第39話
第三十九話:私の記憶 三十三
二〇一一年三月、私は二度目の卒業生を送り出した。三年間ずっと担任だったわけではなく、半年間私ではなく他の先生が担任であった。二年生の新学期から担任になったその先生は、とことんしくじり先生だった。生徒からも敬遠されていた。七月の学校祭も出店を出したのだが、手際が悪くとにかくもたついていた。やる気だけはあるが、空回りを繰り返すお話にならない先生だったのである。それを見かねた女子生徒の親御さんが、担任を盛林先生に戻せ運動を起こしたのである。二〇一〇年、盛林の変である。乱ではない。私は大人しくしていたのだから。そして、その結果、ドジっ子先生はベンチに下がり、私は再登板することになったのである。私は士気が下がっていたクラスを立て直し、親御さんの期待に応えられるように努力したのであった。
卒業生を送り出すときに送った四字熟語がある。益者三友である。交際して有益な三種の友人は正直な人、誠実な人、博識な人である。自らもそうなろうと努力してください。最後の授業として生徒に伝えた言葉である。生徒に伝えた分私は正直にそして誠実に、博識であろうと決意したのであった。
その年の四月に最後の新入生が入ってきたのである。廃校になることを承知の上で入学した生徒たちである。そして、自分達に後輩ができない事を分かった上で進学してきた子達である。一年目はまだこの学校がなくなるという感覚は乏しかった。なぜなら一年生から三年生まで生徒がちゃんといたからである。二年目になると寂しくなった。入学式がないという不思議な感覚。そして当然ながら一年生がいない学校になってしまったのである。
彼等が二年生になった時、六十人近くいた生徒は四十八に減ってしまった。退学を言い渡された者もいたし、進路変更するもの、成績が振るわず転学する者もいた。アイドルグループの人数まで減ってしまった人数をこれ以上減らさないようにと、私と関ちゃんと川童先生は手を合わせ、頑張ろうと士気を高めたのである。一クラス十六人編成で二年生がスタートしたのである。




