第37話
第三十七話:私の記憶 三十一
話が少し戻ってしまうが、こんな話を書きたいと思う。私の結婚式に呼んだ友人は、私の人生に大きく関わることになる人ばかりだという話である。全部で十人。私を入れれば十一人となり、サッカーのワンチームの人数となる。私はゴールキーパー。フォワードは荷が重過ぎて務まらない。そんな大層な立場ではない。放たれたボールを受け止めたり、弾いたりするのは得意だ。
私には女の親友が二人いる。明美と響子ちゃんだ。明美のことはアケミックスと呼んでいた。大学時代に知り合った友人である。アケミックスはやまっちょの友人である呉谷正史と後に結婚することになる。呉谷のことをやまっちょは『ゴヤ』と呼んでいた。私も真似をした。ゴヤ、ゴヤ。ゴヤヤーゴ。この言葉で思い出したことを書いてみる。
私は暇さえあれば、やまっちょと旅に出かけていた。これも旅の途中の一コマだ。釧路の炉端焼を食べるために順番待ちをしていた時の出来事だ。やまっちょが「こっちに来たら、シールを作れるよ」と私とゴヤとアケミックスを呼びに来た。私達はみんなで作るということになったのである。まずはやまっちょ。作ったシールにはこうあった。『ポップ山川』いいねー。次に私の番がきた。私は悩んだ挙句の果て、「盛林直ミ二マム」にした。なかなか良いネーミングだ。今でもパスワードなんかに使っている。最後のゴヤは「ゴヤヤーゴ」、ゴヤは時間をかけてそうしたのだった。意味がわからない言葉であった。話が繋がった。確かアケミックスは時間のため作ることが出来なかったのである。炉端焼の順番が来て、店員さんに呼ばれたのである。私が結婚する前なのだから、懐かしい思い出である。
二人目は響子ちゃんだ。響子ちゃんのことは、何も捻ることなく、そのまま響子ちゃんと呼んでいる。響子ちゃんは名の如く、私に刺さる言葉をたくさんくれる女の子だ。中、高と同じ学校だった。彼女は私を「救ってくれた」キーパーソンだと私は思っている。トンネルの中から抜け出すキッカケをくれた人ではないだろうか。私は友達に恵まれていると最近になってようやく気づいた。




