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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
29/33

騒がしい問題児

 

「まぁ、()()もこっちを待ってくれるほど甘くないって事だろ」


 俺、ノノ、フュリン、ルイドの四人が集まった会議室で、そう呟かざるを得なかった。

 実行犯、ララクの拘束から早数時間、授業を停止し、生徒や教師を寮で待機させ、今に至る。正直言って、誰も彼も疲れ切っているというのが正直なところだ。


 俺は血を流しすぎたせいか視界が揺れるし、ルイドは魔法の使い過ぎでぐったりとしている。フュリンも精神的疲労からか、俺の横で浮かずにソファに転がっている。無駄に元気なのは精々ノノくらいだ。


「まさか、生徒の中に内通者がいたとは…」

「…」


 フュリンが悲しそうに俯き、ルイドはそんな彼女を見て悔しそうに唇を噛んだ。しかし、すぐにばっと前を向き、彼は懐から一本の万年筆を取り出した。


「こちらはララクが使用した遺物です。調べたところ、名前は〈ラウラの万年筆(ラウラ・スカーズ)〉、効果は”対象の苦痛の記憶を再現する”こと。”対象指定の条件は、一定量の情報”だそうです」

「遺物の概要は分かった。…で、肝心の張本人(ララク)は?なんで()()()についた?」

「ララクは拘束した後、学園地下の使用していない錬金工房に監禁しています。なぜこちらを狙ったのかは…、まだなんとも」

「…同じ学び舎の学徒を助けたいばかりに疑いの目を向けられなかったのは、儂の責任じゃな」

「全くだ…と言いたいが、こればっかりは仕方ねぇ」


 何せ、フュリンは行方不明になる生徒をこれ以上増やさない為にも立ち上がったのだ。

 その救いたい者の中に敵がいるなんて、彼女だけでは気付く事が出来る筈もない。それこそ、ルイドの様に満遍なく目を光らせている奴がいてよかったと考えるべきだ。


「でも…ララク?って人みたいな前例が出来ちゃったなら、もう信用できるのって…」


 ノノの言葉に、俺は頷く。

 そう、だからこそこの場にも俺を含めたこの四名しかいないのだ。生徒の中に上層部の息が掛かった者がいた以上、もう誰も信用できない。それこそ、襲われた前科のある者以外は。


 可能なら前のループで俺と共に襲われていた教師もこの輪の味方に加えてしまいたいのが本音だ。しかし、今回遺物の対象に教師が選ばれていなかった以上、それを証明できる手段は無い。下手に「味方に加えよう」と言って、信用を失ってしまうのも避けなければならない。


 …もどかしい事この上ないな。

 知っている情報を吐き出せない。その息苦しさが、視界の揺れを加速させる。



「――…一人、絶対に味方だと断定できる奴がおる」


 停滞した空気を、フュリンの一言が破壊した。

 絶対に味方、その言葉がどれほどの価値を持つのかなんて言うまでもない。俺はすぐさまそいつを味方に引き入れるべきだと提案しようとし、


「ただし…そいつ、どうしようもない問題児じゃ。名は―――」


 その瞬間、俺の嫌な予感がとんでもない勢いで肥大化し始めるのだった…――。


 ◇◆◇


 その問題児とやらに接触するのは翌日となり、その日は解散することになった。

 俺は一人寮への帰路を辿りながら、胸ポケットの中のルイドに託された〈ラウラの万年筆(ラウラ・スカーズ)〉に触れた。遺物管理は遺物漁りに――その通りではあるが、だからってぽっと出の俺に渡すのは流石に警戒心がなさ過ぎると言わざるを得ない。


 万年筆の固い感触が指を押し返す。

 遺物をララクが所持していた以上、奴は間違いなく上層部の息が掛かっている。単身で、しかも生徒と言う身分であれほどの力を持つ遺物を手に入れるなんて不可能だ。ましてやここは学都ルビラ――、遺物とは無縁の場所だ。

 ララクが情報部と繋がっているのは間違いない。しかし、それがなぜなのか?理由が分からない。未だ目覚めていないらしく、話を聞く事も出来ない。もどかしさが募るばかりだ。


 貧血気味で酷くふらつく。

 今日はさっさと寝よう。上層部からの追撃は恐ろしいが、あちらもそうすぐ動ける筈もない。権力が重なれば重なる程、その腰は重くなるものだ。


 気付けば辺り一帯に夜の帳が下り始めている。

 早く寮に戻って身体を休めよう、と小走りを始めようとした途端――、


「むむんむ!?なんかいる!」


 唐突に、それは向かいの角から姿を現した。

 夜に紛れる様な肩ほどまでの黒髪に、病的な白さの肌、そして酷く特徴的な顔下半分を覆う機械染みた外装(マスク)――。


「ちょちょい、なんでこんなところに!?というより隠密任務(ステルスミッション)失敗!?」


 調子良さそうに回る口、女性特有の高いソプラノの声。

 その全てが、自分の脳裏に強く響き、わだかまった思考を一つの答えに収束させていく。嫌な予感はよく当たる。昔からそうだった。そのお陰で、俺の様なドブ鼠が迷宮で生き抜く事が出来ていたと言っても過言ではない。

 だからこそ、こと己の嫌な予感には一定の信頼を置いている。だが――、


「これも、手繰り寄せた因果の一つって言うのかよ…!」


 目の前で舌を回す少女を前に、一つの記憶が蘇る。

 ――遥か昔の記憶、一人の少女が人工遺物の論文を発表した。それは、人工遺物を安定して大量生産を可能にする、正に世界を激震させうるものであった。後に彼女は、人工遺物の第一人者として世に名を馳せる。


 人工遺物の母とも言える少女、彼女の名をば―――、

『ただし…そいつ、どうしようもない問題児じゃ。名は―――、』



「―――アイン・スルベナ」


「…おろ?私をご存じ?」


 …あぁ、知っている。

 知っているとも、忘れてなるものか。俺達遺物漁りの敵…、普遍遺物の需要を限りなく低下させたその元凶と言える存在だからな。

 だが、今はそんな事をうだうだ考えている場合ではない。彼女がこの学園出身だったというのは驚きだがそれよりも、


「…なんで、ここにいるんだ?生徒は今日一日は寮にて過ごすよう指示があった筈だ」

「そんなもの無視に決まってるでしょ!そっちもそうなんでしょ?」


 はぁ、と溜息と共に頭を抱える。

 問題児と言うのはその言葉通りらしい。まぁ、ララクの捕縛や今回の一部始終を目撃していない生徒側からしたら、突然の事だろうしこうなる奴が現れてもおかしくはないのか。


「いいか、アイン・スルベナ。いますぐ寮に――」

「誰かは知らないけど同じ学徒の(よしみ)、一緒に行こう!目的地までだーっしゅ!」


 アインは俺の手をぎゅむと掴み取ると、そのまま引きずる様に走り出した。

 俺はどうすればこの少女を寮に叩き込めるかを考えながら、碌に力の入らない身体を強張らせ、どうにか彼女の拘束から脱出できないものかと模索するのだった。






「さぁ、誰か知らない人!着きました!」

「…ここは?」


 アインはそう叫び、自慢するかのように左手を前に突き出した。

 握られた手をばっと離され、俺は気だるげに指された先を見た。そこには、鉄でできた重苦しく古臭い扉があった。

 どのような道中を辿り、ここまで連れて来られたのかはあまり覚えていない。なにせ、そろそろ疲労の限界だ。血も足りないし、足元もおぼつかない。


 しかし、学園にこんなにも似つかない扉があるとは思わなかった。それに、南京錠やら何やらで厳重に施錠されている。


「あ、あれぇえ!!?なんか鍵ついてるぅ!?それによく見たらすっごい結界魔法掛かってない!?」

「…おい、もういいから戻るぞ。お前が外出していたのは後で――」


 扉の前でオーバーリアクションをするアインに、俺ははぁと溜息をつく。

 どうにか諭して帰らなくてはいけない。前の世界では遺物漁りの自分にとっての敵としか認識していなかったが、こんなにもうるさい奴だとは思わなかった。



「――こうなったら…試作品五百十五号!〈どんなものでも開錠君〉!」

「……ぁ?」

「そして、試作品四百一号!〈結界維持できなくしちゃうよ君〉!」

「おい、待て…!お前まさか…!」


 俺が制止の言葉を言い切る前に、アインは左手に細い針がついた丸い何かと、右手に鎖のついた立方体を持った。そして、それを扉へと――、


「そりゃそりゃりゃい!どこのだれか知らないけど、私の秘密研究所を閉鎖するとはなんて酷い!!」


 試作品、そう呼ばれた二つの物体は、鉄の扉の南京錠をがちゃりと開錠し、張られていた結界術もいとも容易く破壊した。

 そして、扉を守っていた南京錠の開錠と結界の崩壊と同時に、試作品とやらの二つも砕け散る様に床に転がり、そのまま動かなくなった。


「わ、おわんわぁぁあぁぁあぁ!!!?な、なんでいつもすぐに壊れるのぉお!」


 床に転がった残骸をしくしくと悲しみながらかき集めるアインを前に、俺は恐ろしさを感じざるを得なかった。

 …やはり、アイン・スルベナはどれだけ幼くても”人工遺物の母”か…!あの二つの試作品と呼ばれたものも、恐らくアインが作り出した物なのだろう。


「ま、まぁいい…とりあえず開いたし!さぁ、共犯者君、折角ですし案内してしんぜよう!」


 こいつ…俺も自分と同じく寮から抜け出してきた生徒だと思ってやがるな…。

 案内なんて丁重にお断りだ、とそう口にしようとするがその前にアインは俺の手を握り込み、もう片方の手で勢い良く鉄の扉を押した。


 ギギギ、と重い音を立てて扉が開かれる。そこには、




 ―――椅子に拘束され、身動き一つとれなくなっている誰かがいた。




「―――ほぇ?」

「―――」


 ――…なるほど、ルイドが言っていたララクを監禁したという『使われていない学園地下の錬金工房』ってここのことか。ということは、あれはララクだ。視界がぶれるせいで分からなかった。マズいな、色々と面倒臭い事が重なってきたぞ。


「…ちょ、ちょちょっと待って欲しい!こ、こんなの私知らない!知らないもん!私こんなことしてない!ねぇ、信じてぇ!?」

「ゆさ…揺さぶるな、おい」

「し、しんじてくれるよね!?わ、私悪い子じゃないよ!?ね、ねぇ…共犯者君?こ、肯定してくれよぉ…!」


 がくがくと肩を持たれ、前へ後ろへ振動する。

 脳味噌がシェイクされる中で、どうするべきかと考え、とりあえずとばかりに。


「まず、俺は共犯者じゃねぇ」

「…よよ?」


 ばん、と勢い良く鉄の扉を閉め、涙目のアインの前に立ち塞がる。


「――ここはもう開けるな、拘束されていた奴も後で説明してやる、というか南京錠でもう一度施錠しろ…」


 息を吐き、揺れる己の世界にもう少しだけ耐えてくれと願う。

 子供の身体はあまりに脆い。体力はないし、少し血を失っただけですぐこうだ。利点(メリット)こそあれど、欠点(デメリット)が大きすぎる。


 …あぁ、マズい。本格的にぶっ倒れそうだ。


「いいか、アイン・スルベナ――」


 指を差し、へたり込んだ目の前の少女へと、



「俺はライ、この学園の臨時講師…遺物漁りの、ライだ……――」


 そう言い切った瞬間、ぐるんと視界が回転してそのまま意識は深い微睡みの中へと沈んでいった。


「わわっ!!?きょ、共犯者君が死んだー!!」

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