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幽樂蝶夢雨怪異譚

アロハシャツ

作者: 舞空エコル

昔々ちょっと奇抜なアロハを着てたら、すごく失礼な視線を

向けられたことがあり大変不愉快でした。それはまあ確かに

ダサかったかもけど、内心はともかくそういう侮辱や嘲りは

絶対に態度に表さないのが文明社会の不文律なんジャマイカ。

しかし一方で考えました。このアホどもが私の素敵なアロハ

にこんなにも胡乱な視線を向けるのは、私に見えない何かが

こいつらには見えてしまっておるのではないか、このアロハ

には業の深い因縁があり、それでお化けか何かが見えていて

怖がっておるのではないか?そこからイマジネーションをば

捏ねくり回し、ネチネチ書いてたらこうなりました。


というわけで「アロハシャツ」読んでね♪

挿絵(By みてみん)

      日本人が着たらイロハシャツ♪

 私は古着屋を回るのが趣味です。

 古着には時を経た風合や趣が加味されて、 

 着こなし次第でどんな高級ブランド品にも

 負けないおしゃれを演出できるからです。

 その日も私は、下北沢のいきつけの店で、

 店内を物色していました。季節柄、夏物が

 所狭しと並べられていました。いろいろと

 楽しみながらチェックしていると、一着の

 アロハシャツが目に止まりました。

 不思議な柄でした。機織器(はたおりき)の前に佇む一羽

 の鶴……戯曲「夕鶴」や昔話「鶴の恩返し」で

 お馴染みのモチーフです。薄紅色の布地に、

 儚げな鶴の絵が丹念に描かれています。

 ハワイに移民した日本人が、故郷から持ち

 込んだ和服の布地を仕立て直して作った

 こともあって、アロハシャツには、こうした

 和風のものも多いのですが、この品の風情は

 また格別でした。


「なんだ。そんなところに掛かってた?」


 私が熱心に見つめていると、顔馴染の店長

 が声を掛けてきました。話を聞くと、先週

 ハワイの仕入先から届いた箱の中に、無造

 作に押し込まれていたそうです。他のシャ

 ツは値段もデザインもそこそこのお勤め品

 なのに、これだけは柄といい、仕立といい、

 生地といい、店長の目から見ても文句のつ

 けようがない逸品なので取り分けておいた

 ら、行方知れずになってしまい、ずっと店

 内を捜していたそうです。


「しかしさすがナベちゃん、お目が高いね!

 これも何かの縁だよ。買ってってよ」


 そう言われても、まだ値段もついていない

 高級品、どんな金額を吹っかけられるか……


「まあナベちゃんには世話になってるから、

 これくらいでいいよ。持ってけ泥棒!」


 笑いながら店長が電卓を突き出します。

 けっして安くはありませんでしたが、覚悟

 していた金額の三分の一くらいでした。

 試着してみると、オーダーメイドのように

 ぴったりとフィット、着心地も快適でした。

 私は購入を決めました。


 新しいものを買って帰った日には、気持ち

 が高揚して、それを着て出かけたくなるも

 のです。私は、当時付き合っていた恋人に

 電話を掛け、街に繰り出すことにしました。

 すれ違う人々の視線から、大抵の人が私の

 センスを認めてくれているのを感じました。    

 もっとも中には、唖然としたり、慌てて目

 を逸らしたり、小さな悲鳴を上げて、まじ

 まじと見つめてくる女性もいました。奇抜

 な風情をダサいとか悪趣味と捉える向きが

 あるのは毎度のこと、致し方ありません。

 私はあまり気にせず彼女との待ち合わせの

 店に急ぎました。店は混んでいましたが、

 彼女が待つ席はすぐに見つかりました。


「悪い悪い!遅くなっちゃって」

「え……誰?」


 待たされていたので虫の居所が悪いのでしょう、

 彼女は強張った表情で私を睨みつけてきます。


「おいおい、ちょっと遅れたくらいで怒るなよ」

「怒ってないわ……怒ってないけど……あなたの

 背中に負ぶさってる、その女の人、一体誰なの?」

「女の人?」


 私はぎょっとして振り返りました。ガラス

 に移る自分の姿も確認しましたが背後には

 誰もいませんでした。困惑して視線を戻す

 と、彼女はガタガタと震えていました。


「着物を着た日本髪の女の人……びしょ濡れで……

 あなたを見るときは微笑んでるけど、

 私のことは凄い目付きで睨んでくる……!」

「いや、でも……」

「ごめん、無理!」


 彼女は涙目で跳ねるように立ち上がると、

 そのまま振り向きもせず店を出ていきました。


「ちょっと、待ってよ!」


 後を追おうとした、そのとき……私の頬に、

 冷たい、濡れた手が、そっと触れてきたの

 です。慄然として立ち尽くす私の耳たぶに、

 生臭い息が掛かって…


「もう離さへん……離しまへんえ……若旦那」


 そして、背後から、冷たく柔らかく湿った

 抱擁……あまりの恐怖に私は絶叫しました。


 店からの通報で救急隊員が駆けつけたとき、

 私は床に突っ伏して震えていました。強い

 力でギリギリと締め付けられ、まるで拘束

 衣を着せられたかのように身動きが取れな

 くなっていました。結局、そのまま担架に

 載せられ、救急車で運ばれました。


 病院の処置室でも、アロハは私の体にぴっ

 たりと纏わりつき、医師やスタッフが総が

 かりになっても、脱がすことはおろか、

 ボタンに手を触れることもできませんでした。

 無理に引き剝がそうとしたスタッフの手の

 甲に激痛が走り、鋭い爪で引っ搔いたよう

 な傷跡が残りました。高熱を発し、呼吸も

 ままならぬ圧迫感に、私は気を失いました。


 翌日、話を聞いた古着屋の店長が、霊能者

 と称する女性を連れて病院を訪れました。

 女性は真言を唱えながらアロハを着た私に

 清めの塩をかけると、丁寧にボタンを外し、

 慰撫(いぶ)するようにゆっくりとアロハを脱がせ

 ていきました。そして、昨夜は悪戦苦闘した

 医師やスタッフが目を丸くして見守る中、

 傍に控えた店長が用意した葛籠(つづら)に、そっと

 アロハを収めました。その瞬間、私の体から

 圧迫感が消え、熱も下がりました。


 霊能者の霊視によると、あのアロハの布地は、

 言い交わした男に裏切られ、大川に身投げした

 吉原の娼妓が、最後に身に付けていた着物

 だったとのこと。そんなものが、どこをどう

 経由して常夏の島に運ばれ、アロハシャツに

 仕立て直されたのか、そこまでの細かい経緯は

 さすがの霊能者にも分からないそうです。

 そんな曰く付きの危険な品を、常連客に

 売りつけるなんて……私が文句をいうと、

 店長は必死に言い訳しました。


「おれだって知らなかったんだよ。ナベちゃんに

 売った直後に、あの人が店に来て鶴のアロハは

 どうしたと聞くから、さっき売れたと答えたら、

 顔色を変えて、あれは着た者に災いを(もたら)

 悪しき呪いの品だから、自分が引き取って

 供養するつもりだったと。買った客をすぐに

 見つけ、あれを着る前に引き離さなければ、

 大変なことになるって……いや、慌てたよう」


 その後、あのアロハシャツは、霊能者と僧侶に

 よってお焚き上げが行われ、寺に祀られたとか。

 店長はあれの代金を全額返金の上、お詫びにと、

 別のアロハを一着プレゼントしてくれました。


「これは安全だとあの人も保証してくれたよ」


 浦島太郎と亀の絵柄には苦笑しましたが、

 これはこれで情趣のある、何より安全な一品でした。

 いろいろありましたが、これにて一件落着です。


 その後、恋人とは別れました。私といると、

 どうしてもあの女の顔を思い出してしまい 

 恐ろしいし落ち着かないというのです。

 正直な話、真剣に結婚も考えていましたが、

 こればかりは本当に仕方ありません。

 しかしこの先、新しい出会いもあるでしょう。 


 しばらくは家に引きこもっていた私ですが、

 店長がプレゼントしてくれた新しいアロハ

 を着て、久しぶりに街に出ることにしました。

 クローゼットを開け、ハンガーにかかった

 シャツの、浦島太郎の絵柄を確認して手を伸ばし……


(あれ、ない! ないぞ? なぜだ……?) 


 いろいろと思い出して、背中に戦慄が走り

 ましたが、よく見たら、クローゼットの底に

 落ちていました。やれやれ、あんなことの

 後だから、神経質になっている自分を笑って、

 屈みこんでシャツを掴んで、顔を上げると……


 鶴が揺れていました。機織機の前に佇む、  

 儚げな一羽の鶴。その横から白い手が出てきて、

 薄紅色のアロハシャツをそっと横にずらすと、

 日本髪を結って、水に濡れそぼり、ふやけて、

 むくんだ女の青白い顔が、クローゼットの奥から

 すっと突き出され、私を見ると、嬉しげに、

 愛おしげに、狂おしげに……


「もう離さへん……離しまへんえ……若旦那」

【註:多分にネタバレを含むので本編を読んでから閲覧推奨】


 いかがでしたか? 

 おそらくラストが何かとって付けたような印象かと。

 なぜならこのラストは、とってつけたからなのです。

 放送時には、ナベちゃんがあのアロハシャツが自分の

 ところに戻ってくるかもしれないと不安に震えながら、

「離しまへんえ」の声を思い出すところで終わりますが、

 せっかく読んでいただくのだし、因縁のアロハシャツ

 がお焚き上げの供養にも負けず不死鳥のように健気に

 舞い戻ってきた方がカタルシスも半端なかろうと思い、

 この形にしました。しかも声だけでなく、その顔まで

 見てしまうわけですから、感動も喜びも、まあ恐怖も

 ひとしおでせう。しかし、このバージョンのラストを

 夜中に書くのは正直ちょっと怖かったです。開けたら

 何かいるって怖いですよね。うちの箪笥も、開けたら

 よく猫がいます。怖いニャ~~~

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 アロハシャツって外人さんが着ると格好いいのに、どうして日本人が着るとああもダサいんでしょうかね。体格の問題でしょうか。しかも某元総理のフェドラハットと一緒で本人は似合ってる気満々なの…
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