表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
8/33

凸凹な二人

 

 ――”戦乙女(ヴァルキリー)”ノノ。

 遺物を使わず、剣と治癒の魔法だけで成り上がった生粋の怪物だ。その卓越した剣の腕と己の肉体を無限に回復し続ける魔法により、多くの戦場を荒らした継戦能力の鬼。

 奴が持つ固有の治癒魔法は、自分だけでなく他者にも効果があり、それを使い、戦後は重傷者の治療にまで一役買った正に万能者。


 ――それが、世間一般の()()()の評価、だった。


 モリモリと俺の前にある皿の上に乗った肉にまで手を伸ばし口に放り込んだその少女を、口角をひくひくと動かしながら見る。


 …これが、誰もが恐れた”戦乙女(ヴァルキリー)”…?

 他人の空似…、いや名前に髪色、武器に新聞で見た仏頂面、全てが一致している。これを似ているというだけで片付けるのはあまりに違うだろう。


「食べないの?」


 俺の右側にあった料理を指差して、ノノはじっと俺を見つめた。


「どぞ…」

「ありがとう、良い人」


 感情の乗っていない感謝をこちらに述べながら、ノノは俺からその料理の乗った皿を受け取り、それをがーっと口に流し込んだ。

 胃袋に収納系の遺物でも入れてんのか…?彼女の小さな体と入っていく料理の多さを比べ、俺はそう勘繰らずにはいられい。


「仲良くなってて嬉しいわ」

「(どこがだよ)」

「うん、仲良し」


 目が腐っているお嬢と、これまた目が腐っているノノに俺は内心文句を垂れながら、笑顔を浮かべた。下手に自我を出すな。相手はどんなに小さくても”戦乙女(ヴァルキリー)”だ。目をつけられては堪らない。勿論、こいつが味方であるというのは有難いが、それ以上に関わりたくないという気持ちの方が――。


「――これから一緒に迷宮潜って貰うんだし、やっぱり仲良くないとね!」


「…今、なんて?」

「だから、仲良くないと…」

「その、前…」

「…?一緒に迷宮に潜って貰うのよ」


 ――…これと、俺が一緒に潜る?

 隣に座っている、肉を頬に詰め込み続ける少女を見る。ノノはそんな俺の視線に気づき、首をこてんと横に傾げた。あぁ、こいつ、本当にどうしてくれようか。






 ――確かに俺はお嬢に命を救われたと言っても過言ではない。


「だからっつっても召使いとは違うぞ…ッ!」


「アルバは腰が悪いのだから、仕方ないでしょう?」

「ライ様、申し訳ありません」


 腹をパンパンに膨らませて寝息を立てるノノをおぶり、シルヴァ商会への帰路を辿る。

 俺とこいつは初対面の筈だろ?

 どうしてこいつはここまで俺に迷惑を掛けられる?天然か?ド天然なのか?奴の口から零れた涎が首を伝い、ぶるりと身を震わせる。


 このっ…、ダボカス…!

 地面に叩き落としてしまいたい。しかし、それをお嬢が許す筈もない。こんな手間のかかる奴と明日から一緒に迷宮潜り…?実力があってもいいって訳じゃねーんだぞ…。


「ライ、早く来なさーい」

「大丈夫ですかな?」


 何を考えているか分からない寝顔をちらりと視界に映しながら、今は我慢とお嬢たちの声がする方へとゆっくりと走り寄った。


 ◇◆◇


 次の日の朝、俺はベッドの上で防具の調整をしていた。

 正直、こんな貧相な防具はさっさと変えてしまいたい。それこそ魔物産であれば只の布の服が鉄並みの強固な鎧と化すこともある。

 今は流石にそこまでの金は無いが、それでももうちょい溜めれば今のよりはマシなものが買えるだろう。


「今は我慢我慢…」


 ありとあらゆることを我慢だ。

 何、俺は精神こそ大人だ。そのくらい余裕さ、余裕。馬鹿にしてもらっちゃ困る。

 鞄を肩に掛け、ナイフの刃の調子を確認する。よし、問題ねぇ。


 準備万端とばかりに扉を開けると、同時に隣の部屋の扉も開き、中からきーきーと叫び声が響く。


「ほら、ノノ!あいつ朝起きるの妙に早いんだから早くしないと置いて行かれるわよ!」

「でもー…シル…」

「でもも何もない!髪も梳いたし、鞄の中も準備した、忘れ物もないわよ!」


 お嬢にそう言われて外に放り出されたノノが、「ぎゃふ」と尻餅をついて床に転がる。そして、扉から丁度出てきた俺に気付いたのか、こちらをじっと見つめ――、


「ご飯奢ってください」

「……行く途中でな」





 もきゅもきゅと固いパンを頬張る少女を横目に見ながら、俺は袋に詰まった金をじゃらりと鳴らした。…別に露店の食い物って安くはねぇんだけどなぁ。

 何故か俺が隣でパンを貪るこいつの朝飯を買ってやる羽目になった事について、心の中で文句を垂れる。元々、俺は朝に飯は食わない派だ。勿論食ってもいいが、如何せん食べる習慣が身についていないというべきか。


 パンをしゃぶるノノに辟易していると、気付けば地下迷宮の残骸に辿り着いた。俺は昨日とは違う天然階段を探し、そこから入る事にする。


「えー、あー…ノノ、ここから入るのでいいか?」

まはへる(まかせる)


 なんて他人任せ…、いい加減パンをしゃぶるのもやめて欲しい。

 本当に”戦乙女(ヴァルキリー)”なのかも怪しくなってきやがったな。


 壁に手をつき、階段を下る俺の後ろを何も言わずにノノはついて来る。まぁ、従ってくれるだけマシだ。それにこいつが本当に”戦乙女(ヴァルキリー)”ならば、その剣の腕は本物の筈だ。俺は、奴の腰にぶら下がった剣を睨みつける。

 当の本人(ノノ)は、壁に埋め込まれている光を発する鉱石をカリカリと爪で掻いたり、偶に俺を追い抜かしては直ぐに後ろに戻ったりとよく分からん。


 落ち着きがねぇ奴だ…。新聞以外でも一度だけ戦場で見たことあったが、こんなに動き回るような奴じゃなかったぞ?多少歳を重ねればその辺も似るか…。

 俺は、今のノノに昔の”戦乙女(ヴァルキリー)”の姿を重ねるのをやめた。そして、同時に階段が終わり、昨日見たばかりの洞窟の風景が周囲に広がった。


「ノノ、まずは俺達は互いの戦力を知るべきだろうよ」

「うん」


 ノノは素直に頷き、手を剣の柄に置いた。

 よしよし、どうやら話は聞いてくれるらしい。正直、こちとらお前(ノノ)に仕切って欲しいんだが、まぁ仕切る気が一切ないようなので仕方がない。


「あ、ほらよ。丁度来てくれたぞ」


 指を差した先、そこにいたのはどこにでも良くいるゴブリンだ。

 奴は確実にこちらを敵と捕らえ、まさに排除しようとゆっくりと近づいてきている。


「あんまし参考にはならないだろうが、とりあえずあいつ倒してみてくれ」

「分かった」


 ノノが剣を抜き、ゴブリンと対峙する。

 俺は少し離れて遠くからノノの戦いぶりを見る事にした。まぁ、どれだけ小さくても”戦乙女(ヴァルキリー)”、俺の何倍強いかは考えたくもない。


 そんな思考を回している内に、ノノの剣とゴブリンの錆びた小剣がぶつかり合った。火花が散り、金属音が響く。


 …ぁ?押され、てんな?

 ゴブリンとノノの初撃は、ゴブリン側に軍配が上がっている。力でノノが負けているのだ。…力はない、技術的な強さだったか?”戦乙女(ヴァルキリー)”って…。


 しかし、その後もノノはゴブリンに押され続け、傷や怪我こそしないものの、終始剣戟を支配されていた。あわや一撃喰らうという所で、どうにか反撃の一撃(カウンター)をゴブリンの腹に刺し、その場はノノの勝利となった。だが、しかし……。



 これが、”戦乙女(ヴァルキリー)”……?

 何度も、会った時からそう感じてきた。そう、俺が知っているのはここから十年近く経った後の”戦乙女(ヴァルキリー)”だ。

 そして、今のノノは俺と近しい年齢だろう。きっと何の知識も無い。疲れにくい剣の握り方も、効率の良い敵の倒し方も何一つ。そう、つまり、



 ――今のノノは…あまりにも年相応(じつりょくぶそく)…!



「はぁ…はぁ…」


 肩で息をするノノを前に、俺は考える。

 お嬢(シル)は何を考えてこいつを雇っている?この実力ならば、雇われるほどの力はない。この感じからして、治癒魔法もまだ使えないだろう。

 ならば、お嬢は一体全体こいつに何を見た?何を以てして俺と同じく迷宮に潜らせる?これじゃ死地に送るの同然だ。寧ろ、今まで生きてきたのは奇跡としか言いようがない。


 上下する胸を押さえ、ノノが俺の方を見る。


「次は、ライ?」

「…あぁ、そうだな」


 だが、お嬢が何を考えて俺とノノを()()()迷宮に潜らせたのかは理解し(わかっ)た。


 暗闇の向こうから重苦しい音を立てて、ゴーレムが姿を現す。

 俺はナイフを握り、そいつに向かって勢い良く地を蹴った。瞬時に奴の手前で体躯を停止させ、攻撃を誘発。右の大振りが地面に衝撃を起こし、それを予見して一歩後ろに引いて回避する。そして、その腕に足を掛け、そのままその腕上を走る。


「ガキの軽さ故だな」


 ガキの間(いま)だけ出来る軽業殺法だ。

 ゴーレムは関節が酷く脆い。右腕と肩の関節をナイフを入れて外し、直ぐに頭を踏みつけて左腕も外す。バランスが取れなくなり、ゴーレムが転倒すりゃ、あとは暴れる前に右足と左足もくっ付いているところを切っちまえばゴーレム攻略完了。


 ナイフの柄で胸の核を取り出し、動力源が無くなったゴーレムは倒れ込んだまま動かなくなった。



 なぁ、お嬢(シル)――。

 お前は、俺にこうさせたかったんだろ。いいぜ、命の恩人様よ、お前の言う通り動いてやる。


「良いか、ノノ。――今日から俺がお前の相棒(せんせい)だ」


 ―――分からないことがあったら何でも教えてやる。

 ハイ・コボルトの群れにすら勝てない俺が、将来の”戦乙女(ヴァルキリー)”に戦いを教える?ははは、何とも笑える展開になってきたじゃねーか。


 そう宣言した俺を、ノノはキラキラと瞳を輝かせて見つめていた――。

【Tips】魔法

先天的なものが殆ど。

稀に使いきりの遺物として後天的に魔法適正を付与される場合もある。

主人公に魔法の適正は皆無。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ