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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
30/33

眩しい選択

 

『ねぇ、ライさんはライさんですよ…?』


 誰かが、そう言った。

 目の前の誰かが、酷く悲しそうな表情をしていた。ぎゅうと強く杖を握り締めた彼女を見て、理解する。


 ――あぁ、これは夢なのか、と。

 しかし、これを夢と理解したとしても、己の身体も口も自由に動かせるわけではない。ただただ、彼女と自分の過去の記憶が流れて。


『なんで、ライさんはそんなに必死なんですか?…なんで人並みの幸せを拒んじゃうんですか?』


 彼女は泣いていた。

 瞳から涙が溢れ、地面にぽつぽつと斑点を作る。

 あの時の自分は、どんな表情でどんな感情で彼女の事を見つめていたのだろう。あの時の自分は、一体何を為そうとしていたのだろう。


『…私じゃ…貴方の止まり木にすらなれないんですか…?』


 泣きじゃくり、辛そうに苦しそうに、それでもこちらに答えを求める弱々しい彼女に、なんて言ったんだっけ―――。


 ◇◆◇


「嫌な夢だ…」


 じわり、と背中に広がった嫌な汗を自覚して不快感と共に起き上がる。

 辺りを見回すと、教師寮の自分の部屋ではなく見覚えのない場所だった。工具やら、何かの資料がそこら中に転がっている。そして――、


「すぅ…すぅ…」

「…」


 寝息を立て、猫の様に丸くなったアイン・スルベナが床に転がっていた。

 数十秒の停止の後、ベッドから出て立ち上がる。窓の外は早朝特有の明るさを持ってこちらを照らす。俺はその日差しに少しだけ目を細める。


 …ようやく、”次の日”を拝むことができたのか。

 幾度と無く超える事の出来なかったあの一日をどうにか超えた事への安心感と、再び訪れるであろう厄介事の気配を感じながら、床に転がったアインを起こそうと試みる。


「おい、アイン・スルベナ、おい、起きろ」

「…う、うんにゃ…ま、まだ寝れる…」

「もう寝れねぇ。昨日の出来事の清算にいくぞ」

「う、うーん…?……ハッ!?」


 がばっとその場から飛ぶように起き上がったアインは、ぶんぶんと首を振り周囲を見渡すと、俺の姿を捉えた瞬間――、


「す、すんまっせんしたぁ!」

「…あ?」

「い、いやな、なんでも学園(うち)の臨時講師だそうで…た、退学…!退学は勘弁して…!?」

「…臨時講師にんな権限ある訳ねーだろ」

「い、いや…ある!その歳に、その生意気な口調…噂の凄腕子供先生でしょ!?生徒会長と仲良さそうって話も聞いた…!」

「…とにかく、退学はねぇから安心しろ」


 立ち上がれ、とジェスチャーをしながら俺は部屋の扉に耳を向ける。


 廊下から音はしない…いけるな。

 一つの部屋から子供とは言え男女二人が朝に出てくる。これは問題だ。だからこそ、目撃者はゼロでなくてはならない。細心の注意を払いながら、喋るなよとアインに念を押しながら俺達は生徒寮から抜け出すのだった。




「アイン・スルベナ」

「あ、はい、なんでしょ」

「人工遺物の発明は順調か?」

「昨日見せはしたけど、知ってるんすね()()()()


 二人して並んで歩く中で、俺がそう聞くと彼女は適当な返答をしながら部屋から出る時に一応とばかりに持って来たらしい鞄に手を突っ込んで何か物品を取り出した。


「私の作る遺物は試作品だから耐久面が不安で、いつも一回で壊れちゃうんす」


 昨日見た光景でもそうだった。

 二つの試作品を取り出し、それらは確かに役目を果たしたが、その後崩壊して遺物としての形を保っていなかった。


「例えば…これは無限に水が出る遺物を作ろうとしたけど、出来上がったのは逆。水を無限に吸い取ってしまうもの」


 取り出されたそれは、棒の先に穴の開いた四角い何かが取り付けられたものだった。やろうとしたコンセプトは理解できる。


「〈あまねく水瓶〉か」

「…!そういや昨日遺物漁りとか言ってたし、そりゃ知ってて当然かぁ」


 ――等級:芸術遺物〈あまねく水瓶〉。

 傾ければ冷えた水が無限に出てくる芸術等級でも頭一つ抜けた遺物。アインは、この遺物をモチーフにそれを真似ようとしたのだろう。しかし、再現できずに出来上がったのは真逆の代物。寧ろ、それが出来たという事実が凄いとは思うが、こういう(ばけもの)はそれを認めない。


「そういやこれどこ向かってるの?」

「…決まってるだろ――お前の秘密研究所だよ」


 秘密研究所、正しくは学園地下の錬金工房。

 ララクが監禁拘束されている、いわくつきの事故物件である。


 ◇◆◇


「ちゃーんと施錠してくれたんだな」

「そりゃ一応ね、なんかあるのも怖いし~」


 昨日見たばかりの鉄の扉の前に立ち、その扉に南京錠が掛かっているのを黙視する。


「んじゃ、開けてくれや」

「?」

「いや、昨日のあれ、まだあんだろ?」


 俺は、はてなと不思議そうにこちらを見つめるアインに身振り手振りで説明する。確かにこいつは昨日持っていた筈だ。確か…、そう、試作品五百何号〈どんなものでも開錠君〉とかいう名前の人工遺物だ。

 あれがあればいとも容易く鍵が開く。もしもあれが量産可能で迷宮の宝箱にすら適応されるのならばとんだ発明だろう。まぁ、前の世界で普及していなかったという事はそう言う事なのだろうが…。


「…あ、あぁー…、なるほどなるほど。つまり、えっと…あなた…」

「好きに呼べばいいだろ」

「そんじゃ共犯者君、君は昨日の私の発明品である〈どんなものでも開錠君〉を頼りにしていたという訳だ」


 何とでも呼べとは言ったが、共犯者君呼びを継続させるのは予想外だ。だが、言ってしまったからには仕方がない。

 俺はアインの質問に肯定する様に頷いた。しかし、そんな肯定の意に彼女は申し訳なさそうに頭を掻いて、


「…いやぁ、申し訳なさで一杯なんだけど私、同じ遺物を作れないんだよね!ほら、なんて言ったっけ!?昔の偉人が残した言葉の…()()()()ってやつ!?」

「……つまり?」

「つ、つまりぃ…、私ってほら…同じ遺物をもう一度作るとかできないから…」


 …なるほど。

 前の世界のこいつは、人工遺物の量産に成功していた。しかし、今のこいつにその技術は無い。ノノと同じだ。出会った時間が早すぎて、本来の化け物染みた力の片鱗しか現れていないのだ。未だ誰も彼も、未成熟なんだ。


 しかし、困った。

 穏便に、あとでどやされない為にこいつを連れてきたのにあの遺物がないんじゃ無理矢理に壊すしかないじゃねぇか。

 色々と考えた結果、仕方がないとばかりに俺は〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉をつけた足の裏を南京錠に付ける。


「…?あ、あのぉ…」

「アイン」

「は、はい!?」

「ちょっくら俺の背中支えててくれ」

「…?りょかい…?」


 足を上げ、鉄扉に付いた南京錠を踏む俺の背中にぎゅうとアインの手が当たる。

 俺はそれを確認すると、ふぅと息を吐き、小さく慈しむ様に――、


「頼むぞ、〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉――」


 そう呟いた途端、足裏に風の力場が発生する。身体が後ろに押され、「ぐぅんぐ!?」とアインが驚きの声を上げる。しかし、そんな彼女に「もっと押してくれ」と、より力を掛ける様に指示をする。風の力場が南京錠に押し込まれ、俺の足もずぶずぶと風の力場に押し込められていく。そして再び、


「――風域よ」


 力場に押し込まれた足の裏に再び風の力場が発生する。その途端、風と風がぶつかり合い、互いに行き場を無くしたそれらが四方八方に衝撃を飛ばしながら霧散し、その中心にあった南京錠は勢い良く吹き飛び、甲高い音共に壁にぶち当たった。


 そして俺の足もまた、力場に押された結果、鉄の扉を蹴破る様に勢い良く前に飛び出し、ズダン!という大きな音と共に錬金工房に侵入する羽目になった。


「―――」

「…お騒がせしました」

「う、うぉおおおっ!共犯者君すげぇぇぇ!というか遺物じゃんそれ!ねぇ、見せて貸して触らせて使わせて弄らせて分解させ―――」


 錬金工房内――、目を覚ましていたララクが目を丸くさせてこちらを見ていた。

 俺は、隣で騒ぐ人工遺物の母を黙らせる方法を考えながら、居心地の悪さからとりあえずとばかりに頭を下げるのだった。





 生徒会一員(メンバー)中級学生、ララク。

 赤と黒の中間色の髪に、への字の口、こちらを睨みつける鋭い瞳。状況が分かっているようで結構。

 アインに鉄扉を閉めるように指示し、俺は部屋の隅から椅子をずりずりと引き摺ってきて、それをララクの前に置くとその椅子に腰かけた。


 そして一瞬、ララクにすら勘付かれないようにアインを見る。

 フュリンは、彼女を『絶対に味方』だと踏んでいた。最早、それは信じる他無い。なにせ、将来の”人工遺物の母”が敵ならば勝ち目はかなり薄い。こちらに将来の”戦乙女(ヴァルキリー)”がいたとしても、だ。それほどにアイン・スルベナと言う少女はバランスブレイカーだ。


 だから、もう割り切るしかない。

 アイン・スルベナと言う少女がこちらの味方であるという情報を鵜呑みにするほかないのだ。ずりずりと俺の隣に椅子を持ってきて腰を掛けるアインを見ながら、俺はそう判断した。


「…さて、昨日振りか。上層部の操り人形、ララク」

「なんとでも言いなよ」

「そうつんけんするなよ。同じ学園の()仲間だろ?」


 様子見程度に揺さぶる。

 果たして彼女(ララク)は、何を理由に上層部に従っていたのか。現状、何も分かっていない。まずはそこを知る必要がある。


「何故、上層部についた?」

「―――」

「何故、俺やフュリンを狙った?」

「―――」

「何故、事を急いた?」

「―――」


 表情は変わらない。

 そりゃそうだ。ここで変わったらとんだ落第生だ。少し、聞き方を変えよう。

 俺は、ふぅと息を吐き、腰からナイフを取り出すとそれの刀身を拭きながら、口を開いた。


「惜しかったな。本当だったら昨日の夜に決行する筈だったのにな。そうしたら安全に教師陣も追い込めただろうに」

「――っ!?」

「いやはや残念だ。今回の件は色々と残念なことが多い」


 これは、俺しか持ちえない情報だ。繰り返したループの中で知り得た、知っている筈のない情報。

 椅子から立ち上がり、ララクの傍まで行くと、ゆっくりとララクの周りを歩きながら、ぱちぱちとナイフの刀身を掌に当てる。


「今回の学園の対処を教えよう。お前はもちろん処分だ」

「―――」


 ララクは表情を変えない。

 彼女はそれを粛々と受け入れるだけの心構えがあったのだろう。なんと立派な事だろう。それだけに、なぜ上層部に取り込まれているのかが気になる。そうだな、例えば――。


「そして、お前と関わりのある友人達も、その処分対象に含まれるだろう」

「―――……は?」

「……――どうした?飛竜が静電気を浴びた様な表情だぞ」

「私の友人は何の関係も無いでしょ。変なこと言わないで。それにフュリン会長がそれを許すとでも?」


 饒舌になったララクに、俺は確信する。

 なるほど、お前の突くべき場所はそこか――。

 分かったのならば、話は早い。下手に捏ね繰り回す必要もなくなった。


「許すに決まってるだろ?彼女(フュリン)は大勢を救う道を選ぶ。多少の犠牲は最早承知の上さ」

「…ありえない」

「何を根拠に?なんならお前の友人の一人でも首にして持ってきてやろうか?」

「っ、それをしてみなさい…!何の関係も無い人を巻き込んでただで済むと思わないで…!」

「ははは、最初に俺とノノを巻き込んだのはそっちだろ。俺が本当にやらないと思うか?情報を集めていたお前なら知ってんだろ?俺の不名誉な二つ名を、さ」

「…――奈落の、英雄…ッ!!」

「ははは、知って頂いて恐悦至極って奴だ」


 ナイフを右手から左手に投げる。

 そして、くるりと回して腰の鞘に仕舞うと、睨みつけるようにララクに視線を向けた。


「選べよ、ララク。友人が首だけになった姿を見て死ぬか。俺達に協力するかを、な」

「…信じ、られない…!」

「――…あぁ、そうかい」


 至極残念そうな声で俺は溜息を吐いた。

 ララクに背を向け、アインに「行くぞ」と声を掛ける。そして、


「それじゃあちょっくら待っててくれ。幾つ首が並ぶかわかんないけどさ、ちゃんと犠牲になるお前の友人達には報いるから」

「なっ…!?ちょ、ちょっと!いくら何でも判断が早すぎるでしょ!?」

「仕方ねぇだろ、こちとら余裕がないんだ。危険分子は早々に排除しねぇと」


 背を向けたままそう言って、その場から去ろうとした時――。


「…何の真似だ」

「――さ、流石にちょっと悪役すぎるかなって!?」


 俺の進路を、アインが冷や汗を垂らしながら身体で塞いだ。

 彼女は、挙動不審に目ん玉をぐりぐりと動かしながら、手足をばたつかせる。


「ちょ、ちょっとくらい待ってあげようよぉ!?共犯者君酷いよぉ!?」

「こちらは四人、こいつに危害を加えられている。その誰もが今の学園に必要とされている人材だ。これは立派な犯罪だ。校則違反と言う域を優に超える」

「で、でもぉ…!」


 話は終わりだとばかりに俺はアインの横をすり抜ける。

「あ、ぁあ…ま、待って…!」とララクの涙声が聞こえる。しかし、それで止まってしまえば犯罪者を見逃すことと同意だ。上層部の好きなようにさせない為にもララクは処分するべきなのだ。


 そのまま錬金工房から足早に去ろうとして、



「わ、私が…、協力するよ!?」

「―――」


 振り返る。

 そこには、汗だくで挙動不審になりながらも、懸命にこちらを見つめるアインの姿があった。彼女は先程まで、状況が理解できないとばかりに俺の話を聞いていた。しかし、こと”ララクの処分”という話が出てきた途端、顔色を変えてこちらを見つめてきていたのを俺は視界の端で知っている。


「…い、いや…、この子を、この子の友人を殺すなら協力しないけどッ…、もしもララク(この子)の事、私に任せてくれるなら、私の力、…か、かし、貸してあげよっかなァ!!?」

「…つまり、ララク含めた関係者を殺さなきゃ、お前は俺に協力してくれるのか?」

「…う、うんっ!!よく分かんないけど、…フュリンちゃんがそっちの仲間にいるなら、ネ…ッ!」


 ――アイン・スルベナは本当によく分かっていないのだろう。

 今この場において、彼女はほんの少しも状況を理解していない。ララクが俺達を害した理由も、何故俺とララクがこうも敵対するのかも、何故フュリンの名がここで出てきたのかすらも。


 何一つ、彼女は分かっていない。

 ただ、それでも彼女は目の前の命を、消えてしまうかもしれない幾つもの命を尊び、選択をした。眩しく、気高く、何があっても真っすぐに立ち上がる彼女だからこそ。


「―――分かった。アイン・スルベナ。お前の覚悟を信じて、ララクを任せよう。ルイドと話し合って今後の処遇と扱いを決めてくれ」


 俺はそんな言葉を残し、アインとララクを残してその場を後にした。

 ――これで、これでいいのだ。アインと言うイレギュラーがあったが、大方求めていた形に着地はできた。もしも失敗していたら…()()()()ちゃ()だったしな。


 …俺は最低最悪な奴でいい。嫌われるのは俺一人でいい。

 何があっても、ノノには迷惑を被らせてはいけない。あの子の未来に、俺の暗雲を齎してはならない。化け物たちの道に、小石などあってはならないのだから。


 後ろで、二人分の声が聞こえる。

 泣きべそをかいて喚く声と、感謝と困惑が入り混じる声。

 地下から出ると、幾らかの学生が既に登校を始めている。朝練をしている者もいるらしい。昨日は途中で授業は停止したが、次の日は通常通りの授業だ。

 学園の図太さと言うか、何と言うか…俺は口元に笑みを浮かべ、とりあえずとばかりに水浴びにでも行こうとそちらに身体を向けるのだった。

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