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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
9/33

スパルタ教育

 

「凄いね、ライ」

「どこで覚えたの?」

「勉強したの?」


 …うるっせぇ。

 俺の隣を歩く未来の”戦乙女(ヴァルキリー)”様は、俺の事を質問攻めにするように次々とそんな事を言った。


「ノノ、聞く暇あったら索敵しろ」


 にっこりと笑って俺がそう言うと、ノノは少し口をとんがらせながらも従う様に俺よりも少し前に出て歩き始めた。

 俺が、()()()の教え役ねぇ…。人生何があるか分かんねぇとは常々思うが、流石にここまで数奇な運命を辿るとは、昔の俺も想像できなかっただろうよ。


「あ、止まれ。そこ罠あるぞ」

「わ」


 ピタリと停止したノノが、俺の言葉に振り返る。

 俺はそんなノノの隣まで歩み寄り、口を開く。


「さぁ、ノノ。どこに罠があるか、当ててみろよ」


 ニヤリと笑ってそう言った俺を、ノノが意地悪とでも言うばかりにジトっと睨みつけた。





 罠の観察眼は、次第に肥える。

 これは経験がものを言うので今は仕方がないだろう。むすっとした仏頂面で前を歩くノノを見ながら、俺はそう考える。


「――おい、ノノ」

「ん?」

「俺は。お前に戦いは教えない。お前みたいな(タイプ)は教えるよりも、戦いの中で盗んだ方が余程成長すんだろ」


 前方から何かが近づいて来る音がする。数的に二体だろう。ノノはまだ気づいていない。まぁ、色々と丁度良い。

 俺は貸せ、とばかりにノノの腰についた剣を手で催促する。


「でも、ライ使うのナイフじゃ」

「おいおい、迷宮潜りたるもの武器は選べねぇ状況が必ず来るぞ」


 不安そうな顔でノノが、俺に剣を渡す。

 俺はそれを手に馴染ませるように握り込む。…ガキの体に合う様に作られた剣、大人になったときに出来る限り円滑に長剣に移行できるように長さが調節されている。悪くねぇ。


 数回、空を切って剣を振るう。そして、


「いいか、ノノ。剣振りってのはこうやるんだ」


 前方にようやく姿を現したゴブリンたちに向かって、俺は勢い良く駆け出した。ノノの剣は扱いやすい部類だ。それこそ、東国の刀とかになれば、あれは初見で扱うのは不可能だ…いや、初見じゃなくても無理だな。


「…しぃッ!!」


 歯を食い縛り、息を吐く。

 空気が口から抜け、その分剣を握っていた両手に力が籠る。剣を両手で持つか、片手で持つかは賛否が分かれる。しかし、先を見据えないのであれば両手持ちが安定だ。

 ノノは将来を考えて片手持ちだし、俺は所詮()()()()()()の時だけ使う気でいるから両手持ち派だ。


 しかし、あいつに教えてあげる以上片手持ちに慣れなきゃいけねぇ。

 ガキという更に力がない条件も加わるが、それでもやれない事は無い。ゴブリンの持つ剣が俺の剣とぶつかり、対峙する。


 俺は少しだけ力の押し合いに参加し、直ぐに力を抜いて後ろに引いた。

 ゴブリンは力の均衡が無くなり、そのままべしゃっと前の地面に身体を打った。俺はすかさずそいつの背中から剣を突き刺し、もう一匹のゴブリンを見る。


「さっさと詰めねぇから…」


 各個撃破が一番救いようがない。

 さっさと集団戦で詰めちまうのが数的有利なら楽だ。残ったもう一匹がこん棒を持ってこちらに突進する。剣で受けてもいいが、この剣の耐久力分かんねぇしやめとくか…。壊して弁償とか勘弁だ。


 こん棒の一振りを避け、すぐにこちらを振り返ったゴブリンの胸を俺は何も持っていない左手で強く押す。


 片手持ちの強みだ。

 武器を持っていない方の手で距離を図ったり、色々と小細工が出来る。どてっと咄嗟の事に対応できず尻餅をついたゴブリンに、剣を振るう。


 びしゃり、と血が飛び散り、頬にはねる。

 幾度か剣で空を切り、血を落とす。そして、


「大体こんなもんだ。自分の武器以外もしっかり使える様になれよ。特に槍や剣は()()()()事多いからな」

「こんな、もん…」


 ぽかん、と呆けた表情でノノは俺の言葉を反芻した。

 とりあえずあと数時間下に潜り続けながら、一緒に戦って出来る限りの技術を盗んでもらわなきゃだな。そうすりゃ安全協力っつー名目の報酬でそこそこな金も集まるはずだ。


「よし、ノノ。さっさと下行くぞ。俺がこの剣使ってない時は身体の動きを盗めよ」

「ライ、…(くん)、さん…」


 ノノがぶつぶつと何かを呟いている。

 しかし、俺はそんな事気にせずに奴の手に剣を返しながら、ずんずんと先へ進むのだった。


 ◇◆◇


 迷宮協会で討伐報酬を受け取り、ノノと半分ずつに分ける。


「すごい量、ライ君」


 何故か君付けになったノノに、俺は疑問を覚えながらもシルヴァ商会に帰る途中にノノの持つ剣と同じくらいの長さの木剣を買った。


「ねぇ、あれ買っていい?」


 粗悪な木剣を買い、かなりの金が飛んだ俺とは裏腹に、金の袋を持ったノノが少し先で良い匂いを漂わせる屋台に指を差す。

 俺は昨日の経験を考慮した結果、止める事にする。


「お前衣食住、お嬢が用意してくれんだろ?あれ買わなくても…」


 それを聞いたノノは、途端に悲しそうな表情になる。

 こ、こいつ…クソ泣きそう…!感情の発露がダルすぎる…!こと食事関連が特に怠い!


 俺は「はぁ」と溜息を零して、そんなノノに、


「…まぁ、食いたいなら食えよ。どうせお前の金だし…」


 次の瞬間、ぱぁっと無表情なりの笑顔をこちらに浮かべ、ノノはさっさか屋台に走っていった。あいつの原動力、飯なんかな…。それはそれで単純というか不安というか…いや扱いやすくていいか。言う事聞かなくなったら飯で釣ろ。


 先の事を考えて、ノノの後を追う。

 もきゅもきゅと串焼きを頬張る奴を見て、俺は改めてこいつが本当に”戦乙女(ヴァルキリー)”なのかと己に問うのだった。


「ライ君にもあげる」


 ◇◆◇


「………」


 流石に二日連続外で食べるという事は無く、今日は三階でアルバが作った料理を全員で食べていた。しかし、案の定時間が経ってお腹が膨れてきたノノが、早々に手を止めた。


「あら、いつもより食べないのね、ノノ」


 お嬢の質問に答え辛いとばかりに、ノノは俺に助け舟を求める視線を送ってくる。


「…自業自得」

「…!」


 俺はそんなノノにそう呟きながら、料理を食べ進めた。…時間が空くと普通に腹が膨れてくるタイプか。一度の食事量がえげつないだけか?

 少しずつノノの生態が明らかになり、上手く扱えば御しやすい奴だという事に気付く。


 その後、ノノは素直に買い食いしてしまった事を白状した。


「ライがしっかりしなさい!」


 そして、何故か俺が怒られた。

 お嬢の説教の横、ノノが無表情でこちらを見つめてくる。なんだ、とばかりに睨み返すと、奴は「フッ」と小さな笑みを零しやがった。

 俺はそれに隠れて青筋を立てながら、その日の夕食の時間は過ぎていった。






「やだよぅ、ライ君…」

「やだもなにもねぇ」


 次の日の早朝、ずるずると瞼をこするノノを引き摺って、人気のない裏路地を抜ける。そして、多少の空間がある広場のようなところに出る。


「ここ、知ってたの?」

「いや、だが元々スラムの裏路地出身だから大体ここら辺にこういう場所があるだろうってのは分かってた」


 俺は木剣を、ノノには剣を持たせる。


「素振りだ」


 ぶんと木剣が空を切る。

 ノノは、ぶつくさと文句を言う訳ではなく、不満そうな表情だけを浮かばせながら、隣でちらちらと俺の素振りを確認しながら振り始めた。


 一時間ほどやり、水浴びに行く。

 水浴びも多少金は掛かるものの、そこまで大金じゃない。寧ろ、「冷たいの嫌」と追加で金を出してお湯に変更したらしいノノは、後先考えないアホだと俺は心の中で馬鹿にした。


 その後も迷宮に潜り、朝は素振りという日課が続いた。

 ノノは、毎回水を湯にしてもらうせいで金は一切溜まっていなかった。水温めるだけで高すぎるんだよ、あれ。


 そんな日常が一か月ほど続き、ノノもどうにか俺の助けなしでも魔物を楽に倒せるようになった。そろそろ本格的に下を目指すか、と考え始めた頃…、


「ライ様、ノノ様、貴方方に依頼が来ております」


 迷宮帰り、迷宮協会で討伐報酬を貰おうとそこを訪れると、職員からそう言われた。

 俺の背中で涎を垂らして眠りこけているノノが「はっ…」と目を覚まし、きょろきょろと周囲を見渡すとすぐにまた眠りについた。


「わ、ぎゅ」


 俺はそんなノノから手を離し、奴を地面に落とす。

 変な声を出して尻餅をついたノノが、俺と職員を交互に見る。


「依頼人はベリル・ラクロ様。内容は『隣街までの護衛』です」


「護衛ぃ…?」


 ベリル・ラクロ…?聞いた事がある様な…というよりも、なんつー怪しさ…護衛なら俺らみたいなガキじゃなくて良い…、嫌な予感しかない。

 きな臭いったらありゃしねぇな。ガキっつー身分で迷宮に潜り続けているせいで、俺とノノは多少名が売れてきちまっている。実力ではなく、その物珍しさからだ。


 恐らく、その物珍しさから依頼人もこちらに依頼をしたのだろう。


「貴方方以外にも数名依頼しているようですので、ご安心ください」

「あー…ならいいか」


 報酬も確認したが、俺たち二人を雇うってこと以外は至極普通だ。

 恐らく、実力を見ておこうとか、自分の派閥の探索者に確認させようとかそういう思惑でもあるのだろう。

 幸い、俺とノノがシルヴァ商会に協力しているという事はバレている様子はない。毎回、帰るときは尾行や視線に気を付けているし、帰路も屋台に寄るという名目でちょくちょく変えている。


「おい、ノノ。これ受けていいか?」

「?いーよー」


 俺は職員に護衛依頼を受ける旨を伝え、すらすらとサインをする。


「ライ君、文字書けるんだ」

「お前も勉強しろ」


 ノノの分まで代筆し、再び職員に渡すと依頼は受領される。

 まぁ、ノノの経験にも丁度良いだろう。迷宮潜りは、何も迷宮に潜るだけじゃない。こうして物珍しさでも何でも名が売れれば迷宮外からの依頼や仕事も増える。


 良い経験になるといいんだが…俺にとっても、ノノにとっても…。

 お嬢にどう報告しようか、と適当に考えながら、再び寝息を立て始めたノノの身体をおぶり直して、俺とノノは赤くなる空の下、シルヴァ商会への帰路についた。



「つーかいい加減自分で歩け」

「あぅ」


 ――べしゃ、と地面にノノを落とした。

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