第26話
第二十六話:私の記憶 二十二
私が赴任した一年目、女子バレー部は三年生が一人しかいなかった。夏美ちゃんという明るい女の子だった。頼みの綱は新入部員というところであった。少なくとも五人入ってくれないとチームとして成り立たないのである。しかし、その年に入部してくれたのは三人だった。沙李菜、華絵、莉緒の三人である。三人ともバレーボール経験者であった。ルールはもちろんのこと技術もなかなかだった。春は夏美ちゃんを入れて四人と私で練習していたのだが、高体連前に近くの高校から、合同チームを組まないかというお誘いが来たのである。このままでは大会に出ることが出来なかったので、喜んでその話を承諾することにしたのである。
合同チームを組むことになり大変だったのは、技術力の差にによる軋轢であった。あちらの学校の顧問の先生はバレー経験もなく、私が先頭に立ち指導していったのであるが、私達の方が上手かったのである。それを引け目に感じてしまい、あちらの選手が泣き出すのである。わたしはコーチの立場だと先程述べたが、顧問はもう一人いた。女性の先生でバレーの経験なし。この人が何とか女の子達の気持ちを汲んであげて、事態を最悪の方へと行かせずに済んだのである。
大会当日。私は学校にいた。女性の顧問の先生が一人で引率する事になったのである。実際に指導してきたのは私であるのに、私は学校に残って国語の授業をしていたのである。高体連の期間は多くの先生が各部活の引率でいなくなるので、特別時間割が組まれる。その日も昼で生徒は下校となっていた。時計を見ると十二時三十分。試合が始まるのが十三時三十分。教頭先生に話をした。「これから、大会に向かっても構いませんか?」私は副担任であったので校務に差し支えなければ、行ってもよろしいというゴーサインをいただいた。
さて、どうやっていくかが問題である。まずはスーツからジャージに着替えよう。そして駅まで行ってバスに乗ろう。そう考えて学校を飛び出した。バスターミナルで大会がやっている方面へ行く時間を尋ねると、次のバスまで一時間ありますとの答えであった。私は決意した。自転車で行ってやろうじゃないか。ここからだと何キロあるのかとかは考えなかった。バスという手段を諦めて、チャリンコに跨り出発進行である。
一時間半ぐらいかかって大会会場に到着した。試合は始まっていたが、まだ第一セット目であった。私が試合を観にきたことに気づいた選手達は私に向かって手を振ってくれた。苦労は買ってでもしろって言うものである。苦労した分、喜んでもらえて私も嬉しかった。良いプレーはあったものの、残念ながら負けてしまった。合同チームこれにて解散である。しかし、良い経験になったと思う。
帰り道の自転車が辛かったのは言うまでもないだろう。




