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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
19/33

迷宮の代償

「なんかすげぇ視線感じねぇか…?」

「?」


 量と安さに定評のある芽吹き亭でノノの分も考慮し、多めに注文する。

 幸い、ノノがどうにか遺物を持ち帰ってきてくれたことにより、後でお嬢から遺物とは別に報酬金が俺達に支払われる。その為、多少使いすぎても懐は痛くも痒くも無いのだ。

 まぁ、それはノノだけの話であり、ノノは俺の鞄こそ持ち帰ってくれたが、ナイフなどは結局紛失してしまった。その為、俺はナイフ代やその他紛失した物品の事も考えると湯水の如くとは到底言えなかった。



 …脱線したが話を戻すと、どこか熱視線にも似た何かを感じざるを得ないという話だ。

 ノノは俺の疑問に小首を傾げて、届いた料理を口に詰め込んだ。湯気がもくもくと上がる如何にも熱そうなそれらを一切の躊躇なく口に運んでいくノノを前に、俺は「怪物…」と小さく呟いた。


 口ん中ぼろぼろになんないのかよ、と考えながら自分の前に運ばれてきたスープをスプーンで掬う。そして、それを口に運ぼうと大口を開けた時――、


「あ、あのっ!」

「……ふぁ、はい?」


 大口を開けたまま喋りそうになり、咄嗟に口をすぼめて返事をする。

 こちらに話しかけてきたのは、腰に剣を携えた青年だった。青年は胸に手を置き、すーはーと何度か息を吸い込んでは吐き、覚悟でも決まった様にキッと表情を鋭くさせ、


「あ、そのぉ……。…い、いい天気ですよねッ!」

「ぇ、あ、あぁ、はい。そうですね…?」

「そ、それじゃあ…」


 青年は、それだけ言って俺の傍から去ってしまう。

 青年は自分のテーブルまで戻ると、仲間と思わしき数人にガツンと頭を叩かれていた。青年はそれを受けて「違うんだ…」と言い、何か弁明をしている様に見えた。


 なんだありゃ…?

 新手の絡みか?こんなの流行っていたか?俺は前の世界の事を思い出そうとするが、前の世界の今頃は死ぬ気で初心者迷宮に潜っていた頃だ。そんな事気にしている余裕は無かった。


 まぁいいか。

 スープを口に含み、喉に通す。そして、目が覚めてからずっと気になっていたとある事を聞く。


「なぁ、ノノ。――お前、どうやって俺を見つけたんだ?」


「……気配?」


 気配…って、いやこいつが嘘を言うはずもねぇ。

 だが、俺は歪曲植物(ワープラント)に囚われて、忽然と姿を消したはずだ。それなのに気配を探して俺を見つけ出した…?

 こいつ、想像よりもよほど化け物だぞ…。


 パクパクと運ばれてくる料理をどんどんと空にしていくノノを前に、そう思わざるを得なかった。





「大丈夫?」

「お前が支えてくれるお陰でな」


 俺の腕を掴み、こちらを身体を支えてくれるノノは酷く心配とでも言う様にじろじろと俺の身体を凝視した。

 いや、確かに包帯ぐるぐる巻きの部分もあるけどさ、これでもマシな方なんだぜ?それにお前が無意識で治癒の魔法掛けたっぽいし…、なんて言える筈もない。


 治癒の魔法はノノの根幹ともいえる魔法だ。

 このくらいは自分で気付いて貰わなくてはならない。

 ナイフを無くしてしまったから見たい、とノノに告げ、露店や鍛冶屋を回る。甲斐甲斐しくこちらの世話を焼こうとするノノ、そこにいつもの面倒臭がり屋の姿は無く、なんだか居心地が悪くなる。

 正直、いつも通りにしていて欲しいと思うが、こいつにもきっと思う所があるのだろう。それに、こいつがいろいろ動いてくれるお陰で楽なのも事実だ。ここは素直に厚意に甘えさせてもらう。


 残念ながら良いナイフは見つからず、どれも粗悪品だったり、不相応に値段が高かったりとまちまちだ。


「しょうがねぇ。迷宮協会の規格品買うしかねぇな」


 迷宮協会の規格品は、一言でいえば安定性の塊だ。

 規則に乗っ取って作られている為、粗悪品を掴まされることはほぼ無く、もしもあったとしても直ぐに新しいものと取り換えてくれる。


 困ったら規格品にしとけ、と前の世界でもよく聞いた言葉だ。


「結構遠いよ…?迷宮協会…」


 ノノが至極不安そうな視線を俺の身体に向ける。

 お前はどんだけ俺の身体が弱っちいと思ってんだ。流石にそのくらいは大丈夫だわ。

 心配性になっているノノにそう告げ、俺達は歩き出した。芽吹き亭で飯を食べている時からずっと思っていたが、やはりどうしても視線を感じる。


「おい、ノノ。お前何かやらかしたか?」

「――?」

「分からねぇか」


 ならばお手上げだ。

 俺も何かをやらかした記憶はない。俺とノノは迷宮に潜り始めてから出来る限りこそこそと行動してきた。俺が”鼠”なんていう呼ばれ方をしてはいるものの、それだけで済んでいるのだからマシだろう。

 シルヴァ商会のお抱えとバレたら、色々と面倒臭い事になる。お嬢も俺もそれが分かっている。


 だからこそ、この状況は非常によろしくない。

 四方八方から視線を感じる。そして、その殆どの視線は()()()だ。値踏みする様に、興味がある様に、何処か覚えのある視線をこちらに送る。


 そう、()()()()()

 この感じ、俺はこの感覚を覚えている。この視線の数々を確かに覚えているのだ。


「…なるほど」


 隣のノノを見る。

 ノノは、心配そうに俺の足を見ながら、先導する様に進む。迷宮協会まであと十分程度、そこで大体の事情は分かるだろう。

 なにせ、あそこには大量の探索者たちがいるのだから――。


 ◇◆◇


 扉を開け、迷宮協会の中へと入る。

「大丈夫?」とノノが心配そうに俺に問いかけ、過保護かと呟く。そして、やはりと言うべきか俺達が喋ると同時にこちらに気付いたの探索者たちの視線がこちらに向く。


 とりあえずとばかりに規格品を販売している受付に向かおうとし、そこで――、


「あ、あのぉ…ライさん、ノノさん…」


 酷く気弱な声で誰かに声を掛けられる。

 勘弁してくれ、これ以上この視線の中で下手な情報ばら撒きたくないぞ、とそんなことを考えながら俺はその声がした方へと振り向く。そこには、


「…あ、ベリルさん」


 ノノの言う通り、そこにいたのはつい先日こちらに依頼をしてきたベリル・ラクロその人だった。

 ベリルさんは猫背を更に丸まらせて居心地悪そうに周囲を見渡し、俺の身体を足から頭まで順番に確認すると、


「ご、ご無事そうで何よりです…。あの時は色々酷かったですしぃ…」

「助けてくれてありがとう、ベリルさん」

「アッ…き、気にしないでくださいぃ…お陰でいいものが書けそうですし…」


 …?あの時?

 ノノのお礼はどういう?これ俺だけ話について行けていない感じか?

 というか、こんな協会の真ん中で話をしているせいでじろじろとこちらを見る視線は更に増えてしまっている。さっさとここから離れ――、


「失礼します。ライ様、ノノ様、並びにベリル様――」


 ベリルさんに加え、更に乱入する様に輪に加わってきたのは、迷宮協会の職員だった。

 彼は、ぴちっとした制服を身に纏い、少しの乱れも無い所作でお辞儀をやめると、


「少々、お時間頂けますでしょうか」


 そう、助け船でも出すかのように俺達に向かってそう囁くのだった。


 ◇◆◇


 通されたのは迷宮協会の二階の一部屋だった。

 ソファに腰掛けて待つように言われ、俺達は言われるがままにそこに座った。すっご、ふわっふわ。


「これ買おう」

「無茶言え」

「幾らするのでしょうか……?」


 ノノがそれの柔らかさに惚れ、どうにか買えないかと四苦八苦している。

 だが、こういう娯楽よりの代物は決まって馬鹿みたいな値段がつく。今の俺達じゃ逆立ちしても届かないだろう。


「申し訳ありません、お待たせいたしました」


 先程の職員が扉を開けて入ってくる。

 そして、向かいの椅子に座るとこちら三人をじっと見た後に少し難しい顔をして、


「まず、状況は理解しておいででしょうか?」


 そう優しくこちらに問いかけた。

 その問いにノノは首を傾げ、ベリルさんはちらと俺の方を見た。


「勿論、分かっていますとも。―――迷宮踏破の影響です」

「年若くありながら聡明で有難い限りです」


 なんとなくは察していた。

 あの視線の数々、余りにも覚えがある。嫉妬と羨望、それに悪意に満ちた幾つかの視線。俺は前の世界であの視線を受けた記憶がある。


 初めての迷宮踏破、その時の記憶は嫌でも蘇る。

 称賛はされるし、噂にもなる。そして、それ以上に悪意に晒されやすくなる。遺物を狙い、襲われることもあった。

 だからこそ、踏破時迷宮から抜け出すときは嫌でもそういう事に気を付けるのだが―――。


「まぁ、仕方ねぇしな」

「?」


 隣に座って未だにソファを触っているノノの頭を撫でる。

 お嬢の話ではこいつは、涙ながらに俺を背負って帰ってきたという。遺物を手に取って、直ぐに迷宮に祈った筈だ、――『直ぐに帰らせろ』と。


 迷宮はそれに答え、人がいるいないに関係なくノノと俺を入り口に飛ばした。そして、



「――突然現れた俺達を、多くの迷宮潜りが目撃した」


「探索者の皆様は入口に突然人が現れる()()を知っています。そして、それが二人の幼い子供となれば、嫌でも話題になってしまうでしょう」


 その結果がコレ。

 探索者の多くが俺達を知り、一躍街の有名人ってか。


「ってかベリルさんが呼ばれた理由何?」


 俺は、あわあわと震えるベリルさんを見る。

 彼女は、俺に問われると元々真っ白な肌を白を通り越して青くさせた。


「ベリル様は、ライ様を運ぶノノ様の手伝いをしていた為、少々話題に上がっている程度です」


 なるほど、先程のノノとベリルさんの会話の意味がやっと分かった。

 偶然か何かで居合わせたベリルさんが、負傷した俺を背負ったノノの助けになった故のあの会話か。


「さらに幾つかの問題があり――」

「そこからは私が話すわ!」


 職員の言葉を遮る様に、奥の扉がバン!と大きな音を立てて開かれる。

 そこにいたのは、金の髪を揺らす自信ありげな少女…、俺とノノの雇い主シルだった。


「シル~」

「あ、こら、ノノ!今はそっち座ってなさい!」


 ノノが突然現れたお嬢に抱き着きに行く。

 しかし、お嬢は今は駄目とばかりに俺の隣を指差してノノを元居た場所に戻す。犬かこいつ。


 それにしても、お嬢まで出張ってくるとは思わなかった。

 遺物関係で今は色々と忙しいと思っていたんだが、それを越すほどの事があるのか?俺は真剣な表情を浮かべるお嬢の次なる一言を待つ。


「まず、シルヴァ商会は街の商人、探索者に無視をされている状態だわ」


 知っているとも。

 それらを解消すべく、俺やノノは動いているのだ。商人共が無視できない遺物が多く転がり込めば、シルヴァ商会を商人たちは無視できなくなり、嫌々無視している探索者たちも次第に足を運び始める。

 だからこそ、俺達は迷宮に潜り遺物を漁るのだ。


 ノノは違うが、俺はそうやって命を救われた恩義を返そうとして――、


「その冷戦染みた状況が、つい一日前に解かれたわ」

「―――ぁ?」


 なんだ?つまり、商人共は既にシルヴァ商会を無視できなくなった?何故?


「まず一つ、ライとノノがうちのお抱えという事がバレた点」


 ――これは薄々そうなのだろうと感じていた。

 しかし、つまり俺とノノが迷宮を攻略したことが広まったから解けた?いや、それだけで解かれる筈がない。それだけで解けるなら、どれほど簡単な話なのだ。


 ありえない、といった顔をした俺に、お嬢がこくりと頷く。


「次に、ライとノノ、二人がこの奈落都市の一時限(いっときかぎ)りではあるものの英雄と化してしまった点」

「…えい、ゆう?」

「えぇ、ライ。貴方が寝ている二日間、本当に色々あったのよ」


 お嬢は俺にそう言うと、ノノに幾つか質問してそれらを補強しながら俺に説明をし始めた。

 お嬢の説明はこうだ。



 俺とノノの迷宮踏破がバレる。

 その後、ノノは迷宮協会に呼ばれ、それが真実かと踏破方法の確認。その説明の中で、”歪みの森林”の魔物がいた事実を協会側が知る。


 ノノの靴裏についていた蔦の繊維などを遺物〈解析人形〉に確認し、それが樹巨人のものであることを確定させる。

 そこで()()()、その解析結果が漏れてしまう。その結果、樹巨人を討伐した英雄として俺とノノが祭り上げられた。


 そして、英雄が所属している商会を無視していると余りにも体裁がよろしくない商人達は即座にそれを解き、あたかも今までもそんなことしていなかった風に立ち回っている、と。



「わぁ…」


 想像以上の地獄絵図…というか目まぐるしすぎる。

 それに解析結果が漏れるという異常事態も途中で発生しているようだし、本当に大丈夫かこれ。



「――そういうことだから、貴方達は暫くこの街から離れなさい。寧ろ、もうこの街の迷宮は踏破しちゃったんだから色々な場所を巡るべきね」


 一理はある。

 下手な悪意に晒される前にこの街を出た方が良いというのは賛成だ。

 俺は仕方なしとお嬢の言葉を呑んだ。ノノは寂しそうにお嬢の事を見ていたが、こくりと頷いて俺の服の裾を摘まんだ。


「そう直ぐ出る訳じゃねぇんだ。安心しろ」


 色々と準備もある。

 何処に行くかも考えないといけないし、旅と言うのは想像するよりそれほど自由じゃない。


「えぇ、そうよ。それに私は商人達を許しちゃいないわ。損した分はきっちりぶんどってやるもの」


 お嬢がノノの頭を撫でる。

 迷宮協会の職員は、申し訳ないとこちらに謝罪を繰り返し、ベリルさんは上質な紙が使われていそうなメモ帳の様な物にがりがりと何かを書いていた。ありゃ後で検閲入るな。


 とりあえずと俺達は職員の案内に従って、迷宮協会の裏口から外に出て、そそくさと裏路地から別の通りに止めてあるアルバが待っているらしい馬車に乗り込んだ。

 ベリルさんを彼女の自宅に送り届け、俺達も帰路を辿る。



 そこから約一週間ほど経った頃、左腕はまだ完治せずとも、右足はほぼほぼ治り切った為、俺とノノは装備を整え、奈落都市ヘルベルから離れる事になった。


「良い?要らない遺物があったら飛竜便とかでこっちに送りなさい。報酬に色付けて送り返してあげる」

「分かってるって」

「任せて」


 どうせ一時の噂話が過ぎ去るまでだ。

 幾つかの街に寄る事になるだろうから、暫くは帰れないだろうがそれでも最後にはここに帰ってくることになるだろう。その時が、俺とお嬢の関係の終わりを示している。


 お嬢が俺に送ってくれたナイフを鞘に仕舞い、腰につける。

 ノノはお嬢とアルバに何度も抱き着いては離れ、再び抱き着いては離れを繰り返していた。


「それじゃ、気を付けてね…!」

「ご無事をお嬢様と祈っております」


 俺とノノは、お嬢が貸し切りにしてくれた馬車に乗り込む。

 馬の嘶きが響くと、ゆっくりと馬車が動き始める。ノノが顔を出して、お嬢とアルバに手を振る。俺も少しだけ顔を見せて手を振った。


 遠くなっていくお嬢の瞳がふと煌めいた。

 最後の最後まで、いつも通りを演じやがって…。俺はばっと身を乗り出すと大声で――。


「またなぁ!シルー!アルバ―!」

「っ、ばいばーい!」


 大きく手を振り、再会を願う。

 ノノもそれを真似する様に珍しく大きな声を上げた。遠く、遠く、二人が小さくなっていく。


 俺とノノは、ただその光景を見つめ続けるのだった―――。

【Tips】迷宮踏破の送還について

迷宮踏破はバレるリスクが大きい。

その為、踏破時に自分の足で戻るか入口付近に送還されるかを選択できる。

入口付近に送還といっても、ある程度の意志は反映でき、『人がいないところ』と指定すれば、入口付近の人がいない場所に送還され、迷宮踏破がバレずに抜け出すこともできる。

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