世界観
ふと気がつけば、メイが転校してきてから一週間以上が経過していた。依然として、後ろの席からは毎日怪電波が飛んできている。
「おっす世界観」
「世界観さんおはよー」
「ん」
今日はあたしより後に教室に入ってきたメイが、クラスメイトからの挨拶を雑に流す。視線はあたしのほうだけを向いていて、まるで自分の席につくのがついでと言わんばかりに、こちらへと足早に近寄ってきた。
「おはようマリ」
「……はよ」
朝から耳に纏わってくる声。今日も絶好調らしい。「今日はマリが先だったねぇ」とか、見れば分かることをわざわざ口に出してくる。どうもこいつはあたしと登校時間を合わせようとしているらしく、ここ数日はもう、前後はすれども教室に入るタイミングに大きな違いはない。あたしだって今、鞄の中身を机に移し終えたところだった。
いっそのことうんと時間をずらして登校してやろうかとも思ったけれども……それはそれで振り回されているようで癪だったので、結局今日もいつも通り。
「ねぇマリ、やっぱ一緒に登校しようよ」
「いや」
どうやら人間というのは一週間もあれば順応するものらしく、クラスメイトたちの大半はもう、妄想怪電波転校生との適切な距離を掴んだようだった。“世界観”とかいういつの間にやら付いていたあだ名がその最たるものだ。前世だの恋人だの自分だけの世界観が出来上がってるから、らしい。
メイは他人を嫌ってはいるけれど、他人に対して攻撃的というわけじゃない。あたし以外にまったく執着しないのも、逆に言えばあたし以外は皆安全とも捉えられる。あたしにべしょべしょした声で電波を飛ばしてくるのも、熱視線を向けてくるのも、クラスメイトたちにしてみれば“メロついてる”とやらで、遠巻きに見ている分には面白いようだ。
……で、その注目の転校生サマの影響で、あたしに対する周囲の目も変わってしまった。
あたしは毎日メイを適当にあしらっていたはずなのに、どういうわけだか周囲の目には“言い寄られてまんざらでもない”というふうに映っているらしい。いくら人嫌いとはいえ、クラス内で自分がどう見られているのかくらいは察せられる。今のあたしは“何人か殺してそう”かつ“案外チョロい”女というわけだ。許しがたい。
「じゃあ下校。放課後デート」
「いや。てか今日バイトあるし」
こんなに塩対応だというのに、どこをどう見れば“まんざらでもない”んだか。
◆ ◆ ◆
「──じゃーん、今日は昨日マリが食べてた弁当にしてみました」
「……あっそ」
昼休み、いちいちどうでもいいことまで楽しそうに言ってくるメイへと振り返って、あたしは昨日とは別のコンビニ弁当を机の上においた。
……メイの机の上に。
「いただきます」
「……ます」
向かい合って、一つの机で飯を食う。
べつに好きでそうしてるわけじゃない。ただ、こちらが背を向けたままだとメイは、延々と“マリの背中をオカズに食べるコンビニ飯”の実況をしてくるのだ。最初のうちは無視していたけれども、一向にやめる気配がないどころか日ごとに情熱的になっていく言い回しに、しぶしぶ折れてやったのが数日前のこと。まあほら、向かい合ったとて相手にしなければ良いだけの話だし。
「あーんとかする?」
「するわけないでしょうが」
「前世はマリのほうからしてきたのに」
「はいはい前世前世」
ふざけた発言は適当に聞き流す。世界観だとか呼ばれているわりに、メイは前世の設定を事細かに垂れ流してくるようなタイプじゃない。ただこうして時折、不意をつくように言ってくるだけ。だけとはいっても、それだけで十分ヤバいのだけれども。さもあたしがこいつにデレデレしていたかのような物言いはやめてもらいたい。
「ほんとだって。人気のない森の奥に住んでたし、誰にはばかることもなかったからねぇ」
「……人嫌いだったから?」
「そう、人嫌いだったから。人に嫌われてたからとも言える」
「……馬鹿馬鹿しい」
こいつがあたしと同類であるのはもう、認めざるを得ない。
理由のない人嫌いが前世に起因しているとかいう話。魔女と呼ばれていたとかいう話。盲言だと分かっていても妙に心に引っかかるそれらの詳細を、あたしは知らない。聞いていないから。こっちから前世の話をねだるなんて、まるでこいつの痛々しい発言を信じるみたいで気に食わない。
「そういうわけで、マリはもっと素直になっても良いと思うんだけどね」
「これ以上なく素直に接してるけど? てかそもそも、仮に前世で恋人同士だったとして、今の人生でまた付き合えるとでも?」
だからこうして、今日もあたしはメイの与太話を否定する。仮に、一億歩譲ってこいつの中での前世のあたしがこいつを好きだったとして、今のあたしにはそんなこと一ミリも関係がないのだと。
「付き合えるっていうか、付き合ってるでしょ?」
「…………はぁ?」
「だって前世で別れ話とかしてないし。だからずっと付き合ったまま」
どんな理屈だそれは。
「いい加減、前世と今が地続きみたいな物言いはやめてくれる?あたしは前世なんて知らない……ってか、そもそも信じてないから、そういうの」
「地続きだよ。わたしたちは前世からなにも変わらない、メイとマリのまま」
まったく迷いなく、そうと疑わない口調で断言された。この手の電波系は自分の妄想を事実だと信じ込んでいる……なんて切り捨てるには、あまりにも正気な眼差しで。
「ねぇマリ。“夜凪 まり”って名前、ほんとにしっくりきてる?」
「…………」
……本当に、なんなんだこの女は。どうしてこうも、あたしの中の違和を、これでもかと正確に突いてくるのだ。
「わたしはきてないよ、“櫛引 めい”って名前。“世界観”と同じ、あだ名みたいなものだと思ってる」
こいつに“マリ”と呼ばれて、それが一番、あたしが呼ばれているのだという気になる。だから「マリ、マリ、マリ」と何度も呼ばれてしまうと、つい振り返ってしまう。そこに逃れがたい湿り気が混じっていれば、なおのこと。
あだ名みたいなもの、とは言い得て妙だ。“夜凪 まり”は両親が勝手につけたニックネーム。メイに名前を呼ばれてから、そう思うようになってしまった。いや、以前から薄ら漂っていた違和感が輪郭を持ち始めた、と言ったほうがいいのかもしれない。認めがたいけれども。
「親不孝の理由に前世だのなんだのの妄想を持ち出すんじゃないわよ」
「じゃあマリは説明できるの? わたしたちの、おかしなところについて」
説明できないからといって、では前世とかいう意味不明なものを軽々と認められるかという話で。だからあたしは今日も今も、メイの言葉を否定する。これはべつに、おかしなことではないはずだ。
「…………少なくとも、先天性の異常って考えたほうがまだ自然でしょ。前世云々とかよりは」
「自然ねぇ。わたしとしては、素直にデレデレしてくれてるマリのほうが自然なんだけどなぁ……」
馬鹿言うなと返す前に、メイはさらりと一言付け加えた。あんまりにも自然に、なんてことないように。
「そのほうが、復讐のしがいもあるってもんだし」
……………………は?
「……復讐?」
「復讐」
「……だれに?」
「そりゃもちろん、マリにだけど」
いつもとまったく同じ声音。つまり、こちらへの思慕に塗れた湿り吐息のまま、メイは“復讐”という言葉を口にした。間違いなく、あたしへと向けて。




