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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
27/33

最高の協力者

 

 ――元凶たる遺物を使っているのは間違いなく生徒だ。


 そして、トラウマを物理的に再現する遺物なんて代物、そう易々と使えていい筈がない。

 何か、いつもと違う動きをする生徒がいた、若しくはいる。


「だから、どうする…?」


 ルビラ学園の生徒は低級から上級を含め、約八百名ほどだ。

 俺一人じゃ到底調べ切る事なんて不可能だろう。

 教壇に立ち、幾度も繰り返した同じ内容を口にする。生徒は前と同じ質問をし、また同じ回答をする。


 やはり、頼る必要がある…――フュリンを。

 前の世界でも協力を仰いだフュリンに再び、手を貸して貰わねば見つける事は難しい。だが、何と言えば良い?

 先の世界では、逆に説明をするのが難しいと判断し、適当に暈かしながら可能性と言う体で話を進め、協力を取り付けた。


 今回もそれが出来る?――無理だ。

 フュリンは生徒を守るために立ち上がった。にも拘らず生徒を疑わせるのは、納得させるだけの説明が必要だ。

 毒が含まれているかも、その犯人を見つけたい…そう言って通ってきた要望も、今回ばかりは濁せない。


 授業の終わりの鐘が鳴り、生徒達が次の授業の教室に移動する。

 俺に別れを告げる生徒に手を振り、がらんと一人になった教室で小さく呟く。


「言うべきか…、俺のやり直しの力…」


 ――忌避感から誰にも言っていないこの力の存在を打ち明ける時が来たのかもしれない。

 信じて貰えない可能性は高い。だが、信じて貰えるだけの情報を提示すればいいのだ。そうだ、そうすればフュリンも――、



「――本当にいいの?」


 伽藍堂の教室に、そんな鈴の音に似た声が響いた。

 ばっと顔を上げれば、誰もいなくなった教室に一人の少女が立っていた。

 薄く光る鼠色の髪を揺らし、少女は椅子を引いてそこに座ると、こちらににこりと笑いかけた。


「――死の神…!」


 それは他の誰でもない、俺にその力の使い方を教えた神張本人だった。


「ねぇ、ライ。本当にそれでいいの?」

「それで、いいって…」


 少女は、まるで最後の確認をするかのように問いかける。

 それでいいも何も、物事を円滑に進めるために必要な事だ。きっとこれを話さなければフュリンは俺を信用しない。

 元々、打算ありきの関係だ。

 あちらもこちらも、お互いがお互いを殺せ、その上で利があるからこそ手を結んでいるに過ぎない。


 信頼ではなく、信用だ。

 だからこそ、俺は自分の出せるものを出すしかないと――。


「そうじゃないよ、ライ」

「……は」



「――本当に貴方の因果に、あの子を巻き込んでいいの?」


「な、にを…」


「貴方の回り廻るその力は、様々なものを代償として得たもの――。話してしまえば、あの子もきっと因果に囚われる。…ねぇ――




 ―――本当に、それでいいの?」


 その瞬間、窓の空いていない筈の教室に強い突風が巻き起こる。

 瞼を閉じ、それを受けて再び少女を見る。しかし、既にそこには少女の姿は無くなっていた。ぞわぞわ、と背中が冷たくなっていく。



 ―――あの子を巻き込んでいいの?


 その言葉が、頭に、身体に響いていく。

 四肢が冷たくなっていくのが分かる。ゆっくりと、少しずつ、脳が理解を促している。そうだ、つまり俺は――、



「誰にも、言えない――」


 願ってしまったそれが、手に入れてしまったそれが、呪いの様に刻まれたそれが、間違いなく自分自身によるものだと分かっている。

 だからこそ、俺はこのことを誰にも告げる事が許されない。神は、それが分かっていたのかもしれない。


「…最悪だ」


 自業自得、まさにその言葉がふさわしい。

 俺は、俺の意志で願ってしまった。叶うと思ってもいなかったそれが叶ってしまったからと、それを返品するなんて許されない。まずこの力が無ければ、俺は迷宮の奥深くで死に絶えていた。ならば、全部全部、何もかもを呑み込んで――


「進むしかない――」


 それしか、道は残されていないのだから。


 ◇◆◇


 フュリンに頼る選択肢は消えた。

 それならば、まずは地道に情報収集する必要がある。


「悪い、今日はこのまま対人で。授業終わりの鐘が鳴ったら各自解散してくれ」

「先生、用事?」

「ちょっとな」


 実技の授業から離れるように走る。

 自由に動ける時間を捻出するには生徒には申し訳ないけれどこうして授業中に抜け出す他ない。


 そして、問題はここからだ。

 まずは教師の日誌から生徒の情報を得られるのが吉だ。各教師はそれぞれ生徒の簡単な評価や、その日の授業のまとめなどを記入するが、単純に日記としても使用している。


 そのため、おかしな行動をしていた生徒がいたら少しは書いていてもおかしくない。

 取り敢えずここ数日分の日誌を確認しに…、



「――こんなところで、何をしているんです」


 誰もいない筈の廊下で、ふと背後からそんな声を掛けられた。

 ばっと後ろを振り返ると、そこには眼鏡をかけた青年…副会長のルイドがいた。彼はこちらへと近づこうとはせず、一定の距離を保って言葉を続ける。


「奈落の英雄、貴方は今実技の授業を担当していた筈…、何故ここにいるんですか」

「それは、こっちの台詞だな…ルイド」


 何か、おかしい。

 じりじり、とお互いが動かずに廊下に佇む。

 何故、ルイドがここにいる?こいつだって今は授業中の筈だ。


 …どうするべきだ?

 適当に嘘をつく?いや、勘付かれた時に面倒臭い事になる。だが、それ以上にこの現状をどうにかしなくては――、



「――……いや、貴方は()()()()()。これでそうならば、僕の間違い(ミス)だ」


 ぱっ、と警戒心を露わにしていた表情と姿勢を解き、ルイドは「ふぅ」と息を吐きながらそう言った。

 ――副会長、ルイド。

 協力関係を結んでからちょくちょく会っては情報交換をしている。遺物の犯人ではないと考えてはいるが、可能性は捨てきれない。


 だからこそ、会った瞬間(とき)まさかと感じたし、あちらも俺に警戒心を露わにしていたから、その想像が当たってしまったのかと思った。しかし、


「奈落の英雄…いやライさん。少し、協力して欲しい事があるのです」

「…丁度良いな。俺も今、協力者が必要だと思っていたところだ」


 太陽が差す廊下、彼らは値踏みする様に剣呑な目付きで互いを見つめていた。





「紙に書き、互いに見せ合いましょう」

「どっちかが先に言った後、言う事を変えられない為か?」

「その通りです。やっておくに越したことはありません」


 全く以て同意見だ。

 紙とペンをこちらに投げ渡してきたルイドをちらと見ながら、俺はその紙にさらさらと必要な事だけを走らせる。


 ”この学校で、近頃怪しい動きをしている生徒はいるか?誰かが何かを起こそうとしている”


 そう書いた紙を読み返し、間違いがないかを確認する。

 もしも、ルイドが敵ならばこのループは失敗だ。だが、ルイドが味方だと分かれば、先のループにおいても大きな糧となる。

 これは、互いが互いに協力を求めているからこそ出来る事だ。

 フュリンの様に、一方的に頼るのではないからこそ、今俺とルイドは一時的と言えど互いに信用している。


「いいですか?」

「あぁ」


 ペンを置き、紙を胸に当てる。


「行きます…せーのっ」


 ばっと、互いが互いに紙を目の前に出す。

 これで何も書いていなかったら逆にルイドは敵と確定と判断する、そう心の中で決め、ルイドの手にある紙を見る。そこには、



 ”生徒会の一人が、最近怪しい動きをしています。それを共に突き止めて欲しい”


「――なるほど」「つまり」


 ルイド、俺と言葉を漏らし、そして――、


「俺達は、最高って事らしい」


 ◇◆◇


 ――ララク。

 それが、ルイドの言う怪しい生徒会の一人らしい。


「中級学生の小柄な少女です。ここ暫く…、というよりライさんが教師として活動を始めて直ぐ、色々と情報を集め出していました」

「情報…?」

「はい、詳しく話すと――」


 ララクという少女が集めていた情報は、大まかに分けて二つ。


 ・教師の情報

 ・一部生徒の情報(俺、ノノ、フュリン、ルイド、その他生徒数名)


 だそうだ。

 教師と俺、それにフュリンは記憶再現現象の餌食だった。辻褄は合う。ノノやルイド、他の生徒ももしかしたら俺の知らないところで襲われていたのかもしれない。


「教師雇用の書類や、生徒の評価書類…、他にも色々と杜撰なもので全て魔法的干渉により無理くりに情報を集めています」

「…なるほど」


 もしもララクと遺物の犯人が同じならば、”情報”が現象の対象に指定するトリガーの可能性が高い。


「まずは、拘束して話を聞くべきだ」

「拘束、ですか」

「…やりすぎ?」


 俺とルイドの情報の差だ。

 俺はやり直しの力に関しては深く言う事が出来ない。そのせいで、実際知っている事と伝えられる事が違うのだ。どうしても浅い情報しか伝えられない。

 どうしてそんな事を知っている?と聞かれてしまえば、答えられないからだ。


 だからこそ、「遺物を使ってくる可能性がある」などと中身の事を暈かして伝える他無い。

 そのせいで、見えている情報の多さが俺とルイドで異なってしまっている。


 マズい、どうすれば…。

 俺は顎に手を置き、考える。出来るならば拘束してしまいたい。だが、ルイドの立場も考えると…、


「あ、いえ!拘束が駄目という訳ではありません」

「…?」

「――…生徒会長は生徒を守るために立ち上がりました。僕もそれに強く賛同したからこそ、こうして今も動いています。ですが、会長はどうしても生徒へ疑念の目を向けられない。それこそ、今の様に」


 その通りだ。だからこそ、俺はフュリンを頼れていない。

 彼女が生徒の事も疑える性分だったら良かったと思うが、それが出来ないからこそ、今の彼女があるのだろうと俺も分かっている。


「だから、僕が代わりに生徒を見定めるのです。そうして、今回の様に怪しい人物を見つけた」

「―――」

「…えっと…感慨深かったんです。この学校に生徒を拘束するなんて言う人はいませんでした。皆、同じ学校の仲間を信じているのです。そのせいで僕は一人でこうして皆を監視してきましたから」


 きっとあと少しで授業終わりの鐘が鳴る。

 この空き教室にも、もしかしたら他の生徒が入ってくるかもしれない。それでも、この言葉を止めるべきではない、と。


「有難うございます、ライさん。僕の隣に立ってくれて」


 たった一人で、ずっと信じたい筈の仲間を監視してきた。

 それが、この青年に出来る精一杯だったのだろう。その行動こそが、大義を掲げた生徒会長を助けられることだと信じて、ただひたすらに――。


「まだだぞ、ルイド。ララクって子の真偽を確かめてから感慨にふけようぜ」

「――…はい!」


 ――そうだ。なにせ、まだそれが犯人と決まったわけではないのだから。

 運動棟の備品から頑丈な綱を持ち出し、ルイドと共にララクと言う少女がいる棟へと急ぐ。その時、丁度授業の終わりを告げる鐘が鳴った。


「ララクは魔法棟の授業を受けていた筈です。ならば、まだ教室にいる筈…!」


 ルイドはそう言うと、即座にぶつぶつと何かを呟き、指を縦に振る。

 そしてすぐに、その動作を俺に向けても行った。その瞬間、足がふわりと軽くなり、俺とルイドは途端に走る速度を上げた。


「――風の魔法…!」

「さっさと尋問して、この疑いが間違いだったことを証明してみせます…!」


 ルイドは、きっとララクをまだ信じている。

 だから、こんなにも急いで真実の証明をしようとしている。仲間の監視をしていたからと言って、本当にいるとは思っていなかったんだろう。

 だが、怪しい存在が出てきてしまった。払拭したいんだ。その思いを、間違いだったと、そう証明してしまいたいんだ。


「この教室にいる筈です。待っていてください」


 ルイドが、肩で息をしてそう言った。

 ふぅーと何度も息を吸っては吐いて、息を整える。そして、荒立っていた呼吸の波が静かになると、


「失礼します。ララク、生徒会の用事で少し…」


 少し困ったような雰囲気を出しながら、片手でこちらへ来てくれとジェスチャーを行っている。

 この感じ、ララクと言う少女は教室内にいるらしい。


 ―――来る…!

 こつこつ、と靴と床が当たる音が聞こえる。間違いなく、ララクがこちらに向かって歩いてきている。綱を持ち、俺の姿を限界まで見せないように隠れておく。


「どうかしましたか、副会長」

「あぁ、えっと……、―――ご同行願えますか、生徒会中級学年ララク」


 扉を閉め、廊下にララクを呼んだルイドがそう言うと同時に、俺がルイドの後ろから姿を現す。その途端――、


「――ッ!」


 ララクは即座に身体を翻し、その場から逃走を図った。



「――やはり、そうだった…ッ!!」

「思い切りの良さ百点あげてぇな!」


 すぐさま、それを追うように俺とルイドは駆け出した。

 苦渋の表情を浮かべるルイドが再び自分と俺に風の魔法を掛ける。視界が一気に加速する。これなら、この速さなら…!


「ルイド!一人回収して後を追う!お前はララク追え!」

「分かりました!早めに頼みます!」


 風の魔法が身体を押す。

 それに従って、俺はルイドと別れ、廊下横の階段を下った。そして、多くの生徒の間をするすると通り抜け、その先にある扉を勢いよく開き――、


「――ノノッ!来い!!」


 強く強く、そう叫んだ。

 一瞬の静寂、教室の片隅に桃色の髪をした一人の少女が視界に入る。彼女は、その一瞬の間だけぽかんと口を開けて呆けていたが、


「――うんっ!!」


 そう、とびきりの笑顔で少年の元へと向かうのだった。

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