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16.テイク・オフ


 修学旅行当日。


 広い空港は混雑していて、その一角に我が校の生徒達は集まっている。


 周囲の雑踏、喧騒。時折聞こえるアナウンスに負けないように先生達が声を張り上げるが、浮かれきっている学生達にそれが届いているかは怪しいところだった。


 フワフワした気持ちだ。


 左肩にある旅行鞄の重みも、嬉しく思える。


 小中と経験してきたため、修学旅行はこれが初めてというわけではない。これまで飛行機には乗った事はなかったが、それがこのドキドキの理由というわけではない事は分かっていた。


 隣には、親友のアキヒコがいる。


 直ぐ近くでは、大川が友人達と大声を出してはしゃぎ合っている。


 その傍らに立つ富士義輝フジヨシテルは、俺と目が合うと、少しだけ口角を上げた。


 クラスの中にキチンと話した事のある相手が三人もいる。奴らだけではない。クラスの大半の男子とは、二言三言なら口を聞いた事がある。


 一人きりで、皆の後ろを置いていかれないように着いて行くだけのこれまでの修学旅行と今回は違うのだ。


 普段より長く高嶺さん側にいられるという喜びに加え、そうした学生として当たり前の、しかしこれまで経験した事のなかった興奮が、俺の体を支配しているのだった。


 そのせいで数日前から寝不足が続いており、昨日なんかは一睡も出来ていないのだが、今は気にしないでおこう。


 先生達の指示に従い、皆がぞろぞろと動き出す。飛行機に乗ると言っても海外へ向かうわけではない。大した事ではないさ、と自分に言い聞かせても荷物検査の時には少し緊張した。


 バレたら格好悪いと平然を装いアキヒコと話していたが、普段より口数が多くなってしまった感は否めない。


 一方奴はというと、いつも通りのテンション。いや、どちらかといえばいつもに増して元気がないように感じられた。


 人ごみが憂鬱なのだろう。この旅行についても、家での実体のない恋人達との時間を削らなければならない厄介な行事くらいにしか思っていないのかもしれない。


 そんなアキヒコを俺の隣の席に乗せて、飛行機は定刻通りに飛び立った。


 もっと体が浮くような感覚や、重力のようなものを感じるかと思っていたが、新幹線に乗っているような感じとあまり変わりない。


 それでも窓の向こうの景色はこれまで目にした事のないもので、どこまでも続くその薄い青色を眺めながら、俺はアキヒコの肩をパンパンと叩いた。


「おい見ろよ。空だぜ空」


「そりゃそうでしょ、飛んでるんだから」


「そ、そうだよな。飛んでるんだよな、俺達。今高度9000メートルくらいって言ってたってけ。うわ、想像したらブルってきた。この窓一枚隔てた向こう側がそんな世界だなんて」


「標高8000メートル……」


 不意にアキヒコが呟いて、俺は首を傾げた。


「僕が高嶺さんと付き合うのはエベレストの頂上を目指すようなものだと言った時、ノボルは言っただろ? だったらその8000メートルを俺は登頂してみせるって」


「お、おう」


 あの時は勢いで口にしてしまったが、今になって思い返すとかなり恥ずかしい台詞だ。


「8000メートルと言ったら今いるところより少し低いくらいの所だよ」


「お、おう。なるほど」


 窓から下を見下ろす。当然地上なんて見えない。空と雲。それだけだ。


「そんな高さまで自分の足だけで登るのは到底無理な事だと思って僕はその例えを使ったけど、最近のノボルを見ていると思うんだ。一歩ずつ、それでも進み続ければいつかは頂上に到達できるんじゃないかって」


 そう言って笑ったアキヒコは嬉しそうで、しかし少し寂しげでもあった。


「まぁ、最近自分でも感じてきているしな。見える景色が変わってきているのを」


「そうだね。二合目くらいまでは来てるんじゃないかな」


「え? まだそんなもんなのか?」


「そんなもんでしょ。だってノボルはまだ僕以外のクラスの人と用があれば話すというくらいになった程度なんだから。高嶺さんへの告白を成功させるという事は、少なくとも彼女に友達という以上の好意を抱いてもらわなければならないんだよ? 今はまだ友達にすらなれていないじゃないか」


「た、確かに」


 アキヒコの言う通りだと思った。


 少しずつ変わっていく環境に、自分が先に進めている喜びを感じていたが、俺が目指しているのは男子高校生としての普通の生活などてはない。その遥か先にある高みなのだ。


 彼女が転校してきたから約二ヶ月。未だ、雲の先にあるその目的地は見えてすらいない。


 卒業までに、俺は果たして願いを叶える事ができるのだろうか?


 この先に待っている景色への期待とちょっぴりの不安を乗せて、飛行機は目的地へ俺達を運んでいく。

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