“やっと重荷がなくなった”って笑うのかな?」
あの言葉が、まるで呪いのように、胸の奥で繰り返される。
明日が来ないことを、心のどこかで願っていた。
それでも、夜は来る。現実は、容赦なく。
僕は眠れなかった部屋は時計の針が動いてる音が響き渡るだけだったがその音が僕を蝕んでいく。気晴らしに屋上に登って見ようと思い物音を立てずに玄関を出た。
屋上に着いた僕は辺りを見渡した、丑三つ時だと言うのに所々家の電気が付いている車も少し走っているが昼間に比べるとやはり静かだった。
「お前ってさ、生きてて楽しいの? 何のために毎日学校来てんの? 誰とも話さねぇで、笑いもせずに、何も残さずに、ただ生きてるだけ。……それ、生きてるって言えるの?」
(僕は何で生きているんだ…)
(あぁ…今なら飛び降りても誰にも気付かれない)
夜風は肌に冷たく、しかしそれすらも今の僕にとっては「生きている証拠」とは感じなかった。
街の灯りが遠くにまたたく。なのに僕の周りだけ、まるで色彩が失われたモノクロの世界のようだった。喧騒も、ぬくもりも、僕のいる場所には届かない。
(……もう、いいよね)
その思いが胸に満ちたとき、僕は屋上の縁に立っていた。
足元のコンクリートの端から、夜の底が口を開けて僕を待っている。
風が吹くたびに寝間着の裾が揺れ、その拍子に身体がほんの少しぐらついた。まるで、背中を押してくれと囁いてくるかのように。
下を覗くと、ただ黒い闇が広がっていた。何の感情も、恐怖すら湧かなかった。ただ、そこにある空虚だけが僕を迎えてくれていた。
(僕は、言えなかった。何も……言えなかった)
苦しんでいることも、助けを求めていたことも、怖かったことも。なにも。
だから、母は知らない。僕の心が、ここまで壊れてしまったことを。
でも、それでも…
(心が壊れたことに、気づいてほしかった)
誰かに、たった一人でいいから。
「どうしたの?」「大丈夫?」じゃなくて、
「気づいてるよ」「わかってるよ」って、そう言ってほしかった。
涙が、頬を伝って落ちていく。風にさらわれるその粒は、まるで何かの最後の証のようだった。
『ごめん……母さん』
その言葉が、唇からこぼれて足を踏み出した瞬間
服の襟を掴まれ後ろに引っ張られた。
「死んじゃダメだよ。」
僕は驚きのあまり、声が出なかった。
後ろを振り向くとそこにはまるで天使のような羽が生えている美女が立っていた
君は誰ですかと僕が尋ねると
彼女は静かに微笑んだ。夜の月明かりが彼女の金色の髪を淡く照らし、その姿はまるで現実とは思えないほど神秘的だった。
「私はレイ、あなたを見ていた者。……俊介くん、あなたが今までどれだけの苦しみに耐えたか、全部、知ってるよ。」
その声は優しく、まるで凍った心にそっと触れる春風のようだった。
「……なんで……君が……僕の名前を……?」
喉の奥からようやく言葉が漏れる。僕の身体はまだ震えていたが、その存在の温かさに、ほんの少しだけ重さが緩む気がした。
「私はずっと見ていたからね。俊介くん、君は“消える”ことじゃなく、“変える”ことを選べる人間だ」
僕は首を振った。
「無理だよ……もう、心が壊れてる。僕には何もない。ただ、生きてるって言えるだけの形をしてるだけで、中は空っぽなんだ……」
「空っぽじゃないよ。ほら、君はまだ私の言葉を聞いているじゃない? それって、心が生きている証拠だよ」
レイは、僕の胸にそっと手を当てた。まるでそこに、何か灯りを見ているように。
「人ってね、心が壊れると、誰かの声すら届かなくなるの。だけど君は、まだ聞いてくれてる。だから、大丈夫。」
僕は俯いて、唇を噛んだ。
「でも、変えるって……どうやって? あいつらは僕を人間だと思ってない。先生も見て見ぬ振り、友達なんていない……世界は、僕を必要としていないよ……」
レイはそっと僕の手を取った。驚くほど温かかった。
「世界が君を必要としてない? それは、“今の世界”が君に背を向けてるだけ。でもね、君自身が君を必要としてるじゃない。だって、君は“生きてる意味”をまだ探してる」
僕の目に、知らず知らずのうちに涙が滲んだ。
「ねぇ、俊介君…力が欲しい?」
僕は大きく頷いた
「君に一つだけ、選ばせてあげる」
レイはそう言って、指を鳴らした。
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