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少年

 ――パリン。

 

 どこかごく近い場所から、小さな音が聞こえた。

 何かを踏みつけた音だろうか。

 振り返って地面を見回す。その地表が、しゅるしゅると眼前に近付いていることに気付くと、知らず知らずのうちに「げ」と声が出た。

 

 重たい気分で右手を持ち上げ、その甲をかざし見る。それぞれの指の上で、色とりどりの指輪が一様にギラギラと西陽を反射していた。ふくふくとした小さな手には、まるで似つかわしくない代物だ。

 そのうちの一つ、薬指に嵌められた石に一条の亀裂が走っていた。言うまでもなく、これが諸悪の根源に違いなかった。

 

 幸いにして――と言えるのか定かではないけれど、完全に壊れてはいないようだった。

 おそらく、中の術式が歪んでしまったのではなかろうか。

 人気ひとけのない裏路地から足を踏み出し、窓ガラスに映る朧な人影に目を向けてみる。

 思った通り、それは少年の姿をしていた。性別、人相、その他諸々は術式通り、でも、年齢だけが狂ってしまったように見えた。

 

 ――さて、どうしたものか。

 

 本来の目的は達成した。派遣された土木現場で、粗野な男たちに舐められることなく、青年公務員として仕事を全うすること、それ自体は完了した。

 残された行程は、庁舎に戻って報告するだけ。

 しかし私は、中途半端なその距離を、二日かけて歩き帰るつもりで計画を立てていた。瞬間移動スクロールなどという高級な代物は、この度の任務では至急されなかった。

 ――果たして、生来の姿と今の少年の姿、どちらの方が目立たないだろう。

 

 今まさにインフラを整備している途中、という土地なのだ。治安も同様に、発展途上、という様相を呈している。

 見渡せば、ぼこぼこの路上にごみが舞い、そこここに酒臭い男たちが座り込んでいる。

 今はまだ、おつかい中の少年を装うことができるけれど、日が暮れたらどうだろう。ここの男たちは、私をどう扱うだろう。

 お高い馬車を呼ぶ手もないことはないが、それはそれで悪目立ちしそうだ。

 私に無体を働けるような輩はそうそういないとは思うけれども、とはいえ、トラブルは避けたい。仮に避けられなかったとしても、そこにいたのは、私ではない、公務員ではない、正体不明な何者か、ということにしたい……。

 

 諦め悪く、もう一度周りを見回してみる。

 酔っ払い、ごみ山、酔っ払い、怪しげな店、酔っ払い、それから……。

 

 そこに、思いがけず、お、これは、と思う人影を見つけた。

 浮浪者然とした男たちの中で、その人だけは――いや、その人も十分浮浪者らしくはあった。髪も髭もボサボサで、安っぽい布地の衣服は薄汚れている。――けれども、浮浪者らしからぬ程筋骨隆々だ。少なくとも薄い布では隠しきれないくらいには。

 

 年季の入った壁を背に座り込んでいたその男は、ぼんやりと酔っ払いのような目をしていたけれども、私が一歩二歩と近付くと、キッとこちらを見た。まるで腹を掻くかのように、自然な仕草で手を腹部に持っていく。

 私の方からはよく見えない。だから、それが何なのか定かではないけれど、多分腰に獲物をぶら下げているのだろう。

 

「なんだ、がきんちょ」

 

 がきんちょ相手にも、素晴らしい警戒心だった。

 

「その……僕、街まで送ってくれる人を探していて……」

 

 ちょっともじもじしてみる。

 男は、そんな私をひとしきり眺めた後、口を開いた。

 

「……ガロンの街か?」

「はい、そうです」

「二万ゴールド。払えるか?」

「はい、払えます!」

 

 ぱっと、嬉しそうに笑ってみせた。

 半分くらいは、本心からの笑みだ。二万で安心を買えたのだし、それになにより、私の人を見る目たるや。彼は、仕事を選り好みしない、優秀な傭兵に違いない。

 そんな風に悦に入っていたのだけれども。

 

「引き受けるとは言ってねえぞ」

 

 冷ややかに言われて、思わず「え!?」と声が出る。

 今の流れで、それは、ずるいのでは。

 

「えーと、何か、不都合が?」

「不都合っていうかなあ……。こんな時間に、こんな場所で、わざわざ俺みたいなのに話しかけるがきんちょね……」

 

 男が、舐め回すような視線で、私を見た。

 みなまで言わなくても、わかった。たしかに、そんながきんちょは、怪しすぎる。

 

「で、でも、まだ夕方ですし、でも夜になったらもっと危い感じになる……というか、その、僕、怖いなあって思って……」

 

 おどおどとしたいとけない態度で、何とか誤魔化そうと試みる。

 きっと私はここで、かわいそうな子供として認定されなければならないのだ。

 かわいそうな、悪党に目を付けられることを恐れる子供に。

 そうでなければ、私自身が「悪党」認定されるのだろう、と、男の反応を見ていて思い至った。おさない犯罪者は別段珍しくないのだと、思い出した。

 

「俺が断ったら、どうするつもりなんだ?」

「断られたら……」

 

 代わりが見つかりそうなら、もちろんその人を選ぶけれど、どうだろう。この人の代わりなんて、そう簡単に見つかるとも思えない。

 

「じゃあ、何で俺に声をかけたんだ」

 

 まごつく私を前に、男は質問を変えた。

 

「それはもちろん一番強そうだったから」

「ふーん……」

 

 即答し過ぎただろうか。男は意味深に、相槌だかため息だかわからないものを漏らした。

 

「……です」

 

 と丁寧語の語尾を無理矢理足してみたけど、どう足掻いてもやっぱり、怪しいがきんちょかもしれない。

 もう諦めて、指輪を外して帰ろうか。

 そう思い始めた頃、

 

「仕方ねえな。これでお前に何かあっても寝覚め悪いし、二万で雇われてやるよ」

 

 男が面倒臭そうに言った。

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