答え合わせ
メイのいない教室は極めて静か……だったら良かったのだけれども。
一緒に保健室に行って一緒に体調を崩したあたしとメイを、クラスメイト共はおもしろおかしく噂にしている。登校したあたしへ向かってさも当然のように「お、夜凪が先に復活したか」「世界観さんは大丈夫そう?」とか聞いてくるわけだ。なぜあたしがメイの委細を把握している前提なのか。
風邪の折に耳が遠くなっていたからか、復調した今は雑音もいつもよりよく聞こえる気がしてしまう。ざわざわざらざら薄ら煩わしい。これならメイの声に耳が溺れているほうがまだマシかもしれない。なのであたしは目をつぶって、耐え凌ぐように学校での時間を過ごした。メイと出会う前は耐え凌いでいたのだと気付かされた。腹立たしいことに。
……で、放課後。
一応、バイト先のシフトを見る限り今日はメイが出勤だったはず。もちろん休んでいる。昨日休んだ分の、そして今日のメイの分の代理出勤を申し出ようかとも思った。もしも店長のほうから声かけがあれば断らなかっただろう。だけどあたしはそうしなかった。他人に迷惑をかけてでも、いま自分のしたいことを優先してしまった。人嫌いとしては二流に落ちてしまったのは否めない。
人嫌い。事由が分かれば納得もいく。
ずっと人間の都合に振り回されてきた人間と、大陸の人間すべてを滅ぼした魔女だ。一度生まれ変わった程度で人間への敵愾心が収まるはずもない。むしろ“薄ら煩わしい”程度にまで落ち着いているのがすごいくらいだろう。
いやまあ、あの夢が本当に前世の記憶と断じて良いのかと、そう疑う常識的なあたしもまだ二、いや三……四割、そう四割くらいは残っているけれども。それでももう、かつてメイに啖呵を切ったあの勢いはなくなってしまった。むかつくことに。
そしていま向かっているそのメイの家。電波女の本拠地ということはもう電波基地と言っても差し支えないわけで、自衛のため頭にアルミホイルでも巻いていこうかと少し悩みはしたけれども……まあもう今更というか、昨日一昨日の妙な夢も、それをただの夢と流せない自分も、あいつの毒電波で頭がおかしくなっているのは明白。手遅れというやつだ。なのでアルミホイルの代わりにコンビニで買ったプリンとゼリーを持っていった。
「……来たわよ」
学校からもそこそこ近く、すぐに到着したメイの自宅。極めて善人そうなメイの母親に案内されて、あたしはあいつの部屋へと踏み込んだ。
「おぉ、ほんとに来た」
ベッドの上で上体を起こしたメイが、おどけたように言う。ベッド、メイときて一昨日の保健室での一幕がフラッシュバックした。動揺を悟られないように、どうにか気持ちを落ち着けるために、一度部屋を見回す。
わりと普通の部屋。いや女子高生の寝床と考えれば少々殺風景かもしれないけれども、あたしの部屋も似たようなものだ。強いて言うなら赤がちらほらと目につくくらいか。なんならいま着ている寝間着なのだろう服も薄っすら赤系。いつも以上に気だるげなメイの表情と、デスクの上にあったペンケースを見比べる。少なくとも顔色は後者ほど赤くなってはおらず、熱もそうひどいものではないのがうかがえた。
「どう、調子は」
「一昨日のマリと比べたらぜんぜん微熱……微風邪? って感じ」
「そう」
顎で指されたデスク用の椅子を引っ張って、ベッドの横に座る。メイは意識もはっきりしており、本当にあたしと比べれば軽度な症状のようだ。
「いやぁ、まさかマリがお見舞いになんてねぇ……これはだいぶデレてきたかな」
「馬鹿言わないでくれる? 確かめたいことがあっただけ」
「どうしても今日?」
「……どうしても今日」
べつに今日じゃなくてもいい。そんなことは分かっている。だけども堪えきれなかった。もしかしたらあたしはまだ、夢見心地のままなのかもしれない。だから聞く。前置きはなしだ。
「あんたがあたしに復讐したがってるのって、あたしがあんたをおいて死んだから?」
メイの目が少しだけ見開かれた。
……もうちょっと動揺するかと思っていたのだけれども、目に見えて分かる反応はそんな程度で。こいつにとって記憶の有無それ自体は、マリをマリ足らしめる最重要要素ではないのだと分かる。今までの態度からしても。
つまり、さほども変わらないいつも通りの声音が──まあ風邪で力は抜けていたけれども──返ってくる。
「惜しい。部分点あげます」
「……正答は?」
「頼んでもいないのにわたしをおいて勝手に死んで、そのくせわたしには後を追うなとか言ってきたから」
……まあうん、予想通りだ。
仮にあたしがこいつのことを好きで、そして逆の立場なら、あたしだってキレる。
「……じゃあなに? 復讐ってのはあたしにべちゃべちゃ纏わりついて、離れないようにするってこと?」
いい加減“復讐”という言葉の本意が知りたかったし、夢と今のこいつの態度からしてまあそんなところかと当たりをつけていた。死別したぶんの穴埋めというか、“置いていかれた仕返しに、ずっと一緒にいてやる♡”みたいな。
「残念、それは不正解。今のわたしがこんなに素直なのは単純に、前世のわたしが“好き”も“ありがとう”も言えずじまいだったから」
「…………」
確かに夢の中のメイは随分な跳ねっ返りというか、生い立ちを考えればそれも致し方ないことではあった。しかしそうなると、一体なにが“復讐”なのか。どうしても確かめたかった。病人の部屋に上がり込んででも。だから。
「…………認めるわ。あんたの言う前世の記憶とか、そういう妄想が今のあたしたちの頭の中で共有されてることは。そういう意味でもあたしたちは同類。イタい電波女一号二号」
「まだ妄想扱いかぁ」
「確証がないんだから、妄想でしょう」
「ほんとにそう思ってる?」
分かっている。いや理解らされている。理由も理屈もなく、あの夢が前世の記憶、真実なのだと。だけどもそれはつまり、あたしが今のこいつに負けず劣らずべしょべしょメロメロ鬱陶しい脳みそ蕩け女だということでもあり、それを認めるのはなにかに負けた気がしてくやしい。
「いいから、ノッてあげるって言ってんの」
だからこうやって、いつものあたしらしい言葉で繕う。睨みつけて、視線で問う。“復讐”とはなにかを。我ながら身勝手なやり方だとは思うけれども、それでもメイは、微熱でいつもより緩んでいるこいつは答えてくれた。初めてかもしれない、あたしの眼光がメイに効いたのは。
「……こっちの感覚で言うなら、52年と107日。さてこれはなんの数字でしょう?」
知るかそんなもん……と言ってやりたかったけれども。分かってしまう。それはあたしの察しが良いからか、それともメイがあたしに対してするのと同じように、こいつの考えが分かるようになってきたからか。
「……前世のあたしが死んでから、あんたが生き続けた時間」
「はい正解」
半世紀あまり独りで、大事な人の命と引換えに長らえた人生を歩む。まあ、拷問と言ってもいいかもしれない。
「……そのわりにはあんた、精神年齢とか高くなさそうね」
「マリが死んだ時点で、なにもかももう止まったようなものだったし」
そもそも、誰とも交流のないまま生き続けても、精神的な変化や成長はあまり見込めなそうでもある。それもあってだろうか。メイが、そんな責め苦を科したあたしへの復讐に執心するのは。
「我ながら狭量だとは思うんだけど。どうしても許せない気持ちがあるんだよねぇ。だからマリにも、同じ思いをしてもらおうかと思ってさ」
まっすぐにこちらへ向けられたメイの視線と声。風邪のせいかいつも以上に熱っぽくて、風邪のくせにいつも以上に湿っている。喉風邪とか引かなそうだななんて、一瞬考えた。
「つまりまあ……いい感じに仲良くなった辺りで、マリの前から消えてやろうかなって」
最終話は本日夕方ごろに投稿いたします。




