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 ……しかしこう改めて見ても、メイという女は整った容姿をしていた。背格好は平均程度だろうが、顔が良ければそれもバランスの取れた体型という印象になる。どんな表情をしていても、それこそ今この瞬間のようなバカップルの片割れめいた表情でも、常にそのベースには気怠げな顔立ちがあり。いやむしろ、だからこそ……そんなダウナーな少女が思慕の情を隠そうともしていないのが、傍目にも異様だと分かる。

 ……というかまつげが長い。人のまつげなんて意識して見るのは生まれて初めてだけれども。

 

「……ねぇ、マリはその色が好きなの?」


 呼んでただけとか言いつつ、メイはちゃっかり会話を続けようとしてきた。その指差す先にあるのは、あたしの机の上に置かれたペンケース。ナイロン製の、特筆すべき点なんてなにもない普通のペンケース、色はアッシュグレー。こっちが口を開く前に、メイは視線をあたしの頭部へと移した。


「髪も同じ色だし」


「……べつに、なんとなくだけど」


 とくに理由もきっかけもなく、小さな頃からこの色が好きだった。だから校則の緩い高校に入学した折、髪をこの、わずかに青みがかったアッシュグレーにしてみた。ついでに髪型も、色に合うかと思ってミディアムのようなウルフカットのような感じにしてみた。なんとなくだとか、せっかくだからとか、ただそれだけの理由。だというのにメイは、また一層嬉しそうに目を細めてくる。


「ふーん……へぇー……」


 微笑というか、もうにまにまと形容してもいいほどの表情。なぜだか無性に悔しくなった。


「……なんなの」


 ので、睨みつけてやる。もともと目つきの悪いあたしがそうすれば、大抵の輩は怯んで離れていく……はずなのだが、しかしというかやはりというか、メイはまったく怖がる様子がない。ますます腹立たしい。


「……やー、その色、前世のわたしの髪と同じなんだよねぇ」


 ……そうきたか。


「で、こっちが前世のマリの髪の色」


 自分の髪の一部、赤いインナカラーの部分に触れながら、メイはそう言い切った。

 後ろ髪の内側を梳く、その指使いがイヤに目につく。濃く暗い赤へ、メイの指が二本三本と分け入っていくさまに、艶かしさすら感じてしまう。細い指だ。爪は透明で艷やかで、短く切り揃えられている。中指の爪のふちに赤い髪が一本だけ引っかかる、その様子すら見えてしまう。


「マリ?」


「っ」


 名前を呼ばれて我に返った。気づけばあたしの体は、ほんの僅かだけメイのほうへと前のめっていて、自分がどれだけ目を奪われていたのかを知る。恥ずかしさとくやしさと、そしてメイからの視線の熱で、顔が熱くなるのが分かった。それをごまかすようにあたしは目を閉じる。視界からメイという存在を消す。赤色と指先は脳裏にちらついたままだった。


「……はいはい、そういう設定ね」


 残像を散らすために首を振りつつ、どうにかそう返した。冷静になれ。こいつは頭のおかしい電波女だ。


「ホントなんだけどなぁ」


 これだから妄想著しいやつは困るのだ。すべてを自分に都合の良いように解釈する。髪の色がどうだとかなんて、後出しでいくらでも好きに言えるだろう。あたしは騙されない。


「だいたい、なにが前世よ馬鹿らしい」


 昨日は声と視線に呑まれてついぞ言えなかったことを、今こそぶつけてやった。が、それでもやはりメイは笑みを崩していないだろうと、見なくても分かってしまう。


「マリのほうがそんなこと言うなんて、面白いねぇ」


 なにを言っても、なにを返しても効果がない。極まった妄想癖は容易く人間を無敵にしてしまうのだと、身をもって理解(わか)らされる。


「…………」


 だからあたしはもう、会話を打ち切ることでそれに抵抗するしかなかった。というか最初からこいつと話すつもりなんてなかったのに、気付けばペースに乗せられてしまっている。これではいけない。平静を保て、あたしは生粋の人嫌い、こんな電波女と話をしていること自体があたしらしくない。目を閉じたまま、前を向いて机に肘をつき、寝る姿勢に入──

 

「──あのぉー……楽しくお話中のところほんとに申し訳ないんだけどー……」


 ──ろうとしたところで、横からそんな声が聞こえてきた。

 どこがどう楽しそうに見えるのかと、そんな気持ちで目を開く。視線だけを声の主、あたしの右隣の席の女生徒に向ければ、顔も名前もよく覚えていない彼女は、おずおずといった表情であたしとメイを見ていた。


「……なに、えっと……竹林(ちくりん)さん、だっけ?」


 一拍遅れて、あたしの後ろから声が飛ぶ。気怠げな雰囲気はそのまま、だけどもいっそう平坦というか、からっからに乾ききった声音。メイの発した短いその声は、つい今しがたあたしと話していたときとはまるで別人のように、少なくともあたしは聞こえた。昨日もそうだった。怖いもの見たさで話しかけてくる、あたし以外の何人かのクラスメイトに対して、メイは明らかに情のこもっていない平坦な目と声で相手をしていた。


「いちおう森山(もりやま)です……」

 

 対する森山というらしいクラスメイト、名前の訂正に一応とつけるのも妙な話だとは思ったけれども……まあそうか、激痛発言電波女と目つきの悪い無愛想女なんて、普通は好き好んで仲良くなりたい相手でもない。

 昨日の時点で、メイに対するクラスメイトの反応は“面白そうだから話しかけてみよう”と“ヤバそうだから近づかないでおこう”におおむね二分。森……もり、あー、たけばやし? は態度からして後者だろう。それでもわざわざ話しかけてきたからには、なにかやむにやまれぬ事情でもあるのかもしれない。だとすれば、睨みつけたのは良くなかったか。いやでもしかし、なにをどう解釈すればあたしがメイと楽しくおしゃべりしているように見えるのかと、そう思えばやはり、あたしの彼女への当たりは強くなってしまう。メイが相手をしてくれるようなので、わざわざ会話に混ざるようなことはしないけれども。


「じつはクラスで、櫛引さんの歓迎会やらない? って話があって」


「歓迎会」


「うん、まあカラオケとかが定番だけど、それでその、どうかなぁと」


「ふーん……ねぇねぇ、マリは来る?」


 こっちに振ってくるな。

 というか“……”の前後で声音変わり過ぎでしょ。


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