顛末
「…………え、なんこれ」
さすがのメイも目を瞬かせている。あたしも、なんと言えばいいのか分からない。なんこれ。
対する竹林は控えめな声音で、けれども淡々と。
「私さ、カプのあいだに入り込もうとしたり、横から引っ掻き回したりする輩って大嫌いなんだよね。いや嫌いっていうか、存在しちゃいけないと思ってる」
メイの「なんこれ?」への回答としては、いっそ清々しいほどに意味が分からない。間違いなく、あたしとメイは置いていかれている。竹林は構わず話を……というかどうも、必要だから手短に報告する、といった雰囲気で言葉を続けていく。
「でもほら、こういう勘違い女みたいな、一度生まれてしまったものってそう簡単には消えないでしょ? だからこうやって再教育して、作り直すようにしてるんだ」
画面越しにもひどく怯えているのがうかがえるカッター女。目隠し、猿轡、ヘッドフォン、体の下にはペットシーツのようなものまで敷かれているように見える。監禁、という言葉が自然と浮かび上がってきた。
曰く、カプ(カップル? とかそういう意味だろうか)は静かに見守るものであって、その邪魔をするのは絶対に許されない。
曰く、カッター女のようなやつはカプの素晴らしさをしっかり教え込んで更生させる必要がある。
曰く、そういう輩も何日か拘束して名作カプシチュボ(ボイスドラマ? のようなものらしい)を聞かせ続ければ“いい子”になる。
曰く、「動画を撮った」と伝えただけで簡単にカッター女の家に上がり込めた。
一切声音を変えずにそんなことを説明された。
いや、言っていることの意味はさっきからずっと理解できないけれども……ともかく、カッター女の無力化というか、表向き一番波風立たせず、恨みも買わずにことが収めることができる。らしい。
ただのクラスメイトである竹林がなぜそこまで積極的なのかというと、あたしとメイがそのカプとやら、とくに竹林の観測史上もっとも好みの“設定”だから。らしい。
「……これ、通報とかしたほうがいいのかな」
「……かもしれないわね」
一応は善良なる一市民として、そういう義務があるような気もする。
それでも竹林はまったく動揺する様子もなく、やはり淡々と報告あるいは説明を続ける。
「見てきた経験上、警察なり学校なりに話すと矢矧さんから逆恨みされる可能性があるよ。でもその矢矧さん本人を、こうやって“いい子”にしちゃえば大丈夫」
「“いい子”に、って……」
「一応、今までにも何人か、同じような子を再教育した実績はあるから」
そう言って竹林は画像をスライドさせ、似たような構図の別人の写真を立て続けに見せてきた。どうやら随分と手慣れている。この竹林という人物、大人しそうな顔や態度とまったく矛盾なく、異常な行動指針と行動力を持っているようだ。
「そういうわけで、矢矧さんは私に任せて欲しいんだけど……どうかな?」
「…………」
「…………」
「……ねぇマリ」
……いやまあ、言いたいことはある。一つならず。だけども同時に、正直もうこのまま流れに任せていいんじゃないかという気持ちも強い。メイも同じ考えのようで、これこそがまさしく、あたしたちのおかしな部分だ。
おそらくだけど、この竹林という女はかなりヤバい。メイよりも、カッター女よりも。しかし迷惑を被っていないという点において、カッター女と比べて不快感はない。
「……そう。そうね……」
危害を被る可能性があったからやむを得ず対処を考えていただけで、カッター女自体はあたしにとって外様、どうでもいい存在だ。それを同じく外様の竹林がなんとかしてくれるというのなら、しかも過去に実績があるというのなら、彼女に任せてしまってもいいのではないかと。隣にたまたまプロがいてラッキーと、そう思ってしまう自分がいる。
他人にあまり手を煩わされたくないというのが本心で、あたしたちの関与しないところで勝手に解決してくれるならそれに越したことはない。まあダメなら本当に、学校なり警察なりに駆け込めばいいのだし。それで起き得るかもしれない、カッター女のいわゆる“無敵の人”化を、竹林が防いでくれるというのなら。
多少カッター女の人権が侵害されていたとしてもまあいいかと、そう思ってしまう。
こういうところが、あたしとメイの人嫌いが普通ではない所以だろう。
「……分かった。あんたの言う通り、あのカッター女が更生してくれるのが一番楽な流れだし」
竹林の再教育とやらによるそれが、正しい意味での更生と言えるのかはさておいて。あたしたちに危害を加えなくなることを、あたしは更生と呼ぶことにする。そして、たまたま隣の席にいたその更生の
プロに任せることにする。
「でもあれだよ。あんまり荒っぽ過ぎるのはやめて欲しいかも。わたしたちも困るから」
動画での脅迫と監禁の時点で十分荒っぽい、というのは言いっこなしだ。
「うん、そこは上手くやるから任せて。二人は矢矧さんのこと、もちろん私のことも一切気にせずにいてくれていいから」
「……竹林さん、ちょっと変わってるね」
「竹林だったと思うわよ」
「うん森山、うんうん、二人のそういうところ本当に良い……お互い以外に全く興味がないって本当に本当に最高だよね……っていうかカプってそう存在るべきだよね……」
永遠に名前を覚えられないメイとあたしにも気分を害する様子もなく、どころかなぜか嬉しそうにすらしている。でそのまま、報告も済めばもう余計な干渉はすまい……とばかりに、竹林はそそくさとあたしたちから離れていった。
……あーその、まあ、なんだ。
これもまた、人は他人の影響を受けざるを得ないというやつだ。あたしとメイはカッター女の迷惑を受け、そして運良く竹林の影響でそれが解決した。
同時に、あのカッター女にはとって竹林こそがとんだ迷惑だった。うん、だいたいそんな感じ。たぶん。きっとそう。たまたま近くの席に座っていた女がイカれていた。運がなかったということで諦めて欲しい。
毛虫がもっと上の捕食虫に……なんだろ、ゲジゲジ? とかあのへんに捕まって食われている。うっかりとそんな光景を見てしまったような気分だ。ゲジゲジが毛虫を食うかなんて知らないけれども。
刃物を持ち出してくる女。監禁して再教育とやらをする女。
人間というのは案外みんなぶっ飛んでいて、ちょっと電波な盲言を垂れ流してくるくらい大したことじゃないのかもしれないと、今回の出来事で少し思ってしまった。




