目覚め
光が目にしみて、はたと目が覚めた。
重い瞼を持ち上げ、何度か瞬かせる。
「ん……」
ごろりと寝返りを打つと、室隅で座していたおじさんと、目が合った。ガタン! 未だ夢うつつで、「?」を浮かべたまま静止していた脳が、大きな音で揺さぶられる。眩しいし、うるさいし、おじさんの顔は怖いし、私は一体どうしたんだっけか……。
片手を突いて、半身を起こしかけたところで、「う」と声が出た。
長い髪が、ぱさりと視界に被さる。
「起きるな!」
おじさんの怒号が飛んできた。
「へ……?」
気付けばおじさんが目前に迫っていて、早く寝ろとばかりに、ずり下がった布団を私の首元まで引き上げる。
怒鳴られる筋合いなどない、と思いたいが、何となくその圧に負けてしまい、すごすごと布団の中に引っ込んだ。
「どこか痛むのか」
おじさんが、私を覗き込んで尋ねてきた。
先程とは一変して、静かな声だった。
けれども、ぐしゃぐしゃの前髪の奥で、眉間に皺が寄っているのが見て取れた。
「はあ、どこかというか、全身が満遍なく……」
皺が、いっそう深くなる。
「魔力切れは、そんなにひどいのか」
……ああ! そうか、そうだった。私は、魔力切れを起こしたのだ。
でも、別に、ただの魔力切れだ。体調面への影響でいえば、ごく軽い脳貧血と大差ないものだ。
「いえ、全く。体調に関しては、全く心配されるようなことじゃないので――」
「心配するに決まってるだろ! 魔力切れじゃないって言うなら、何なんだ。丸一日近く、全く目を覚まさなかったんだぞ……!」
「丸一日……? てことは、今は……」
「昼の二時だ」
なるほど。どうりで、眩しいはずだ。
普段なら、こんな時間に起きることなど、まずない。
昼の陽光は、寝起きの目にこんなにも染みるものなのだと、初めて知った。薄いカーテンを引いても、凌ぎきれない程に。
それから、そう、身体の痛みの原因も、はっきりとした。
「じゃあ、寝過ぎ、ですね」
「……どういうことだ」
「寝過ぎて、身体が痛くなったこと、ありません?」
「……」
おじさんは、難しい顔をしていた。
「あれ、もしかして、ないですか」
誰しも一度や二度はあることだと思っていたんだけどなあ、と内心首を捻ったところで、
「……あるが。本当にそれだけか?」
と返ってきた。
「そうですね……よくよく思い出してみたら、昨日から痛かった気がしますね。ソファは、思いの外、子供の身体には合っていなかったみたいで」
「……そうか」
前みたいに、だから言っただろう、と返してくれれば良いものを。
なんだか調子が狂う。
「……というか、今日は、ツインの部屋なんですね」
「いや! 違うんだ!」
言い終わるか終わらないかのうちに、おじさんが言葉を被せてきた。
「え、違う……?」
どう見ても、ツインルームじゃないのか。私が寝ているベッドと、その隣――つまり、おじさんの背後に見えるベッド。二台ベッドがある部屋は、ツインルームと呼んで然るべきじゃなかろうか。首を捻って――今度は文字通り首を捻って、おじさんを見上げた。
「い、いや、俺もさすがに、別室にすべきだとは思っていたんだ。でも、俺は、ただ心配で――実際、お前はこんな時間まで起きなかったわけだし――」
おじさんは早口で捲し立てると、がしがしと頭を掻きむしった。それから――――ぐうう、と音がした。まごうことなき、腹鳴だった。でも、私の腹が鳴らした音ではない。
「悪い……」
おじさんの頬が、ほんのり赤く染まっていた。
「ぷっ……あはは」
笑っちゃいけないかなあ、それとも笑い飛ばしてあげるべきかなあ――一瞬そんな考えがよぎったけれども、気付けば思わず吹き出していた。
「どうぞ、ご飯食べて来て下さい」
この様子を見るに、おじさんは、私の状態を気にかけすぎて、食事する暇もなかったのだろう。
おじさんは気まずそうに、「ああ……」と言った。
「ああ、何なら、そのまま帰っても良いですよ」
「は?」
「契約期間は、二日間でしょう? 厳密にはあと何時間か残っていますけど、今日は何もせず宿で過ごそうと思うので。こんな変な時間に出発したところで、変な場所で野宿する羽目になりますし」
「ちょ、ちょっと待て! じゃあ明日、別の傭兵を雇うつもりか!?」
「そうですねえ……」
ちょっと悩んで、
「いえ、ここまで来たら一人で帰れますね」
と返した。出発点と目的地の中間地点の街ならば、治安もさほど悪くない。変に目立つようなことさえしなければ、何の問題もなく帰れるだろう。
「じゃあ、俺を連れて行ってくれ! もちろん、追加料金は要らない。俺は昨日、満足な仕事をできなかったんだ。名誉挽回するチャンスをくれ」
「はあ……」
不満足に感じているのはおじさんだけで、私はかなり満足しているんだけどな。それを本人にも伝えたつもりだったんだけど、伝わっていなかったのか――。
「幸い、腕は治ったんだ。もう、絶対にあんたを危険な目に遭わせることはないと、誓う。そ、そうだ、治療費、せめて腕の治療費の分は追加で働かさせてくれ」
「いや、それは――」
その礼は、私の嘘を許す、というで手を打つことになったんじゃなかったっけ。
「断らないでくれ! とにかく、――そうだ、ちょっと出てくるから、ここでゆっくり休んでいてくれ。食事の準備と、色々用を済ませてくるから」
「はあ……」
おじさんは、そこらへんに転がっていた財布やら何やらを引っ掴むと、大慌てで部屋を出て行ってしまった。