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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.2『学都騒乱』
20/33

学都ルビラ

 

「――お願いします!”奈落の英雄”――!我らを救って欲しいのです!」


 眼前で頭を下げる少年を、俺は苦い顔で見つめた。

 テーブルの上の料理は刻一刻と湯気が立ち昇り、今も尚冷め続けている。ぎゅうと薄らと汗をかいた拳を握り込む。


 一体どうしてこうなったのだろうか。

 俺の隣でノノがスープを掬い、口に運んだ。ごくり、と喉を鳴らしたその音がどこか運命的な何かを告げている様に感じた――。


 ◇◆◇


「ノノ、俺達がいつか行くべき場所は多々ある」


 俺は鞄の中の地図を取り出し、それを覗き込んだノノにも分かる様にぴっと指を差し、幾つか有名所を教える。


 ―――そう、進むべき道程は幾らかあるのだ。


 子供達が街を半ば支配する”学都ルビラ”。

 紛争と暴虐の坩堝、”反徒国家ママリア”。

 遺物集まる金持ちの道楽街、”娯楽のパルダ”。

 最も栄える全ての中心にして、教会総本山”ゴディス王都”。

 迷宮協会本部と、探索者の為の場所”迷宮街”。



 それら五つは、必ず一度は見ておくべき場所だ。

 勿論、それ以外にも見るべき街や国は幾つもあるし、何も今すぐにその全てに行くというのは余りにも危険な場所がある。


 ”反徒国家ママリア”は今行けば一瞬で死んでしまうだろうし、”娯楽のパルダ”も拉致されてオークションに出されるがいい方だ。”ゴディス王都”はここから遠すぎるし、”迷宮街”も同様の理由で少々難しいと言わざるを得ない。


 その結果、その内の一つ…最も近い”学都ルビラ”へと進むことを決めた。

 幾つか無名の街に寄ったりしていると、お嬢が貸し切り分として支払っていた金分の距離を満了したらしく、御者が「追加で学都まで行かれますか?」と俺達に聞いた。


 しかし、幸い学都ルビラは既に相当近くまで来ている。

 俺はそれを断り、お礼に幾らか金を渡して御者と別れた。かなりの長旅を共に過ごした為、多少仲良くなっていたから寂しさを感じる。


「地道に二人旅だ」

「うん」


 宿屋で一泊し、明日の朝から進み始める為の計画を立てる。


「いいか、ノノ。恐らく朝から夕方までペースが保てりゃ四日程度で着くだろう。だが、俺達が子供って事を考慮すりゃ五日が妥当だ」

「うーん?分かった」


 分かってねぇな、と思ったがそれは後々教えればいい。

 俺とノノは節約の為に一部屋しか取らなかった。というよりも一応は二部屋取るかとノノに聞いたが、「一つでいい」と奴が言った為、それならと一部屋にしたのだ。


「ねぇ、ライ君…まだヒリヒリする」

「あぁ?」


 俺がノノの方を向くと、そこには服をめくってこちらにお腹を見せるノノの姿があった。


「…お前なぁ、あんましそういう事すんなや」


 はぁ、と溜息をつきながらノノのお腹を見る。

 そこには小さな渦巻の様な印があった。ふむ、…しっかり出来てんな。薄くなったりもしてないし、完璧だ。


「〈遺失烙印(スタンプ)〉痛い」

「そういうもんだ」


 ―――〈遺失烙印(スタンプ)〉。

 身体に捺すことで発動する永続発動の遺物だ。ノノのそれは”聴覚強化”のものであり、本人曰く「ちょっと聞こえ易い…?」程度らしい。しかし、一度捺してしまえばあとは勝手に発動するのだから、なんて素晴らしい遺物だろうか。正に”希望の切符”と呼ばれるに相応しいものだ。


「…ライ君って遺失烙印(スタンプ)信者…?」


 ぼそりと呟いたノノが、お腹を隠して俺をじろりと見る。

 単純に遺物の使い易さの話だ。勿論、俺の持つ〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉や〈幾刃(いくじん)(かばん)〉だって使い易い部類ではある。だが、烙印型の様に一度使用するだけで効果を発揮し続けるというのは余りにも汎用性があるという話だ。


 ぺらぺらと口を回してその有用性を伝えるも、ノノははいはいと適当な相槌を打ってベッドに寝転がってしまった。

 俺は、はぁと溜息をつき、これからの旅に備えて食料の買い込みに出掛けた。そうして、一日は過ぎていく。




 ――朝、重い瞼を水でこじ開け、ノノを起こして支度を始める。

 大体、ノノは起きてすぐには動かない。奈落都市ヘルベルにいた頃は、お嬢が世話焼きだったこともあり、起床直後のあれこれをやって貰っていたらしいが、今はそう言う訳にもいかない。


 干し肉を齧りながら、準備を進めているとノノはようやくむくりと起き上がり、のそのそと準備を始めた。


 結局、俺が旅支度を終わらせて二十分が経った頃に、ようやくノノの支度が終わり、俺達は街から出るのだった。





 四日程の旅路はさほど苦難もなく、するすると進んだ。

 強いて言えば、魔物に襲われていた少女を助け、その少女の住む村に一泊した程度だ。それ以外の何かは無く、無事に予定通り”学都ルビラ”に到着した。


 しかし、”学都ルビラ”の面倒臭いところはここからだ。


「覚悟しろよ、ノノ」

「?」


 学都ルビラは、実技・魔法・その他学問の成績が優秀かつ、大勢を導く素質のある子供が半ば支配権を握る街だ。

 子供が支配権を握り始めた歴史は非常に浅く、一人の生徒会長からそれは始まったと言われている。


 俺も書籍でしか確認した事は無いが、その生徒会長が武力行使により腐り切ったお上を引きずり下ろし、当時に続く基盤を作り出したらしい。

 なんとも危なっかしいというか、それだけ生徒会長が優秀だったのだろう。


 それ故に、学都ルビラは子供達を学ばせる場として素晴らしい環境を提供する場所となった。しかし、その代償も勿論ある。それが、


「一時間にも及ぶ質疑応答…」


 学都ルビラは、子供たちが輝かしい未来を掴む場所だ。

 その為、学都の中は弱い子供たちが闊歩する…、治安の悪い街で言えば高く売れる金の卵が一人で出歩いているようなものだ。それらを保護するための質疑応答…、悪人を学都に入れない為の法だ。


 嘘を見抜く()()遺物、〈見通(みとお)(にわとり)〉により、入国者が悪事を犯す、もしくは加担しないかの秤に掛ける。

 そうして長時間の拘束を得て、問題が無ければようやく学都ルビラの中に入れるのだ。


 俺はげっそりと今から始まるであろうその質疑応答に辟易する。


 …あれは地獄だった。

 同じ質問を、趣旨と言葉を変えて再度質問する。それに間違うのもアウトだ。数回ミスればもうその時点で入国を禁じられる。酷い法だ。だが、子供を守るため、と言われてしまえばこちらもとやかく言い辛い。


 門番を通り過ぎ、受付に入る。

 ここで部屋を指定され、そこに行くと質疑応答が始まった筈だ。


 あぁ、嫌だ…あれ本当に面倒臭いし、疲れるんだよなぁ…。

 今は子供なんだし、やんなくていいとかないだろうか。ある訳ないか…。

 受付が部屋を指定するべく、口を開く。部屋はどこだろうか。というより部屋に続く扉はどこだろうか?記憶の中にあった筈の扉が、今見るとどこにもないのだが…。


「はい、お名前はライさん。職業は探索者…、……はい、以下項目問題ありません。お連れ方のノノさんも問題ありません。入国料をお支払いください。ようこそ、”学都ルビラ”へ」


「……ぇ?」


 質疑応答が、無い?

 俺は呆けた様にその場に固まる。何故、どうして?


 固まる俺を横目にノノが、俺の分の入国料までをずいと出し、固まった俺を引っ張ってルビラの中に入っていく。

 トンネルの様な受付を抜けると、眩しい太陽が俺とノノを差す。


 小奇麗な街並みに、本や鞄を持って歩く多くの子供―――、大人より余程子供の数の方が多く見えた。そこは間違いなく学都ルビラに違いなかった。


「ライ君、大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫…だ」


ノノの心配そうな声に、適当に答える。

何故、どうして、と幾つかの推測は浮かんでは消えていく。しかし、その中で最もありえるのは――、


「…まだ、基盤が出来ていない?」


 呟いた可能性の一つ――。


 嫌な予感が背筋を伝う。

 そう、そうだ。俺が当時この都市を訪れたのは今よりずっとずっと後の話…それならば…。


これは推測に過ぎない。

ノノに引っ張られ、学都の街中を進んでいく。店の殆どは大人が仕切っている。これは前の世界もそうだった。しかし――、



 この()()…本当に俺の知る学都ルビラなのか…?



 俺は、そう思わざるを得なかった。

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