夢 / 熱
「──ふふ。ねえメイ、もうナカびしょびしょじゃない」
ほんとうに、ほんっとうに最悪だ。
ほかに見るべき記憶なんていくらでもあるだろうに。なんだってわざわざ、前世のあたしとメイの情事なんぞ見せられなきゃならないのか。
「ぅ、んくっ……」
そう情事だ。情交だ。セックス、えっち、まぐわい、夜伽、交尾、あとそれから……なんだ? 夜の陸上競技大会ってか? ふざけやがって。
大人と言って差し支えないメイの顔つきからして、前回の夢からはまたうんと時間が飛んでいるようだ。例の小屋の、恐らく寝室なのだろう。セミダブルほどのサイズ感のベッドの上で、前世のあたしがメイの上に覆いかぶさっている。灯りはほんの僅かで薄暗く、二人とも裸体ではない──綿麻かなにかの簡素なワンピースを着ている──のがまだ幸いだろうか……
「メイ、見てメイ。すっごいねばつき」
……いや、そうでもないかもしれない。
前世のあたしがメイの股ぐら、ワンピースの裾から右手をゆっくりと引き抜いた。メイの顔の前にまで持っていったその中指の先は、暗い部屋の中でも分かってしまうほどにぬめりを帯びている。局部が服と影に隠れて見えないからこそ、その指に想像を掻き立てられてしまう。いや、掻かれているのはメイのマ……いや、まあ、うん。
「っ、見せつけてくんなっ……」
「そうは言っても、メイの体から出たモノよ?」
「悪趣味……っ、気色悪い……」
まったくもって同意見だ。
わざわざ中指をくねらせたり、親指で粘液の糸を引かせたり。前世のあたしは、嗜虐的な笑みと夢見心地な紅潮が同居した、本当に気色悪い顔をしている。対するメイは言葉と同じような目つきで前世のあたしを睨みつけている……の、だけれども。
「メイは本当に素直じゃないわねぇ……でもそういうところも好き」
「うっさい……っ」
頬は前世のあたしに負けず劣らず赤熱しているし、押しのける様子もないし、物欲しげに腰をもじもじ揺らしているし……なによりそのほっそりとした右手が、前世のあたしの左手をぎゅっと握りしめている。いわゆる恋人繋ぎというやつで、折り重なる二人の縮図のように、絡んだ五指ごとベッドに沈み込んでいる。合意の上での情交だというのは明らかだった。
「メイ好き……ねえ、メイ、ほんとに好きよ」
「ん、くぅっ……ん゛っ……!」
言葉が、白い吐息として可視化していると錯覚するような、それほどのべちょり具合で愛を囁く前世のあたし。いやまあべちょべちょと言うなら、再び手が潜り込んでいったメイのワンピースの内側のほうがよほどだろうけれども。水音聞こえてくるし。
「こっちのほうの、素直なお口も好き」
「言うな、バカぁっ……ぅ゛っ♡」
いよいよメイの声も……なんというか、その……デレてきた。
いやもうほんとうに、ほんっっとうに、なんて夢だ。
これは前世の記憶であるのと同時に、今のあたしにとってはクラスメイトとセックスする夢を見ているようなものでもある。気恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。
……というかまさかとは思うが、今日の後片付け中の出来事、アレのせいなのだろうか。ちょっと水に濡れたメイを見ただけで、前世の情事の記憶を掘り起こしてしまうほど、あたしはあの姿にヤられていたのだろうか。認めたくない。
やはり忘却というのは人類に与えられた最大の幸福なのだろう。そう思いながらもあたしは、どうしてか目の前の光景から目を離せずにいた。
◆ ◆ ◆
今日はなんというか、またベクトルの違う寝覚めの悪さだった。
体が火照っている。汗ばんでもいる。下着肌着が肌に張り付いていて不愉快。昨日のメイの「ナカまでびしょびしょ」という言葉がフラッシュバックして、心臓がばっくんと大きく震えた。なんだか頭もぼーっとするし、よほど変な夢でも見てしまったのだろうか。
「ぁー……」
口から勝手にゾンビみたいな声が漏れる。いつもよりゆっくりとベッドから起き上がって、あたしは支度を始めた。
◆ ◆ ◆
「……マリ、体調悪いんじゃない?」
二限目……たぶん二限目が終わった辺りで、メイからそう声をかけられた。
「……んー?」
なんだろう、いつもより声が遠く聞こえる。だけども、振り返ってみても距離感はいつも通り。前のめりな姿勢のメイと目があった。今日も顔が良い。
「ほらやっぱり。風邪かなんかでしょ」
「……んー……」
どうだろう。たしかに体は熱いし、なんか寒いし、頭も回らない。風邪、なのだろうか。
「とりあえず保健室いこっか」
「……別に……大丈夫だけど」
「いーからほら。立てる?」
なんだか子供扱いされている気がする。気がするだけかもしれない。
「……あー……保健室行くなら、先生にはアタシから伝えておく……から」
「ぉあ。じゃあお願いカッ、じゃない……えーっと、羊さん? だっけ?」
「……山羊じゃなかった?」
「矢矧だし。一応……」
「ほらマリ、手ぇ貸して」
「ん」
「やっぱ体温高いねぇ」
貸せと言われたので右手を差し出す。握られた。メイの手は火照った体にとってはひんやり気持ちよく、でも寒気を和らげるぬくもりもあって、不思議な感じだった。炎と水の相反する二属性。厨二病患者の憧れだ。あとやわらかい。すべすべ。それに優しく引っ張られて、ゆっくり歩く。保健室に行くとか言っていた気がする。あれ、もうついてる。早いな。
「失礼しまーす。この子たぶん風邪っぽくてー、えーと、とりあえず体温計あります?」
「んあ? ああ、見るからにふらついてるな。ほれ」
「どうも。はーいマリおでこ失礼、ぴぴっと……あー、うん」
「何度だ?」
「8度4分ですね」
「がっつり熱出てるな。早退しといたほうが良いと思うぞ」
「ですよね」
「とりあえずベッドに寝かせとけ。何年何組? 担任にはワタシのほうから伝えておくわ。冷蔵庫に冷えピタ。解熱剤は一旦待て」
「二年二組です、諸々お願いします」
メイと保険医がなにやらとんとんとんと話を進めて、それから保険医のほうが足早に保健室から出ていった。メイと二人きり。静かな空間。またしてもメイに手を引かれて、一番奥のベッドまで連れて行かれた。
「はい寝てて」
言われるがままに横になる。
「……寒い」
「ちゃんと毛布かぶって」
言われるがままにかぶる。メイが離れていった。なにかごそごそやっている気がするけれども、やっぱり音が遠くてよく分からない。
「はい冷えピタ……冷えピタって商品名? モノとしての名前ってなんだっけ? 冷却シート?」
額にシートを貼られる。冷たさが、頭を少しだけ楽にしてくれた。
けれども、それはそれとして。
「……寒い」
「寒い?」
「寒い」
どうも風邪を引いているらしい。そうと自覚してしまえば一層、寒気が強まっていく気がした。毛布をかぶっても寒い。体が少し震えている。気がする。
「んー……じゃあ、先生が戻ってくるまでね」
メイがベッド周りのカーテンを閉めた。あっちとこっちが隔てられる。それでそのまま、あたしの毛布をめくってきた。寒いと文句を言う……その前に、メイがベッドに入ってきた。毛布がかけなおされる。あたしたち二人の身体に。
「これでどう」
「……ちょっとあったかい」
「ちょっとかぁ」
体の色々なところが、メイの体の色々なところに触れている気がする。どこがどこだかは分からない。けれどもとにかく、さっきよりちょっとあたたかくなった。
「……メイ」
「んー」
「顔が良くてむかつく」
「だっはは」
随分と近く、すぐ目の前にあるものだから余計にそう思ってしまう。本人は楽しげに笑っている。視界か頭がぼんやりしていて、そのおかげでじっと見ていられる。このくらい近ければ、声もちゃんと近く感じられるし。
「ねぇ他には? どんなところがむかつく?」
「声が良くてむかつく」
「他には?」
めっちゃ欲しがるな。良いだろう、この際だ。日頃の不満をすべてぶつけてしまおう。
「目つきが気だるげでむかつく」
「他には他には?」
「やわらかくてむかつく」
「そんでそんで?」
「あったかくてむかつく」
「まだある?」
「まだ、ほかには……」
まだある。そりゃある。数え切れないくらいに。こいつはイタい電波女で、ちょっとストーカーの気質もあって。ちょっと? ちょっとか? ちょっとかも。まあとにかく、なんもかんもがあたしの心をざわつかせる。むかつく。腹立たしい。まだまだ言ってやりたい。でもなんかこう、眠くなってきた。デコがひんやり気持ちいいから。ベッドの寝心地が良いから。風邪引いてるから。メイがあったかいから。たぶんそんな理由で。
「……あたしのこと」
まぶたが重い。口が回らない。視界がより一層、ぼんやりとしていく。
「マリのこと?」
「……あたしのこと好きなのに、復讐とか言っててむかつく」
「……あー、ね」
メイが深ぁく、にんまりと笑った。嬉しそうだ。すごく嬉しそう。たぶんだけど。もうあんまり見えていない。意識がこう、薄まってぼんやりしたぷーだ。
「……ふふ。おやすみ、マリ」
しっとりあたたかな声が耳を撫でた。気がする。視界をなにかひんやりあったか柔らかいものに覆われて、それでもうまぶたが上がらなくなった。炎と水の二属性恐るべし、だ。
おやすみ、メイ。




