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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
25/33

真夜中の密会

 

 苦しくて、苦しくて、苦しくて――。


 喉を掻きむしり、臓物を抉り取り、その元凶を無くしてしまえるならば、何をしてもいいとすら思った。

 ()()の固い地面に転がって、ただひたすらに生を掴み取ろうと四苦八苦する。


『わっ、わっ!だ、だから言ったんです!自ら毒を浴びるなんて間違ってるってぇ!』

『こいつ自身が言ったんだぞぉ?一度毒の感じ知っておきたい~ってさぁ』

『根性ある』


 解毒の魔法が身体全体に染み渡る。

 広がったそれらが浄化される様に消えていくのが分かる。炎熱の如く燃え滾っていた身体の中が沈静化されていくのを感じる。


『もう、無茶はやめてくださいね…心臓持ちませんよ…!』


 ―――あぁ、そうだな。

 そんな言葉と共に、懐かしき光景は闇に掻き消え――。


 ◇◆◇


「――がッ…ぼ、ぇ」


 先までの感覚が幻として襲い来る。

 血塊を吐き、臓物が焼けこげる様な感覚を味わい、無力感と共に地に伏す。


 あの感覚を俺は覚えている。数多の迷宮に存在する罠の一つにもよく使われる『毒』だ。


 しかし、一体いつ盛られた?

 全く気付かなかった。空気か?いや、だとしたら多少は煙たくなるものだろう。そういう気配は一切なかった。ならば、やはり食事か。それならばあり得る。遅効性の毒ならば夕食を食べてから朝方まで効かないものもある。


 とんとん、と指を顎に当てる。

 学校が始まるまでさほど時間も無い。朝食も一応食べるのはやめておこう。そこまで遅効性のものは聞いた事がないものの、念には念だ。他の教師たちはどうやら既にかなり食べてしまっているようだ。しかし、これで今日起き続ければ、おのずと見えてくるものもあるだろう。


 今日一日はいつも通り過ごし、そこからだ。

 寮を出て挨拶をし、授業をする。ただ、一つ違う事もあるが、それは今日を乗り越えるための一工夫だ。

 …一日を終え、教師寮に戻るとざわざわと先に帰ってきていた教師たちが話し合っているのが見えた。


「どうしました?」

「あ、ライ君。どうやら今日の夕食が何者かによって荒らされていたらしくて…」


「えぇ!」と驚いたような声を上げて、教師たちが囲むその先を見る。

 そこには、床に落ちてぐちゃぐちゃになった今日の分であろう夕食の姿があった。誰であろう犯人は俺だ。流石に他の教師陣を見殺しにはできない。

 教師達は犯人を捜すも見つかる気配はなく、各々が街に出て夕食をとりにいく。俺も誘われたが、適当な断りを入れて、部屋に戻った。


「さて」


 問題はここからだ。

 扉に耳を当て、寮内の音を聞く。音は一切せず、俺以外は全員出払ったようだ。

 そう判断した俺はナイフと遺物を持って扉を開けると、そそくさと移動をし、教師たちが食べられない夕食を一箇所に集めていた場所に到着する。なんでも、あとで炎魔法で焼却するらしい。


 魔法の適性があるとは何とも羨ましい。

 そんな事を考えながら、手に付かないようにその夕食を少し採取し、容器に詰める。そしてすぐに周囲を警戒しながら、寮を出た。


 目指すべき場所はただ一つ――、


「フュリン――」


 この学校で二番目に信頼できる相手の元へ。





「この容器の中のものを調べろと申すのか?」

「あぁ」


 毒の有無を調べるのは容易ではない。それも遅効性ならば更に通常は判別し(わかり)辛いだろう。

 しかし、エルフと言う魔法特化の種族がいるならば話は別だ。たとえ魔力の覚醒前と言っても、毒の解析程度の魔法ならばどのエルフも使える筈だ。


「まぁいいが…こりゃ一体何なんじゃ?」

「調べたら分かる…、筈…多分…恐らく…」

「なんともぱっとしない答えじゃの~」


 なにせこちらも正直分かっていない。

 恐らくは、と言うよりも間違いなくこれは『毒』だ。なにせ、身体が覚えている毒そのものだったのだから。

 あの苦しさを覚えている。あの辛さを忘れていない。幾度と無く踏み抜いた罠も、経験にと浴びた雨も、全てが一様にもがき苦しむものだった。


「ちょいと待っとれよ」


 ふわふわと容器を浮かし、フュリンはその容器を自分の前にまで持ってくる。

 そして、フュリンの瞳とその容器の間に幾枚かの魔法陣が展開され、それぞれが独自の速度を持って回転する。

 神秘的な光を放つそれらを見ながら、俺はフュリンに事の経緯を説明する。


「夕食に毒が混じっている可能性があるんだよ。誰が入れたかは分からない…教師の誰かか、食事を作る者か、はたまた全く関係ない第三者か」

「…ふむ、遂に上層部が動いたか」

「もしかしたら生徒の食事にも…」

「いや、それはないじゃろう」


 何故、それは無いと言い切れるのだろうか。

 そう考えたが、直ぐにその答えに辿り着く。そして、その到達と同時にフュリンも口を開いた。


「何せ上層部は生徒を拉致し、恐らくだが奴隷落ち…もしくは()()している。ならば、奴らにとって生徒を殺すのはあまりに利がないじゃろ…」


 苦渋に満ちた声でそう告げるフュリン。

 そんなことを喋らせてしまった罪悪感から、謝罪を述べるが「いや、気にするでない」とぱっと一目で作り笑顔と分かる表情を作り、それをこちらに向けていた。


 しかし、もしもフュリンの言う通り生徒が狙われていないのならば、


「――狙われているのは、教師…?」

「で、あろうな」


 確かに教師は優秀な人材が多い。

 魔法が使え、探索者顔負けの身体があり、頭脳明晰な者もいる。だが、果たしてそこまでするか…?上層部は生徒を拉致している。だが、教師たちはそこに勘付いてすらいない。減った生徒は上層部が上手く揉み消し、情報操作をしているからだ。

 俺だって、フュリンに定期的に報告されていなければ「そうなのか」と流していたに決まっている。だが、それでも狙うとするならば、


「同調されるのを嫌った…?」

「あとは単純にライの様な子供でありながら、私の力でねじ込んだ人材を警戒しているのじゃろう」


 上が最も恐れるのは、優秀な教師達がフュリン勢力に加わる事だろう。

 その可能性の排除、そしてフュリンの言葉も合わせれば俺の様な異分子(イレギュラー)の掃討も含まれている。


「…そろそろ、解析が終わる」


 フュリンの瞳の前の魔法陣が更に素早く回転する。神秘的なその魔方陣が強く強く発光し――、


「…結果が出た」

「どんな毒だった?恐らくだがかなりの遅効性を持った――」



「――毒性は、ない」


「……ぁ?」

「この容器の中身に毒性は一切ない。つまり、取り越し苦労と言うやつじゃ」


 ―――毒の正体は、これではない?

 ならばなんだ、空気なのか?一度自分の中で排した可能性が再び浮かび上がる。一切色も匂いも感じない毒煙なんて聞いた事も見た事も無い。迷宮ですらそんなものなかった。


 だが、それならば一体他に何が――。


「勘違いだったんじゃろう?良かったではないか、上層部(やつら)はまだお主に気づ――」


 違う、違う違う違う。

 これ以外なかったんだ。これしかありえなかったんだ。まず目に見えすらしない空気感染程度ならば死に直結はしない。他はなんだ、何が俺を死たらしめる?接触?触られて毒を注入された?いや、気付かない筈がない。ならば他の可能性を――。


「――まぁ、落ち着け」


 ぽこん、と頭を本で叩かれる。

 浮遊した本が机の上にぱたりと置かれ、フュリンが俺を見る。


「何らかの確証があるのか?毒云々の何かが」

「――あぁ」


 真剣な表情をする赤ん坊のフュリンに、俺はそう返す。

 すると、奴は「ふむ」と顎を引くと、少しの間黙りこくり――、


「よし、お主。今日はここに泊まってけ」

「…んん?」

「毒やら何やらの可能性があるんじゃろ?それじゃ今日はここでお主と泊まって、毒に侵されれば儂が直ぐに解毒してやろう。そして、お主が毒になれば教師らも危ない。お主に解毒を掛けた後、浮遊魔法で直ぐに教師寮に飛び、教師連中も解毒しようぞ」


 …確かにそれならば問題ない。

 狙われているのが教師達ならば、解毒魔法を使えるフュリンが特効薬になる。どういう経緯で毒に侵されるのかは分からない。だが、もしも今も俺が毒に侵されているならば、身体の小さい子供の俺が他の教師達よりも最も早く毒が回る筈だ。


 一瞬、毒の解析を俺の身体に掛ければと考えもしたが、あれらは物質限定だ。生物には使えないし、解毒魔法も万能ではなく毒の存在を認知しないと発動できない。つくづく使い辛い魔法だ。


 だが、フュリンの案は単純ながら、それ故に明快だ。

 今は他に方法は無い。フュリンと言う存在がいる以上、それを試す価値は十分にある。


「分かった、それで行こう」


 フュリンの案を呑み、俺は溜息をついて天井を見上げた。

 気付けば生徒寮も教師寮も魔鉱石特有の明かりが消えている。かなりの時間経っているらしい。前回、俺が毒で死んだのは一体いつ頃だっただろうか。

 正確な時間は把握できていないが、恐らくあと二時間以内には来るだろう。


 フュリンが浮遊魔法でペンを持ち上げ、何か書類を書いている。

 俺はそれを見ながら、時間が過ぎ去るのをただ待った。


 また暫くが経ち、そろそろかとフュリンに声を掛けようとした瞬間――、



『――なんて汚らわしい子だ』


 黒い影が、そんな声と共に部屋の中に出現した。

 その黒い影は幾つにも増えていき、それぞれがフュリンを取り囲んで口を開いた。


『成長が遅い。この子は呪われている』

『捨てろ!こんな子を産んだ親は八つ裂きだ!』

『なんでフュリンちゃんはまだ赤ちゃんなの?』

『見て、こんなに自由に走り回れる!』

『あぁ、忌み子…!死して償え』

『許して…貴方を逃がすことしかできない私達を許して…!』


「…な、なんじゃこれは……や、やめろ、やめるのじゃ……やめ、…やめて……!」


 黒い影に囲まれたフュリンがその小さな手で長い耳を抑え、ぎゅうと目を瞑るのが見える。マズい、何か、この影たちはこの場に居てはいけないものだ。咄嗟にナイフを握り、その影に向かって斬りかかろうと――、




「――お、ごッ!!!?」


 ―――轟音。

 突然、紅き炸裂が俺の腹を中心に巻き起こった。

 それは、紛れもなく炎熱を含んだ衝撃で、それに吹き飛ばされる様に壁に身体を当て、床に転がった。


「ぐ、がァ…ッ」


 何が起きた、と腹を見る。

 ――そこにあったのは、半分に削れた俺の腹そのものだった。抉れるように削り取られたそこには、火傷跡の様なものもあり、先程の衝撃が本当にあった事なのだと確信させる。


 …爆発…!どこかから狙われた!?

 いや、窓は空いていない、寧ろ布で締め切っているから外からこちらは見えない筈…!それをここまで正確に打ち抜けるか!?不可能だ…!


 毒はどうなった!?

 部屋に現れた影は何だ…!

 フュリンはなぜあぁも縮こまっているんだ…


 分からない、分からない、分からない。

 俺の腹を抉り取った爆発は何だ…。一体、何がどうして――。



 分からない、分からない、分からない、分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない…。


『消えろ、忌み子よ』

『死ね、エルフのなり損ないよ』

『息をするな、汚らわしい”外れ”よ』


「ゆめじゃゆめじゃゆめじゃ…」



 どくどく、と床に血が広がる。

 力が出ない。立ち上がれない。血を失いすぎている。

 影たちが何かを言っている。フュリンが何かを呟いている。


 謎が、謎が、謎で。

 半分なくなった腹から、何か臓物が落ちる感覚がして、そうして―――。





 ――あ、しんじゃ

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