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前世の恋人を名乗るダウナー転校生がべしょべしょにメロついてくる  作者: にゃー


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13/21


 その日の夜は何週間かぶりの明晰夢タイムだった。

 三度目ともなればさすがに多少は慣れてくる……かと思っていたのだけれども、どうも今回は様子が違う。場所自体はいつもの森の中、だけども住処の小屋ではなく、恐らくそこよりもうんと浅いエリア。昼間でも鬱蒼としているその場所を、例によってあたしは蝶かなにかの視点で見ている。


「──魔女が、手こずらせやがって」


 いかにもファンタジー世界の兵士、という風体の男が何人か、地面に倒れ込む女を睨みつけていた。土に顔を埋めたその女の髪色はアッシュグレー。前二回で見たときよりもぼさぼさで傷んでいて、なんならボロの布切れを纏っただけの体も、随分と小さくやせ細っているように思える……というかまず、左足の膝から下が変な方向へ曲がっている。わずかに身じろぎする様子から、少なくとも死んではいないことがうかがえた。


 それがメイなのだと認識した瞬間に、前世のあたしはなにをやっているんだ、という気持ちが湧いてくる。あれだけメイに懸想していたにもかかわらず、メイの危機になぜいないのだと。あたしは口先だけの女だったのかと、自分でも制御しきれないほどに前世のあたし(自分自身)への憤りが膨れ上がっていく。


「忌み子が……」


「悍ましき魔女めッ……」


「我が国を脅かす化け物が!」


 兵士共が口々に吐き捨てながら剣を構えた。いつだかメイが言っていた言葉を思い出す。人気のない森の奥に住んでいたのは人嫌いで、そして人から嫌われていたから。このレベルで、か。

 兵士たちは完全にメイを殺そうとしている。あたしには見ていることしかできない。耐え難い。なんの悪夢だこれは。こんな状況のメイを見殺しにしたのだとすれば、そりゃ恨まれもするだろう──


 

「二度も“魔女”って聞こえたから、一応来てみたんだけれども。どうもあたしのことじゃなさそうね」


 

 ──とか思っているうちに、まったく不意に、赤い髪の女が現れた。


 メイのすぐ近くの木陰から、なんてことのないように出てきた。隠れていたとかではなく、今この瞬間そこに出現したとしか言いようのない佇まい。突然の事態に兵士共もあたしも呆気にとられ、その場がしんと静まり返る。ただメイだけが変わらず、弱々しく地に伏せていた。


「……え、なに? ()()()を魔女呼ばわりしていたの? 確かに珍しい気配はするけれども…………そうみだりに魔女なんて言葉を使うものじゃないわよ」

 

 亜麻色のローブを羽織った前世のあたしは、メイを顎で指しながらそんなことを言う。目つきの悪さは相も変わらず、眼差しもひどく冷めている。それで察しがついた。これは、あたしとメイの出会いの瞬間なのだと。


「な、っ……なんだお前は……!」


「どこから出てきたッ」


 兵士共もようやく我に返り、剣の先を前世のあたしへと向ける。随分と好戦的な様子だけれども……まあ、女一人を囲んで殺そうとするような状況なんて、見られると都合が悪いのは間違いないか。


「あんたたちが二度も呼んだ魔女だけど。というかここはあたしの森なんだけど。どこの国の兵かは知らないけれど、今の首領は民に“禁域立ち入るべからず”すら教えてくれないわけ?」


 露骨に相手を馬鹿にするような物言い。我がことながら性格が悪い。

 ……今日、カッター女を相手にしていたときのあたしも、はたから見ればこんな感じだったのだろうか。いやまあほら、見てくれが整っていればイキリも見得になるのが我が校の素晴らしき校風だ。そもそもメイ以外誰も見ていなかったし。無問題、無問題。

 と自己弁護をしているうちに、前世のあたしは再びメイの後頭部に視線を落としていた。痛ましい姿であることには変わりないものの、これがあたしたちの最初の出会いな時点で、メイはもう大丈夫だという確信を得られた。憤りや焦燥感は、抑え込める程度には落ち着いている。


「というか、呼び方はさておいて。()()()、せっかく珍しい気配をしているのだから、忌み子だとか的外れな言い分で台無しにするのは勿体ないと思うわよ。……あー、言ってる意味分かる?」


 ますますもって、今日の自分の振る舞いとダブって見えてしまう。たまたま言い回しが似ているだけで、心境はまったく違うけれども。様子からして、この時点での前世のあたしよりも今のあたしのほうがまだメイに情がありそうだ。くやしいことに。 

 ……いやそれにしても、メイを“そこの”呼ばわりしている前世のあたしの違和感がすごいな。まあメイは変わらず倒れ込んだままで、まだ言葉も視線も交わしていないのだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 

「──なにをべらべらとワケの分からないことを! 構わん、そこの魔女諸共切り捨てろッ!」


 で、ここらで痺れを切らしたのか、隊長と見られる男が叫んだ。兵士共が一斉に前世のあたしへと襲いかかっていく。なんだとか聞いておいて対話する気がまるでない、なんもかんも刃物で解決しようという野蛮な姿勢。まああたしは、ここより未来の前世のあたし(ややこしいな)の姿を知っているわけだから、もう心配はしていない。


「……はぁ」


 案の定、前世のあたしは溜め息一つののちに兵士共を退けた。鋭い目つきが一瞬光を帯び──比喩ではなく本当に赤く発光していた──、兵士共は残らずこの場から姿を消す。まるで最初からいなかったかのように。

 

 ……前世(むかし)の自分がやったこと、と思えばなぜだか察しもついた。おそらく、兵士共をどこか人間の生存不可能な場所へ転移させて処分したのだと思う。自分の(住処)が汚れるのがイヤだとかそんな理由で。


 超常の事象を成し得えたのは魔女の力。ほんの須臾の時間だけ光を帯びたその瞳の魔力。


 ……


 …………


 ………………

 

 ……………………か、かっこいいじゃないか。


 魔眼だとかその類の異能は、厨二病患者なら誰もが一度ならず憧れるものだろう。ああ、正直に白状する。あたしは自分の目つきの悪さを“ちょっとイイな”と思っている。睨めば大抵の相手が怯むのも、そういう能力みたいでカッコいいと、ああそうだ思っていたとも。前世のあたしがその瞳に本物の“力”を宿していたというのならば、それはもう、浮かれもするというもの。“赤魔眼(せきまがん)のマリ”と呼んでくれて構わない。


「……さてと。ではこの珍しい落とし物を、拾うべきか捨てるべきか」


 前世のあたし改め“赤魔眼のマリ”が、もう一度メイを見下ろす。いや雰囲気は“ふと立ち寄った100均でなんか面白そうな商品を見かけて試しに買ってみるか悩んでいる”みたいな感じだけれども。とりあえずといった仕草でメイに手をかざし、口の中で一言二言もごもご呟いたかと思ったら、メイの左足が一瞬で元通りになった。それ以外の全身の傷も消えている。やせ細った体型はそのまま。


「……ぅ、く」


 怪我が癒えたお陰で意識がはっきりしたのか、メイの口からうめき声が漏れた。身体の状態を確かめるように四肢を小さく動かし、それからようやく、うつ伏せのままゆっくりと顔を上げる。見えた表情はくたびれていて、これまでの夢で見た彼女よりも若い、まだ少女と言って良い顔つきだった。体が小さく見えたのは、単純に年若いからというのもあったようだ。

 


「──うぎゅっ」



 ……ちょっとまって。

 いま“赤魔眼のマリ”の口から変な音出なかった?


「ぁっ、すごっ……顔めっちゃ好み……」


 ……嘘でしょ。

 前世のあたし、めちゃくちゃメスの顔してるのだが。


「……珍しいとか、落とし物とか。あんたも、わたしを……」


「わぁあ……声も好き……」

 

 おいなんだその態度は。お前さっきまで“魔女ですけれども。それがなにか?”みたいなスカした態度だっただろうが。つい今の今まで、メイ個人にはそこまで興味なさそうな感じだっただろうがよ。


「……そんな、やつに……礼なんて言わないから……」


 命を救われてもなお他人を信用していない、そうと分かるメイのくたびれた表情と、前世のあたしのクソバカ色ボケ(フェイス)の落差がひどすぎる。


「ぁ、うんもう。ぜんぜん大丈夫……なんでも許しちゃう。ただ……」


「…………ただ、なに」


 ……あれだけ、あれだけべちゃべちゃに惚れ込んでいるのだから、もっとなにか深い事情でもあるのかと思っていたのに。よしんば最終的にアホのバカップルみたいになるとしても、その過程でなんかこう仲を深めるような刺激的なエピソードがいくつもあったとか、そういう話だと思っていたのに。それならまだ、まだ納得できなくもなかったのに。

 あたしは……あたしはシンプルに、メイの顔に惚れたのか。顔に惚れて、それでこのざまなのか。だからあいつの顔を見ると落ち着かないのか。声を聞くと落ち着かないのか。前世からの恋人だからとかそれ以前に、あたしという存在そのものが最初っから、あいつに弱いからなのか。


 

「……あなたに惚れたわ。だから、あたしのものにする」


 

 あああああっ、その目つきでモジモジするなっ! おいマリ、前世のあたしっ! おいしっかりしろ“赤魔眼”!!


「……………………最悪。国の次は、魔女に目ぇつけられたってわけね……」


 メイの吐き捨てるような言葉に心底同意する。


 ああまったく、本当に最悪だ。

 自分がいかにちょろいか。あるいはメイという存在そのものに弱いのかを、鮮明に見せつけられた。


 ああ、ああ。

 この夢を忘れられる。そのごく限られた慈悲の、なんと幸せなことか。


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