出立
ガサガサと、人が動く気配がして、目が覚めた。
身を起こして、伸びをする。身体が軋んで、「うーー」と、二日酔いの朝のような声が出た。
「だから言っただろう」
背後から低い声がした。
首をよじって、声の主を振り返る。
我ながら、さび付いたブリキ人形のような動きだった。
「……おはようございます」
何か言い返したいような気持もなくはなかったが、とりあえず、私を見下す――もとい見下ろすその髭面に、朝の挨拶をする。
「おはよう」
おじさんは、存外素直に挨拶を返してくれた。
でもすぐに、「まったく、坊ちゃんがそんなところで安眠できるわけねえだろ」と、呆れたように言った。
がきんちょの次は、坊ちゃんか。
「わかったら、次からは大人しくベッドで寝ろ」
昨晩の議論から今の会話まで、おじさんの意見は一貫して「自分は床で寝るのに慣れているけれど、お前はそうではない、だからベッドで寝ろ」というものだった。
心外だ。
私だって、固い地面の上で寝ることには慣れている。
慣れていないのは、この身体だ。
浅学な私は、こんなに小さい身体なのだから、ソファでも良く眠れるに違いない、と思ってしまったのだ。おじさんがベッドに寝て、私がソファに寝る、それが最善だと、昨日の私は信じて疑っていなかった。
それで昨晩の私は、小高い肘掛けに頭を置いた状態で、眠りについた。
そうしてみて初めて、ソファの座面が案外ぼこぼこしていることと、肘掛けは子供の枕としては嵩高すぎることに気が付いた。
いっそのこと床の方がよく眠れるかもしれない、と途中で気付いたものの、護衛対象の子供が床に寝転がっている図はどうなんだろう、と思いとどまった。
「ほら、朝飯買ってきたから、食っておけ」
太ももの上に、サンドイッチとパックの飲み物が置かれた。
置かれたというより、放られた、という方が近いかもしれない。
「おじさんの分は?」
「俺は、お前が寝ている間にもう食った」
そう言って、荷物の山みたいなところに屈みこむ。
そんな荷物昨日までなかったというのに、朝食と一緒に買ってきたのだろうか。
「……すごい」
寝言のような感嘆が、ぽろりとこぼれ出た。
多分、純粋な感想が、脳の高次的な場所をスキップしてそのまま口から出た。
「何がすごいんだ?」
おじさんが、振り返った。
「人を見る目がすごい……」
私の人を見る目、すごくないですか。
私が求めていたのは、ひとえに、「隣を歩いてくれる良識ある大人」であったわけだし、それ以上を求めるようなことを口にした覚えもない。
だのに、何ですか、このおじさんは。
口と顔は悪いくせに、出来る男すぎやしませんか。
「何言ってるんだ、お前……。さっさと飯食って、顔でも洗って目を覚ませ」
おじさんは、頭をがしがしと掻いていた。
少々話数が増えそうなので、エピソード名を設定しました。