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第3話 言葉が通じても話が通じないようです

 まぶしい――。


 光が眩しくて、目が開けていられない。


 ここって、病院?


 徐々に慣れていくと、周りが見えはじめた。


 黄金の光が降り注ぐ世界で、自らの身体がふわふわと浮いているようだ。


「ここは……、天国?」


 どこまでもつづく果てしない光のなかで、混濁(こんだく)していた意識が、徐々に焦点が合うように頭の中が整理されていく。


 わたしは……、仕事を終えて、会社を出た。


 今川部長と電話をして、そして会社近くの交差点で……。


 あ、そうだ、はっきり思い出した。


 交差点で背中を押されたのだ。


 そして車に当たり、ドン――。


 それほどまでにわたしを恨んでいたのだろうか、あの男は。


 しかし、原因は向こうにある。


 一年前、化粧品会社の企業コンサルタントとして、すべての数字を見ることになった。そして不自然なお金の流れを見つけた。海外の財団法人に貸付金(かしつけ)の名目で、出るわ、出るわ。なんじゃこりゃってぐらいの使途不明金が出た。経理担当者に聞くと、専務の指示だと言うので、すぐさま専務に問いただした。だが、のらりくらりと言い逃れをするばかりだった。

 金の行き先である海外にある財団法人を調べると、やはり社長の息子である専務が理事として名を(つら)ねていた。

 証拠の書類を揃えた博美は、福本社長にこれまでの経緯を報告した。社長が息子の福本猛に問いただすと、素直に着服を認めた。その後、福本猛は、専務を解任され会社からも放り出された。息子が使い込んだお金を父親の福本社長が補填(ほてん)し、この話は内々で収められることになった。大事(おおごと)になればM&A自体の話もとん挫することになり、反対派になろうと思われる専務を事前に排除できたことで博美は内心、大喜びだったのだ。


 もしかして、あのときの復讐――?


 もしくは、仲介者のわたしがいなくなれば、会社の売却の話がなくなるとでも思ったのだろうか。


 それならば無駄な事。わたしひとりがいなくなったとしても、明日のM&Aは抜かりなく課長が進めるだろう。書類はすべて揃っているし、弁護士とも話が付いている。  


 そう……、だからわたしが居なくなったとしても、わたしの代わりに課長が……、契約締結することになるのだ。


 うん? ちょっとまって。


 それじゃ、報奨金(ほうしょうきん)は……?


 うっそ! マジか――! この一年の苦労が水の泡! あの息子、マジむかつく、訴えてやる!


 いや死んだら、何もできないのか。


 (うら)んでやる、(たた)ってやる。


 などと、思っていると、今度は白い光に包まれた。


 ビヨーンビヨーンと自分の体が伸びたり、縮んだりしているような気がした。そうして、また意識が遠のきそうだったとき、あの場面が思い浮かんだ。


 トラックに引かれて宙を飛んでいるときの、あのポカンとした社長のバカ息子の表情だ。


「バカ息子!」


 叫んだところで、博美は気が付いた。


 目の前には、外国風の青年がいたことに。


 金色の髪に透き通るような白い肌からまだ若く、年齢は二十代前半ぐらいだ。


 博美と正面から向き合っている彼の青い瞳がパチクリする。


「は?」

 と声を上げたのは、相手側だ。


 外国風メンズモデルのような美しい顔がみるみる赤くなる。


「貴様!」


 さっきまで透き通るように白かった肌が、ゆでタコのように真っ赤になっていた。


「誰がバカ息子だ!」

 と博美を指さす。


 怒っている人を前に、博美はどう見ても日本人じゃないのに、ああ、言葉がわかるな……と、冷静に思うのだった。


 しかし、きちんと訂正せねば。


 博美はまっすぐに彼を見た。


「イエ、あなたのカンチガイです。わたしはあなたに言ったのではアリマセン」


 なぜか、ちょっとカタコトになってしまった。相手の見た目につられて、こちらの日本語が怪しくなってしまうコトはよくあることだ。


 しかし、ここは不思議な部屋だった。魔術の儀式でも行うような薄暗い場所に、壁に掛かった動く絵画や、備え付けられている燭台には人の形をした炎のようなモノがゆらゆら動いている。魔法の様だ。

 そして青年の斜め後ろに、貴族の格好をしたメガネをかけた三十代ぐらいの男性と、もう一人は壁際で黒いフードを頭からかぶった大柄な魔術師のような人もいる。


 まるで海外のファンタジー映画のようだった。


「お前がバカ息子と言ったのを、俺は聞いたのだ!」


 ああ、そうだった。

 とりあえず、ここは誤解を解かなければ――。


「ですから、それは誤解です。あなたに言ったのではありません。交差点で、わたしの背中を押した男性に、バカ息子と言っただけです」


 うん、今度はちゃんときちんとスムーズに言えた。これで通じるだろうと博美は満足げにうなずいたが、相手は烈火のごとく怒り出したのだった。


「お前! また、バカ息子と言ったな!」


 どうやら言葉は通じでも、話が通じない相手のようだった。


 フーフーと鼻息を荒くする青年に、メガネをかけた男性が止めに入った。


「ハロルド王子、落ち着いてください。こちらの方は聖女様でございますよ」


 王子……? 血管がキレそうに興奮している青年が……? 


 それに聖女様って、わたしのこと?


「ロドリック宰相(さいしょう)! こんな女が聖女だと! あり得ん、認めん!」


 なるほど……、メガネ貴族の男性がロドリック宰相なのか。そしてさっきからブチ切れているのがハロルド王子ってことね。


「宰相! こんな女、元の世界へ戻してしまえ!」


「王子、それは無理です。一度召喚された聖女が元の世界に戻ったことなど聞いたことがありません」


「そうなのか、魔獣」


 ハロルド王子と呼ばれた青年が視線を向けたのは、壁際で魔術師のような恰好をしている人だ。さきほどから、こちらに顔を見せない様に立っている。


 あの人が魔獣?


 そのとき、部屋が白い光に包まれた。


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