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前世の恋人を名乗るダウナー転校生がべしょべしょにメロついてくる  作者: にゃー


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10/21

買い物


 あたしのバイト先の給与支給日は、月のわりと初めのほうだ。

 なので、先月の締め日少し前から働き始めたメイにも給与が出たらしい。


 つまるところ、それだけ日が経った──メイが転校してきてから一月以上が経過したというわけだ。

 一ヶ月ものあいだ週五で怪電波を浴びせられ続けても、当然ながらあたしが前世の記憶とやらに目覚めることはなかった。ざまあみろ……と言いたいところだけれども、しかしまあそれでメイがめげるかと言うとまったくそんなこともなく。やはり今日も今日とて、教室にいるあいだ中ずっと、熱視線を向けてきた。


 曰く、前世のあたしは今で言うところの……なんだ、ジビエ料理? 的なものが得意だったらしい。あたしは料理なんてできないけれども。

 曰く、魔女やら人ならざる者たちの書き記した古書や文献の蒐集が趣味だったらしい。あたしは本なんて読まないけれども。

 曰く、メイにベタ惚れだったらしい。そんなわけがないけれども。


 曰く、曰く、曰く。


 日常会話……っていうとなんか癪だな……まあその……そう、メイのダル絡みを適当にあしらう毎日の中で、ふとした拍子にするりと差し込まれる前世のあたしとやらの情報。断片じみたそれらは、今のあたしとは似ても似つかない。とくに最後のやつ。「どう考えても別人でしょ」と言ってやっても「いやいや、マリはマリだよ」としか返ってこないわけで、あたしよりもあたしのことを知っていると、そう言いたげな態度がやはり癪に障った。

 

 ……というか、“復讐”とやらはどこにいったのかと。

 その言葉を口にして以降も、結局この女はあたしに好意以外の何物もぶつけてこない。熱と湿度、思慕と執着、気怠げな仕草に漂わせているのは、いつだってそれらだけ。電波的な盲言だけでも意味が分からないというのに、言動に矛盾まで生じているともなれば、いよいよもって頭の心配をしてやりたくなる。


「──ねぇ、いい加減決めてくれない?」 


「……待って。もうちょい、もうちょい考えさせて」


 ……まあ、今この瞬間にあたしが心配しているのは、帰宅時間についてなのだけれども。

 

 平日バイト上がりの、日も暮れた時間帯。 

 先月度分の──出勤日数で言えば数日分ほどの、決して多いとは言えない給料の一部を財布に入れて、メイは駅前の雑貨屋に乗り込んでいた。

 ……なぜか、あたしも一緒に。


「……あたしお腹すいたんだけど」


 メイが「ペンケースを新調したい」とか言い出して、「そんなもん好きにすればいいじゃない」「やったありがと」でやりとりは終わりのはずで、いやあれなんでお礼言われた? とか考えているうちになぜか、なぜかあたしまで買い物に付き合わされていた。解せない。


「ハンバーガー奢るから。お願い、これめっちゃ重要なことなの」


「いらんわ」

 

 ともかくそういうわけで文具コーナーの一角、ペンケース一つ買うのになにをそんなに悩んでいるのかというと、それは──


「色はこっちのほうが近いんだよねぇ。いや近いってかほぼそのもの。奇跡的」


「……じゃあそっちにすればいいじゃない」


「お、お値段が……」


「……じゃあ安いほうにすれば?」


「こっちは色が微妙……」


「……あっそ」


 色。あるいは色調。あるいはカラー。そういうこと。


「ほら見て、ほとんど同じ色でしょ」


 二つにまで絞られた候補のうちの一つ、お高いほうを手にとって自分の顔に近づけるメイ。同じ色というのはつまり髪の、赤いインナーカラー部分にという話で。なるほどこうして並べてみれば、暗く深いメイの髪色とかなり近く見えた。これと比べてみれば確かにもう一方の候補は色味が違うというか、明るすぎるようにも思える。値段相応の安い質感もあって、言ってはなんだがややチープな印象は拭えない。いやまあ、あくまでお高いほうと見比べたら、というレベルではあるけれども。


「……まあ、そうね」


 円筒形で立てても寝かせても使える、べつにそれ自体は珍しくもなんともないタイプ。チャックの位置やら内部の構造やらがどうのこうので、どんな置き方をしても中身が取り出しやすい……らしい。正直その辺はよく分からない。

 それに、これがこんなに──少なくとも、高校生が持つペンケースにしてはかなり背伸びした価格帯に設定されているのは、機能ではなく材質に理由がありそうだった。なにかしらの滑らかな布地、具体的な素材までは確認していないけれども、さっき少し触れてみた限りでは恐ろしく手触りが良い。多分、あたしが持っているどの服よりも。

 POPの文体からしても、大学生かあるいは社会人か、その辺りをターゲットにしていそうな商品。数日分のバイト代が入ったばかりの高校生がぽんと買うものじゃない。それでもメイはうんうんと悩んでいる。色がメイの髪と、つまり前世のあたしの髪と同じだからという、ただその一点だけで。前世がどうとかイカれたことを言うわりには、色を合わせたいだとかいう俗っぽい感性も持ち合わせている。そのくせ、勢いで高い買い物はできない小心ぶりも。

 

「……べつに、あたしのだって安物なんだから。あんたも無理して高い買い物する必要はないんじゃないの?」


 思わず言ってしまって、すぐさま後悔した。なんか逆に……あたしのほうがそういう、色合わせとか意識してる感がでてしまって。断じてそんなつもりではない。さっさと決めてほしいだけ。しかしメイは憎たらしいことに、あたしが晒してしまったこの一瞬の隙を見逃すような女ではなかった。


「……マリのは、あれで色がぴったり合ってるから良いんだよ」


 にんまりと笑んでくる。声がべちょりと粘性を帯びる。

 失敗だった。色とかくだらない、アホらしい、なにが前世だ、そう言うべきだった。いや今からでも口に出してしまうべきか。だいたい、前世のあたしの髪の色とか知らんし、今のあたしには関係ないし。そういうのでアピられてもウザったいだけ。そう文句を言う権利くらい、あたしにはあるはずだ。


 ──ほんとにそう思ってる?


「っ」


 だというのに。いつかのメイの言葉が、その全てを押し流してしまう。開きかけた自分の口からなんの音も出ないのが、これまた腹立たしかった。


「……へへ、決めた。こっち買う。値段なんて知るか」


 ……そんなあたしの態度がよほどお気に召したらしい。メイは笑顔をにへらっとだらしなく変遷させて、安いほうのペンケースを棚に戻した。高いほうを大事そうに抱え、気持ち浮き立った足取りでレジへと向かっていく。その後ろ姿の、スカートの揺れるさまが妙に目についた。


 クソ腹が立ったので、このあとハンバーガーを一個奢らせてやった。


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