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前世の恋人を名乗るダウナー転校生がべしょべしょにメロついてくる  作者: にゃー


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同類


「──マリがなに考えてるか当てたげよっか」


 その日の昼休み、メイが不意にそんなことを言ってきた。コンビニ弁当を食べる箸が、思わず止まる。

 無論、メイと向かい合って仲良く昼食を取っているわけではない。こいつは今、コンビニパンをかじりながらあたしの背中に向かって話しかけている。さっきから「コンビニ仲間」だとか「マリの背中をおかずに食べるツナマヨパンは格別だねぇ」だとか、話しかけてきてるのか独り言なのか分からないことをだらだらと喋っていて、当然すべて無視していた。無視するつもりだった。


「お、こっち向いた」


 だというのにその言葉、その声音は妙に鮮明に脳まで届いてしまい、結果、気付けばあたしは箸を持ったまま半身だけ振り返っていた。


「…………」


 蕩けた声はどうにか無視して、当てられるもんなら当ててみろと視線で促す。まあやっていることは“睨みつける”なんだけども。メイに限っては効果がない……どころか嬉しそうにしだす。こいつマゾなのか?


「べつにわたしはマゾじゃないよ、ってのは置いといて……“同類”、でしょ?」


「っ」


 本当に当ててきやがった。今この瞬間の雑念も、朝からずっと考えていたことも。


「当たり? 当たりでしょ〜」


「ぐっ……」


 あまりにも的確に言い当てられたものだから、とぼけることすらできなかった。得意げにふにゃりと笑うのがまた腹立たしい。こいつの笑顔を見ていると、妙に落ち着かなくなる。


「あとはアレだね、わたしの笑顔に見惚れてる」


「……電波でマゾでナルシストって、終わってるわねあんた」


「違うってー。睨まれても嬉しいのも、顔に見惚れてるって分かるのも、相手がマリだからだよ」


「見惚れてない」


「ほんほぉ?」


 ツナマヨパンの最後のひとくちをくわえて、メイが顔を寄せてきた。近い。近づけばその分、視線から受ける熱量も増していくような気がする。自分の机にもたれかかるような姿勢で、上目遣いで、いたずらっぽい眼差し。しかしそれよりなにより、パン生地と上唇がお互いを押し合って、ふにゅりと形を変えているさまが視界の大半を占領している。


「っ、飯食いながら顔近づけてくんなっ」


 このままではマズいと、あたしはなにがマズいのかも分からないまま体を引いた。メイが近づいてきた分だけ、いやそれ以上にのけぞって顔を離す。至極真っ当なはずの抗議の言葉は、こいつにはまるで響いていないようだった。


「んむ…………ふぅ、ごめんごめん」


 しっかり咀嚼して味わって飲み込んで、それからようやく、口先ばかりの謝罪を返してくる。悪びれる様子はまったくない。やられたら不快この上ない行為の連続なはずなのに、どうしてか怒り以上に胸を占めているのは、正体不明のざわめきのほう。


「っ、ほんんっとに……っ、まあ、もういいわ。それで、同類がなにって?」


 それを悟られたくなくて、呆れたふうを装って話題を戻す。いや、悟られたという意味ではこっちのほうがよほどなのだけれども。ともかく実際、重要な話だ。少なくともあたしにとっては。

 

「あー、そうそうそう。ほらあれ、マリ、人間嫌いでしょ」


 さらりと言う。なんの気負いもなしに、あたしの根っこのところを突いてくる。


「で、マリもわたしが自分と同じ……人間嫌いだってすぐ気づいた。でしょ?」


「……別に。そもそもあたしが人間嫌いって、なにを根拠に」


 いや、あたしの言動を見ていればあるいは、たったの一日二日でも察せられてしまうのかもしれないけれども。とにかくあたしはここに至っても、こいつの言葉にすぐに頷くのが嫌だった。負けた気がして癪だった。だからこうやって、我ながらツンケンとした態度を取ってしまう。メイの態度は変わらない。こちらへの情慕に満ちたまま、逃げ道を塞いでくる。


「マリ、ご両親の生年月日言える?」


「……なんであんたにそんなこと教えなきゃいけないのよ」


「言えないんだ。大丈夫、わたしもだから」


「…………」


 ……どうやら、本当に同じらしい。あたしとメイは。癪だけど。ものすごく癪だけど。

 その問いと告白は、あまりにも逃れようのないあたしたちの欠陥だった。


 生まれたときから他人が嫌い。そしてその“他人”には、実の両親すら含まれている。親の誕生日が覚えられない。年齢もうろ覚え。あたしの代わりにスマホに覚えてもらっている。流石に顔の判別はつくけど、例えば「何も見ずに両親の似顔絵を描け」と言われたら、描けない。絵の上手い下手ではなく、描けない。


「育ててくれて感謝してる。申し訳なくも思ってる。でも情がない。性格がどうとかじゃなくて、相手が人間だから。でしょ?」


「…………」


 あたしの両親は極めて真っ当な人間だ。そんな真っ当な親たちを意味もなく疎んでいる。母親の母乳を飲んでいたときからずっと。思春期の先取りが過ぎる。これを先天性の異常と呼ばずしてなんと呼ぶのか。


 なるべく世話になりたくないという気持ちがあって、高校に上がってからはバイトも始めた。けれどもそれで賄えるのは自分にかかる雑費のごく一部で、結局のところ住む場所も働くための身分の保証も、毎日の夕食だって、両親(にんげん)の世話にならざるを得ない。もっと言うならば、そもそも労働自体があたしと雇い主との相互関係で成り立っている。貨幣社会で生きていくうえで、他人とまったく関わらないなんて不可能だ。

 ……むかし一度、妄想も極まった果てに、誰もいない山奥にでもこもって自給自足で生きていくというのを考えたことがあった。当然不可能だ。仮に可能だったとしても、その“誰もいない山奥”とやらだって個人か自治体か国かどこかの所有物なのだから、どうあがいたって他者との繋がりは断ち切れない。


 物理的な話として、人は一人では生きられない。だというのに、あたしは理由もなく他人が疎ましい。


 その感覚を今、目の前の女と共有しているのだと確信した。だから恐ろしいのかもしれない。こいつは、メイは、あたしにとって唯一の“他人ではない存在”なのだ。


「他人が嫌い。生まれたときからそう。理由なんてない……今の人生の限りでは」


「……は、まーたお得意の前世ネタ?」


「そうそう、わたしの持ちネタ」


 前世云々を揶揄されてすら、メイの態度は崩れない。


()()()()に遭ったんだから、そりゃ人間なんて好きになれるはずがないよね。わたしもマリも」


 あたしたちの、おそらく普通ではない人間嫌いの原因は前世にあるのだと、メイは見てきたように言う。電波女の妄言と切って捨てるには、こいつはあまりに、あたしの内面を理解しすぎている。だからつい、踏み込んでしまった。恐ろしいけれども、あるいはある種の怖いもの見たさで。


「……そもそもあたしとあんた、前世ではなんだったのよ?」


 なにしてたとか、どういう人間だったとか、そういう問いは適切じゃない気がした。もっと根本的に、なにかが違うんじゃないかと、そんな予感にかられて口が動いた。今この瞬間ばっかりは、メイの言う“前世”に心が引き寄せられていた。「そうだねぇ──」と一度目を閉じるメイから、解が得られるのではないかと、そう思ってしまった。


「──“魔女”って呼ばれてたよ」


「…………」


「…………」


「…………いかにもな設定ね。オリジナリティとかそういうのはないわけ?」


「ほんとだってば」


 勿論、すぐに正気を取り戻したけど。


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