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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
33/33

あの日あの時、諦められず

 

「―――ナナシ。よろシく」


 少女が立ち、呟く様にそう言うとすぐに座った。それに続いて、他の者達が言葉を連ねる。その中で―――、


「―――っ、―っ」


 しきりに、まだ出ていない喉仏を撫でた。

 死んだ、死んだ、死んだ…!紛れもなく、首を撫で斬られた。ごぼりと何かが喉の奥底から湧き出るような感覚と、喉に血の塊がつっかえる感覚が襲来し、それが更に数瞬後には何も感じなくなった。


 声は出るのか、首は繋がっているのか、今の自分はおかしくないか。

 どくどく、と鳴りやまぬ心臓だけが自分が今生きているという実感を促す。上がりそうになる肩を抑え、教卓に手をついた。生徒達の自己紹介はまだ終わりそうもない。俺はそう確認するや否や、椅子に腰かけ窓の外を見ているナナシをちらりと盗み見る。

 こげ茶の髪にそれを覆い隠してしまうほどに深く被った外套―――、それらは全て己の種族が鬼であるという事を隠すためのもの。

 同様に、突如として俺の背後から現れたあの”獣人”。消えゆく意識の中で唯一はっきりと捉えたのは頭に生えた二つの犬の様な耳だ。しかし、よく町などで見る獣人とは違い、鼻も高くなかったし人間に近しいフォルムをしていた。ありゃ獣人と人間が混ざり合い、限りなく獣人の血が薄まっているタイプだ。


「…(カタナ)、か」


 朧げな意識の中で、”獣人”が言っていた言葉の中に『刀使い』と言うものがあった。その言葉からして、”獣人”が使っていた武器は刀だったのだろう。流石に背後から奇襲された為、その姿を捉える事ばかりに躍起になっていたせいで得物の方にあまり意識は向かなかったのだ。


 東国の秘伝、刀――。

 あれは易々と扱える得物じゃない。一度、二度戦場に駆り出された時に拾った事があるが、碌に扱えたもんじゃない。アレを使うには天性のセンスか血の滲むような努力が必要だ。

 だが、今はそんな事よりも先んず――、


「それじゃあ早速授業を始めよう」


 ――どうすればいいのかを考えよう。

 こちらを見やるナナシを視界の端に納めて、前を向いた。


 ◆◇◆


「あ、ライ先!聞いた?ノノちゃん、友達出来たらしいよ~」

「…友達?ノノに?」

「まぁ、あっちから一方的にって感じらしいけど」


 渡り廊下を歩いていると、一人の女子生徒が軽い口調で告げた。

 今回の件と関係ある事か?あの無表情の化身であるノノに好きで絡みに行く奴なんて珍しい。いや、入学したばかりの生徒ならばあり得るのか?


「…確かめとくか」


 幸い、次の授業まではだいぶ時間がある。

 教室の外から少しだけ覗くくらいだ。別に何か障害があるわけでもない。会話を切り上げ、こちらに手を振って離れていく女子生徒に適当に手を振り返しながらノノのいる魔法棟へと足を向けた。




「ここか」


 何度か来ていた為、ノノが勉学に励んでいるであろう教室へは直ぐに到着した。

 俺はそろりと扉の窓から中の様子を確認する。教師が黒板に何かを書き、それを生徒達が注視している。確か、ノノの席は窓に近い後ろ側―――…、


 視線をうろうろと漂わせるとすぐに見慣れた桃色の髪をした少女の姿を発見する。

 しかし、ノノは彼女にしては珍しく無表情ではなくぶすっとした不満ありげな表情を前に押し出しており、一体なぜとその周囲に視線を向ける。

 すると、ノノの真隣に見知らぬ生徒の姿があった。赤茶色の髪を一つにまとめて後ろに下げている片目が潰れている少女――。


「…新入生か」


 見覚えがない。

 ナナシ同様に新入生の一人だろう。

 一つ、警戒すべき要素として彼女は髪を後ろにまとめているという点だ。朧げな記憶ながら、”獣人”の髪は、確かあのような形をしていた気がする。そしてその髪型を解き、その中から獣人特有の耳が姿を現したのだ。

 …しかし、あんなありふれた髪型、それこそこの学園にごまんといる。ただそれだけであれが”獣人”だと断言するには至らない。だが、


「――刀…!」


 ノノが常に剣を持ち歩く様に、もしも彼女の周囲に刀があるならばそれは紛れもない俺を殺した”獣人”であるという証拠になる。

 いわく、東国の住民にとって己の獲物は魂と同等かそれ以上に大事だと聞く。奴が刀を使い、東国の種族である鬼と仲間な以上、獣人自身も東国出身である可能性は高い。

 しかし、何処を探しても、どう視線を動かしても彼女の周囲に刀のような影は見つからなかった。これで彼女を上層部の駒としたのならば、いちゃもんとして処理されてしまう可能性が高い。


 有益な情報は無し、か…。

 覚えている情報に合致する部分はある。だが、それ以上に合致しない部分が多すぎる。

 これ以上の情報がない以上、彼女が敵だと判断することはできない。…あの時が月の眩い夜だったことが悔やまれる。月の逆光と朦朧とする意識のせいで顔の輪郭は疎か、碌な情報を得られなかった。


「んんん…」


 ――あの生徒は怪しい。

 俺に接触したナナシが敵だったように、自分で言うのは鳥肌が立つが”奈落の英雄”の片割れ(ノノ)に接触を図ったという事実が彼女を怪しむ理由足る。


 …もうちょい、探るか。

 幾つか策はある。俺は扉から離れ、その策を実行するにおいて必要不可欠な人物の元へと向かった。





「――良いですか、やる事終えたら直ぐに出る。これ、約束ですからね」

「分かってるって、なぁアイン」

「えぇ、えぇ!共犯者君の頼みとあらばやってみせよう!任せたまえよ、副会長!」

「ライさんならまだしも、あんたがついてるからこっちは不安なんですよ…」


 ルイドが溜息と共に、俺とアインに釘を刺す。

 大丈夫大丈夫と軽口を叩いて歩き出したアインの後ろに追従する様に俺も足を前に出す。すると、再び背後から溜め息と、「相も変わらず苦労人ですね、副会長」とララクが呟いたであろう声が薄らと聞こえた。



「ただ無人の部屋を調べるだけなんだし、そんなにそわそわしなくていいのに~」

「だとしてもお前は気を抜きすぎだけどな」

「いやぁ、設定を守るにはこのくらいのお茶らけが必要っすよぉ」


 ―――刀は東国の住人にとっての魂と同等だ。

 だが、そんな固定概念にとらわれて常にともにあると考える方もまた馬鹿だろう。あの生徒は怪しい。あまりにも怪しすぎる。だから、悪いが勝手に寮の部屋を調べさせて貰う事にした。


 ルイドの副会長権限を使い、名も知らぬ彼女の情報を調べた。名前はどうやら『シノメ』というらしく、同時にシノメの寮の部屋番号までも把握する。そうなれば後は容易い。シノメが授業を受けている間位に部屋に侵入し、刀や他の何か重要な手掛かりがないかを物色するだけだ。アインは、俺を女子の生徒寮に入れる為の免罪符だ。何かと問題児のアインならば、教師である俺と共に寮に入ってもまた何かをやらかしたと判断して貰える。そして俺とアインは、教師とそれに叱られる生徒と言う小芝居をしながら、寮の中を通った。アインの問題行動は学園内では有名らしく、「また変なものを作って部屋に持ち込んだりでもしたか」と言う旨の視線を何度か受けながらもやはり怪しまれることは無かった。


 だがしかし―――、



「何も無かった、と」

「平々凡々な新入生の部屋って感じ」

「ナナシの方の部屋も一応確認したが特に何もなかった」


 何一つとして証拠たるものは見つからなかった。

 刀は勿論、何一つだ。ならば、やはりシノメは違うのだろうか。そんな思考がむくりと起き上がる。


「何はともあれ、振りだしですね」

「…あぁ」


 ルイドは残念そうに呟く。

 ナナシは俺の中では確定だが、そこまで確信を得ている理由が今回のループでは説明が出来ない為、ナナシについては怪しいから気をつけろ程度に話してある。


 ナナシともう片方の獣人が分かれば良かったが、分からないのならば仕方がない。


「さて、どうするか」


 思い通りにいかないなんてのはいつも通りだ。それならば、出来る事から一つずつしていくだけだ。


 ◆◇◆


 ナナシはララクの名を知っていた。

 知り合いかとも考えたが、ララクの方はナナシの事を知らない様子だった。そこから分かる事と言えば、ナナシは上層部からララクの情報を提供されていたのだろうという点だ。

 それが、使えなくなった駒の排除なのか、駒の再利用なのか、持たせた遺物の回収なのかは分からない。それでも、ナナシは間違いなく上層部と繋がりがある。


 ならばまず、ナナシのほうから切り崩せるか試すか…?

 一日が終わり、アインとララクに一際強く「人が少しでもいる時間は外に出ないように」と言いつける。ララクは特に何も言わず、アインがぶーと文句を垂れるがそれを無視して会議室へ向かう。

 前回、会議室でルイドとフュリンと話をしていた時にナナシから接触を図られた。今回も恐らくそうなるだろう。

 前回よりも些か遅い時間ではあるが、俺は生徒達の往来が多い廊下を通りながら会議室へと足を進める。


「あ、ライ君…!」


 ふと、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

 そちらに振り返ると、どこか疲れた様子のノノ姿があった。彼女は助かったとばかりに安堵の感情を浮かべ、俺の方へと近づいてくる。しかし、ノノがここにいるという事は―――、


「ふむ、貴方がノノさんの言うライさんっすね!私、入学したてほやほやのシノメと申しまっす。チャームポイントは潰れた片目!」

「あぁ、よろしく」


 赤茶色の髪を一房にまとめ、潰れた片目を自慢する少女―――シノメはそう挨拶をするとすぐにぱぁっと笑みを浮かべ、


「ではライさん、早速ですが一騎打ちを申し込みます!」

「…は?」

「へぇ」


 順番にシノメ、ノノ、俺の順で声を出す。


「いいぜ、シノメ。丁度身体を動かしたかったんだよ」


 片目しかない瞳を輝かせ、「わぁ!」と嬉しそうに叫ぶシノメ。

 ――こっちからしたら好都合だ。これで合法的に彼女の得物を確認できるし、戦の習熟度でどれだけ戦慣れしているかも計れる。あちらから提案したのは些か怪しさを感じるが、そうだとしてもこちらに十分利がある。


「なに、ライ君?本当に受ける気?」

「…?なんだよ、最近しっかりと身体動かす機会が少ないんだよ。このくらい良いだろ?」

「へぇ、ふぅん、そう」


 露骨に不機嫌そうなノノが俺の傍でぼそぼそと呟く。

 ここで断る理由は無い。露骨に怪しいシノメの事を知れるならば受けるべきだ。今のところ証拠と言った証拠は無いし、この戦いで何かを掴めるならばなおよし、掴めないならば本当に怪しいだけの一般生徒の可能性が強まるってだけだ。


「私じゃなくていいの?最近私とも一緒に出来てないけど」

「…いや、別に身体動かせるなら誰でも」


 ぼそぼそと再び囁くように呟いたノノの言葉に、俺は否定を返す。

 すると、彼女の頬が少しだけ膨れたように見えた。だが、すぐに「分かった」と小さく呟くとその場からどすどすと足音を立てて去っていった。

 俺はシノメに目で「追わなくていいのかよ」と告げたが、そんな事気にしないとばかりに彼女は瞳を輝かせて俺を見ていた――。


 ◆◇◆


「武器、それでいいのか?他の持っていいぞ」

「?はい、これで!」


 運動場の一角、俺とシノメは互いに見合う。

 俺は刃が潰れたナイフを持ち、シノメは木槍を手に持っていた。刀じゃ、ない。刀と同じような形の剣でも何でもない、全く異なる形状の槍――。


 やはり勘違い?

 そんな思いが去来する。だが、今はそんな事気にしている場合ではない。遺物は使わない。ナイフ一本だ。構えながら、周囲を見渡す。


「にしても観客(ギャラリー)多くねぇか」

「あんな人がいるところで宣言しちゃったっすからねぇ」


 運動場の一角でありながら、その周辺には多くの生徒がいる。

 その多くは座り込んでこちらに声を上げていたり、生徒同士で話し込んでいたりと様々だ。だが、一様に俺のシノメの戦いが始まるのを待っているらしい。


「ライせんせ頑張ってねぇ」

「新入生ー!お前の勝ちに夕飯かけてんだ!負けないでくれよ」

「馬鹿ねあんた、夕食抜き確定じゃないの」


 俺とシノメ両方に声援が上がる。

 適当に顔見知りの生徒を発見したので呼び出して、開始の合図を任せる。


「ライさん…、いえライ先生!お胸お借りするっす」

「……」


 本当に借りる気あるんだか。

 刀を使わない以上、彼女が”獣人”である可能性は低い。だが、無い訳じゃない。せめて何か得られると良いんだが。

 緊張したような面持ちで生徒が俺とシノメの間に立ち、手を上げる。開始の合図の声と共に手が勢い良く下に振られ―――


「速撃必殺っす――ッ!」


 バネの様に一気にその場から身体を動かし、こちらに接近したシノメがぐぐぐと身体を捻り、勢いそのままに槍を突き出した。〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉が無い俺は確かに弱い。俺の力はあれの無茶振りありきだ。今も()()、あの足輪が俺に機動力を与え、戦闘に緩急を加える。だがしかし、


「それだけじゃなかったんだぜ」


 槍をナイフの背で捌き、その勢いを殺さぬまま接近する。

 ――それだけで生き抜く程、迷宮は甘くなかったんだ。その一芸だけでどうにかなると思う程、俺は諦めきれなかったんだ。

 化け物たちの背中は、あまりに遠くて。それでも凡人が追い付こうとするなら背中の翼を焼く程に、身体が焼け落ちてしまうほどに苦いものを飲み込み続けたんだぞ。


 ぎゃりりと、木槍の柄に滑らされた刃の潰れたナイフによって、それらが削れていく。

 槍の勢いは、そう簡単に殺せない。それこそ、そんな無茶な振り方をしたらそれは顕著に表れる。そのまま槍の柄にナイフを滑らせ、首を狙う。しかし、


「ッ…ぐ、ぅッ!」


 勢いを止める事は出来ない。

 ならばとばかりにシノメは楕円でも描く様に槍の穂先を上げた。ナイフが首に当たる直前、ようやく槍が一気に上がり、俺のナイフが弾かれ、そのままバックステップを踏んで後ろに下がる。


 咄嗟の判断は素晴らしい。だが、それだけだ。

 再びぎゅうとナイフを握り、あちらがまだ迎撃態勢に入らない内にこちらの間合いに持ち込む。

 ばっと地を蹴り、身体を低くする。ただでさえ小さい俺の身体が更に小さくなる。それだけで随分と狙いにくいだろう。

 ようやく槍の穂先がこちらに向く。


「おせぇな」

「わッ!?」


 腰から更にもう一本刃の潰れたナイフを抜き去ると、それを槍の柄に掛け、地面に穂先を付かせる。シノメの驚きの声を耳朶に響かせながら、もう一方のナイフを首筋目掛けるが、それは鈍い音と共に防がれる。

 槍は機能していない。それならば何が――?


「しし…、危ないっす」

「気付かなかったな、いつの間に取ったんだよ()()


 いつの間にか槍から離れていたシノメの片手には手斧が握られていた。

 こちらが考える事はあちらも考える。それに俺は最初に言っていたしな、『他の持っていいぞ』ってな。数に指定がない以上、行動の邪魔にならない限り、幾らでも持つさ。だからこそ、


「俺の勝ちだ、シノメ!」

「――ッ!?」


 槍を抑えていたナイフを離す。

 今ここで槍を咄嗟に動かすのは不可能だ。

 片手が自由になり、俺は服の袖から武器を取り出し―――、



「―――ばーか」



 そんな、俺の右腕を凝視したシノメの腹を多少の手加減と共に足蹴にする。ばっと均衡状態が解かれる様に俺とシノメに距離が出来る。


「ん、ぐっ!えッ!?」

「随分と危機察知能力が高いなぁ。すぐに自由(フリー)になった敵の片手を見れるのは視野が広いぜ、だからそこを逆手に取ったんだがな」


 けほけほと咳き込むシノメを前に、俺は落としたナイフをちらと見る。

 拾うのは無理そうだな。まぁ、ナイフ一本はいつも通りだ。じりじりと距離を詰める俺に、シノメはようやく咳をおさめてこちらを見る。そして、彼女は()()()()()()


 がしゃんと手斧と槍が地面に落ちる。

 そして、彼女はふととある姿勢を取った。それは、その場で腰を低くし、右足を後ろに大きく下げ、左手を少しだけ丸くして腰に添えていた。そして、右手でその左手の近くで何かを探すような動作をし―――、


 その動作はあまりにも自然で、静かで、それでいて邪魔の出来ない雰囲気を纏っていた。

 何か、来る。

 そう、感じざるを得ない気迫がその時のシノメにはあった。だが、


「―――…ッ。…あ、あれ?あ、…わ、私の負けっす!降参!いやぁ、ライ先生強いっすねぇ!」


 何かに気付いた様に顔を上げ、シノメはその姿勢を解き、あははと困ったような笑顔を浮かべながらそう言うのだった――。

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