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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
32/33

月夜に立つ

 

「お前らの方で選別するとか無理なのかよ」

「無茶言わないでください、ライさん」

「そうじゃぞ、それこそ嘘を看破できる魔法でもない限り無理じゃろう」


 学園の外から生徒達の声が聞こえる放課後、俺の言葉にフュリンとルイドが苦い顔をして答えた。


 ”怪しい生徒の選別”。

 それさえ出来ればその生徒達を隔離するなりなんなりと幾らでもやりようはあると考えた。しかし、それはいとも容易く二人によって否定されてしまった。

 嘘を見抜く方法と言えば、確実かつ正確なのは前の世界では学都ルビラに入国する際に使用されていた人工遺物である〈見通す鶏〉があるが、現状それは存在していないと分かっている。


 恐らく、人工遺物の母たるアインが未だ人工遺物生産のきっかけを掴んでいないからだ。あれさえあればこの現状を打破できるが、無いものは仕方がない。魔法も嘘を見抜くなんてものは聞いた事が無い。つまりは袋小路…、怪しい生徒の分別などできっこないのだ。


「ララクの場合は、焦りでもあったのか露骨に色々な場所に入り浸っていましたし…」


 ルイドが言うには、ララクは遺物である〈ラウラの万年筆(ラウラ・スカーズ)〉の発動条件である情報を集める為、奔走していたらしい。恐らくは上層部からの圧力でもあったのだろう。当の本人であるララクは何も話そうとしないし、アインとよく言い合いをしている。

 だが、それでも彼女(ララク)はフュリンの前でだけは一言、こう呟いた。


『生徒から、決して目を離しちゃ駄目よ』


 ――ララクのそれは、暗に”駒はまだいるぞ”と俺達に告げていた。

 ララクと言う前例が出来た以上、駒が一人なんて事は無いと幾度と無く話し合ってきたし、そのくらい覚悟していた。しかし、それでも心のどこかでは少しだけ願っていたのだ――『もう、いませんように』と。その幻想が砕かれた、ただそれだけだ。


 なにも変わっちゃいない。

 寧ろ、より一層分かり易くなった。やはり敵はまだ中にもいる。更に言えば、新しく入学してきた奴らの中にも追加の刺客がいるに決まっている。ならば今まで以上に警戒心を強めて――。


 コンコンコン――。

 俺達三人が話し合う会議室に三回、固いものが当たる音が響いた。それは、木製の扉の向こうから聞こえ、その扉一枚隔てた向こうからは人の気配がする。


「ライ先生、こちらにいるとお聞きしたのですが、お時間よろしいですか?」

「…分かりました」


 扉の向こうから聞こえたのは歴史分野を教えている教師の声だった。

 俺はルイドとフュリンに別れを適当に告げて、会議室を後にする。扉を閉めながら声がした方を見ると、少し困った様子の教師の姿が見て取れた。


「どうしたんですか」

「えっと…、先生の担当分野の遺物や迷宮の事をもっと色々知りたいらしく…」


 そう言った教師の後ろには、一人の少女が立っていた。

 その少女はぴょこりと顔を出し、俺の姿を捉えるや否やとととっと連れてきて貰ったらしい教師の傍から離れ、俺の前に立った。


「授業の進みじゃ足りないってか、―――ナナシ」

「うン」


 深く被った外套、僅かに見えるこげ茶色の髪、酷く小さな背丈。

 孤高の新入生、ナナシが俺の前で首をこくんと縦に振りながら、外套に隠れた大きな瞳をこちらに向けていた――。


 ◆◇◆


「この、ピュロス領にあル海底迷宮っていウのはどういうとこロ?」

「そこはその名前の通り、海の底にある迷宮だ。だが、入る手段が限られててな、波が大きく引く時期か何らかの魔法やら遺物やらに頼らないといけねぇんだ。だからあんまし解明が進んでいない…筈だ」


 実際、俺が大人になった頃に二つ目三つ目の海底迷宮が見つかり、それぞれに固有の名称がつけられたが、今はまだ見つかっていないだろうからうろ覚えの知識で話す。


「ほぅン」「へェ」と理解の色を示し、次々と教えを乞うナナシを見ながら、俺は心の中で呟いた。



 ――怪しい。

 確かに、彼女の勉学への意欲は本物かもしれない。それほどまでに知識への姿勢が貪欲で、一つ教えれば十の疑問が湧くほどに、こちらが教えた事を乾いたスポンジが水を吸うが如く吸収していく。

 だが、怪しいものは怪しい。時期と行動と存在全てが怪しく映る。こいつは本当に只の生徒かと、本当に上層部の息が掛かっていないかと。――だからこそ、


「なぁ、ナナシ――」


 ”お前、この学都の上層部と繋がってるか?”

 そう聞けたらどれほど楽だろうかと、叶わぬ願いを夢想する。しかし、それが叶わないことくらい知っている。


「今日は、そろそろ終わりだ」

「うン」


 自身にもっと力があったらこんな小細工しなくていいのだろうか、と考えてすぐにそれを振り払う。

 歩き出した俺の横にナナシがぴたりと付く。真偽が分からない以上、この子の前然り生徒の前で不用意な発言はできない。どうにか上層部の息が掛かった者を暴く方法を見つけないとジリ貧だ。


 暗くなり始めた学園内を俺とナナシは他愛もない話をしながら歩いていく。

 時折、こちらに挨拶をする生徒に手を振りながら、生徒寮へと歩みを進める。夜の帳が下り始めた頃になれば、生徒の往来も必然的に少なくなる。

 周囲が静かになり、俺とナナシの声が響く。そんな中、聞き覚えのある声二つが何か言い争いをしている様子が耳朶に響いた。そして、その声は着実にこちらに向かってきており――、


「だからぁ!本当は私出ちゃいけないんだって!!」

「仕方ない!仕方ないうん!だって部屋に忘れた工具大事だし!私一人で見つけられると!?」

「そのくらい見つけなさいよ!良い?これがバレたら大目玉よ…!私はちゃんと本当のこと言うからね!あんたが無理やり連れだしたって!」

「見つからなきゃいい話ですねぇ!それにこの時間はぜんぜ、ん…ひと…いな、い……」


 そうして、その声二つは足を止めた。

 片方は俺の姿を認識するや否や回していた舌が凍ったかのように止まり、片方は「…い、いや、私嫌って言ったけどね!?」と必死に弁明している。


「お前ら…いいから戻れ…」


 詰まる所、アインとララクの二人組である。

 ララクは学園に下手に騒動を広げない為、錬金工房を含む幾つかの学園地下施設での軟禁を命じられていた筈である。そして、そのお目付け役としてアインがついた。勿論、暇さえあればルイドや俺、ノノが監視の役割も含めて訪れてはいたが、夜の時間は流石に訪れる事は少なかった。

 先程の彼女らの話からして、全面的に悪いのはアインの様だがララクも意識の低さが見られる。しかし、まずはこの状況を片付けなければならない。


 まずはナナシを寮に戻そうとアイン達に向けていた首をナナシの方へと戻す。

 どうせあと少し歩けば生徒寮だ。そこでナナシと別れ、アインとララクに何故外出してはならないのかを徹底的に教えればいい。


「ナナシ、あいつらはいいからとりあえず―――」

「――ララク」


「…へ?何?私のこと知ってる?誰?」


 ぽつり、とナナシが零したその言葉。

 しかし、ララクの反応を聞いた瞬間、俺はぞわりと肌を粟立たせて―――、


「…ッそがぁ!」


 腰の鞘からナイフを抜き取り、鉄の刃を横薙ぎに払った。

 瞬間的な反応で一閃されたそれは、白い軌道を残して通り過ぎた。しかし、期待した感触を得る事は出来ず、すぐに視線をナナシがいた場所に戻す。そこには既に誰もおらず――。


「いイ判断」


 その声が聞こえた方は、遥か上――。

 バッと視線を上空に向ける。すると建物の屋上に、()()がいる。それは月に照らされ、その光に背を押されながらもじっとこちらを見つめていた。


 その誰かは、見た事のある外套を深く被っていた。

 その誰かは、こげ茶色の髪を携えていた。

 その誰かは、酷く小さな体躯をしていた。


「…やっぱ」


 ナナシ(お前)は、そちら側だったか。

 そう呟こうとした次の瞬間、びゅうと勢い良く一陣の風が通り過ぎる。それでも決してナナシから目を離すまいと手で風を遮りながら、じっと屋上の彼女を睨む。

 突然の強風に煽られ、ナナシは軽い体が吹き飛ばされないように踏ん張る。しかし、そちらに意識が行き過ぎたのか彼女が決して取ろうとしなかった外套がぱさりと脱げて―――。


「!?…お前…!」

「―――」


 彼女の額には、二本の短い()があった。

 その角は月光を受け、強く光り、その存在感をより一層強めていた。角が紫電を帯び、ばちりと音を鳴らし、ナナシは一瞬だけ苦悶に顔を歪める


「――角に纏う魔法現象…!ナナシ、お前…東国の”鬼”かッ!?」


 ――鬼。

 遥か彼方、東の国に住まうと言う戦闘に特化した種族。雷に炎に土に氷に、と生まれながら角に魔法を纏うという特異な存在。

 しかし、前の世界では血が潰えたのかどうか知らないが、一度も見た事は無かったしいつの間にか伝説の種族として存在しない者として扱われていた。だからこそ、ナナシの存在は伝説の裏付けとなる。


「伝説は本物か…!」


 〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉を幾度か使用し、壁を蹴りあげながら屋上に辿り着く。

 バレてしまっては仕方がないとばかりにナナシは、外套を深く被り直すこともなくこちらを見ていた。俺は抜いたままのナイフを払って地面を蹴る。ナナシはそれに合わせる様に外套をこちらに投げ捨てる。前方が見えなくなり、左手で外套を払う。

 しかし、既にそこにはナナシの姿は無く――。


「っうし、ろぉっ!」


 勘と経験がものを言い、ナイフを勢い良く回転させるが如く背後に振り切る。それはチッと何かに掠った様な音を立てたが手応えは何もない。

 そして、すぐさま左手で腰についている〈幾刃の鞄〉に手を突っ込む。


「凄い反応速度、…とイうより、たダの直感?」

「大当たりだ…!」


 やはり背後に回っていたらしく、紫電を迸らせるナナシはそう言いながら俺の背後に立っていた。

 彼女はどこから取り出したのか手に拳鍔(メリケン)をつけ、こちらとの距離をじりじりと詰めようとしている。〈幾刃の鞄〉に突っ込んだ左手で、勢い良く刃を投擲するのは大いにありだ。しかし、避けられた後にどうするべきだ?鬼と言う種族の事はよく知らない。精々、身体能力が高く、角を介した独自の魔法形態を持つくらいだ。


 ちらと下を見るとどたばたと騒いでいるアインとララクが見えた。

 よく見ればアインは手元の鞄から色々と道具を取り出しては、これでもないあれでもないと騒いでいる。ララクはそんなアインに怒りながらも、ハラハラとこちらを気にしているらしい。


「余所見なんテ、余裕?」

「そうかもな」


 口ではそう言いながら、逆だよと心の中で反論する。

 余裕がないから周囲を見渡すのだ。お陰で少し落ち着いた。こちらの武器はナイフ、それに投擲用の小さな刃のみ。しかし、あちらも拳鍔(メリケン)に、可能性としては角を介した雷撃だ。それ以外は分からん。分からないのだから仕方がない。


 せめてもの救いは、あちらも超近距離武器という事だ。

 お互いにじりと距離をはかる。五秒、十秒と過ぎ、二十秒まで過ぎようとした時、遂にナナシがばっと地を蹴り、こちらに急接近した。その速度に追いつけず、ナイフの振りが間に合わない。それならば―――!


 二つの小さな拳の連撃が目の前までやってくる。

 あわやそれが叩き込まれる直前、俺の身体ががくんと後ろに倒れ込み始める。突然できた一瞬の距離にナナシはずいと前に出てそれを解決しようとする。しかし、


「風よ――」


 胸が空を向き、拳が俺の腹に直撃する直前、足裏が完全にナナシの身体を捉えたと感じた途端、俺はそう呟いた。

 すると、足裏に丸い風の力場が発生し、その力場にこちらに迫ろうとするナナシの身体がずいと入り込む。次の瞬間―――、


「げ、ほッ!?」


 ナナシの身体がほんの僅かに何かに押し出された様に後ろに弾かれた。

 それと同時に俺の身体も吹き飛び、屋上から飛び出した。そしてそのまま落下し、あわや地面と激突するかと思われたがそうはならず、激しい衝撃と共に耳朶に響いたのは二つの苦悶の声だった。


「信じてたぞ」

「い、いらない信用を…!」

「そうでしょそうでしょ…!」


 俺の身体を受け止めたのは、下で騒いでいたアインとララクだった。

 彼女らは「チビで助かった」などと呟きながら俺を下ろす。…〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉で無理矢理に俺とナナシ、どちらも吹き飛ばした先程の手法はただの賭けだ。上手く芯に当てなければ風の力場のぶつけどころがなく、攻撃をもろに喰らっていただろう。

 俺は二人に「フュリンかルイドに知らせろ」と言い、再び〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉で壁を蹴り上って屋上に上がると、「けほ」と咳き込むナナシの姿があった。


「――逃げないんだな」

「……今逃げてモ、ね」


 ここでこいつを逃がしてはいけない。

 もしも逃がせば、情報を持ち去られるどころかララクの立場は一気に危うくなるだろう。


 じゃらりと〈幾刃の鞄〉の中の刃を手に取る。

 遺物の選択肢が少なすぎる。今俺が使える遺物は〈風切りの足輪〉と〈幾刃の鞄〉の二つ…、しかし〈幾刃の鞄〉は普通に使えばただ刃物が入った鞄だ。実質的な遺物は〈風切りの足輪〉の一つだ。しかし、それももう使用限界が近い。使えてあと一、二度だろう。


 さてどうするか…。

 ナイフを構え、そろりと足を出す。まだあちらは雷撃すら使っていない。余力は十分にあるだろう。早めに削らないとマズい事になる。

 俺は焦燥を含んだそれに急かされ、勢い良く走り出す。〈幾刃の鞄〉から刃物を取り出し、それを次々に投擲し、逃げ場を幾つか潰す。ナナシはそんな刃物を避け、弾き、迫りくる俺へと構える。ナイフと拳鍔がかち合う寸前、ばちりと角の紫電が迸る。それは、強く強く奔流し、角から腕へ手へと流れていく。低速になった世界で、その電流がナナシの拳鍔に流れ込むのが見えた。その瞬間、幾つもの思考が回り―――!


 まさか、鉄の拳鍔を武器にしている理由―――ッ!!

 辿り着いた真実と、一歩遅かったという屈辱が混ざりに混ざって、俺のナイフとナナシの拳鍔がぶつかり合う。その瞬間、



「―――ッッッ!!!」


 衝撃、暴流、身体中を紫電が駆け巡り、至る場所を破壊していく。

 鉄製の武器――、それは己が扱う雷撃を武器を通じて他者に与える為の道具だ…!しかし、気付いた時にはもう全てが遅く、俺はよろよろとふらつきながら取り落としそうになるナイフを必死に握り締めた。


 ま、ずい…、意識が途絶える…。

 身体中に迸った紫電が消えていく感覚と共に、己が意識もそれと共にその場から離れようとしているのを感じ取る。マズい、まずいまずいまずい…どうする。どうすれば…


 回らぬ頭を回し、零れ落ちそうになるナイフを握り、目の前の少女を睨みつける。

 彼女はこちらを追撃するわけでもなく、表情を外套で隠してただ立ち竦んでいた。…こちらを、見ていない…!いける…やれる…!

 ぶちぶちと足が嫌な音を立てる。しかし、今はそんな事を気にしていられる程暇じゃない。今この瞬間、この鬼を殺せるならば――…!



「――何やってんのぉ」


 すとん、と。

 そんな声が後ろから聞こえたと共に、視界がずれ、て―――。

 じわじわと、絶望が歩み寄る。ぞわぞわと希望が蝕まれる。目の前に吊り下げられていた獲物が何かによって搔っ攫われていく感覚。


 視界が、地面に落ちる。

 身体を動かそうにも、身体の感覚がない。


「急いで翔けてきたからあっついや」


 彼女はそう言うと後ろに一束にまとめていた赤茶色の髪を解いた。

 ばさりと長い髪が、夜風に揺られ月光を浴びる。そして、それと同時にぴょこりとやっと解放されたとばかりに彼女の頭から二つ、何かが飛び出した。それは、ぴこぴこと揺れて――、


「ありゃ?しぶといねぇ、君」


 ――獣人。

 消えゆく意識の中で、そんな単語だけが脳裏を支配して―――。


「ちゃぁんと斬れてなかったかぁ。失敬失敬、こりゃ刀使い失格だ」


 そう言った彼女は握り込んだ長い剣をばっと払う動作をすると、再びこちらに向き直って、


「ちゃんと殺し切るからね」


 まっ―――。

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