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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
18/33

リザルト

 

「―――」


 それは、見覚えのある天井だった。

 奈落都市ヘルベルに来て、一か月以上見続けてきた見慣れた天井、詰まる所俺の部屋と言うやつだ。左腕に力を入れ、起き上がろうとする。しかし、びきりと激痛が走り、声にならない声が口から漏れ出る。


 突然の激痛に混乱し、左腕を見るとそこには包帯でぐるぐる巻きにされた腕があった。――あぁ、そうだ。俺は樹巨人と戦って、最後の最後でノノが現れて、それで…、


「すぅ…すぅ…」


 記憶の奥を辿る中、ふと誰かの寝息が部屋の中に響いているのに気付いた。

 ベッドの横を見ると椅子に座り、俺の寝転んだベッドを枕代わりに寝息を立てるノノの姿があった。

 …そうだ、俺は、こいつに助けられた。

 最後の最後で、結局俺は勝てなかった。どこまで行っても俺はどうしようもないな。いつまで仲間に頼るんだよ。


 もぞもぞと足を動かし、ノノが起きない様にベッドから出る。

 右足に体重を掛けると痛みが走るが、左足に体重を掛ければ動けないというほどではない。


 窓の外を見れば、昼頃のようで太陽が真上に見えた。

 ぎぃ、と軋む音を出来る限り抑え、ノノを起こさぬように扉を開く。そして、すぐ隣の扉をコンコンとノックした。


「はーい」

「お嬢、俺だ」

「あ、ライ?起きたのね!」


 お嬢は大きな音を立てて扉を開け、驚きと安心が入り混じったような表情を浮かべた。


「とりあえず入りなさい。貴方も色々知りたいでしょう」

「助かる」


 扉を抑えて、お嬢が俺を部屋に通す。

 俺はどこに座るものか、と適当にキョロキョロと見渡すと、「あまり乙女の部屋を見回さない」と注意をされ、適当な椅子に腰を掛けた。


 お嬢は、壁際の棚や金庫がある近くの椅子に座り、俺の現状について話し始めた。


「まずライ、貴方結構酷い傷だったのよ?二日は寝ていたんだから」


 傷については誰よりも知っているとも。

 左腕は変色し、曲がってはいけない方向に曲がっていた。

 右耳は何も聞こえず、右足は落下により負傷。折れてはいなかっただろうが、動けないくらいには酷かった。


 だが、今は左腕は痛いが動くし、右耳も正常に聞こえる。

 右足だって、体重さえ掛けなければ普通に生活できそうなほどだ。余程良い医者、もしくは治癒魔法を掛けられたに違いない。


 有難いと同時に、申し訳ないとそう感じて、


「骨折とかはしていなかったけど、衰弱加減が尋常なかったんだから」

「…あ?」


 ――骨折、していなかった?

 そんな訳あるか。左腕、そう左腕は、間違いなく折れていた。寧ろ骨が見えていたくらいだ。あれで折れていないならば、骨折とは如何様なものなのか。

 そう、口にしようとして、はっと一つの答えに収束する。


 ――ノノだ。

 奴の治癒の魔法だ。もしもそうなら、辻褄が合う。ならば、とその憶測を補強するための情報をお嬢から引き出す。


「なぁ、お嬢。俺、どうやって助かったんだ?」

「それも覚えてないの?ノノよ、ノノが貴方をおぶって泣きながら帰って来たんだから」


 …確定だ。

 あいつ、故意か無意識か、またしても治癒の魔法を使いやがった。俺を助けたあの一瞬の斬撃もそうだ。あれは既に子供の域を優に超えている。


「危機的状況下での覚醒…」


 間違いなく、ノノの力はそれによって増大する。

 地力が何倍にも膨れ上がり、自分でも気付いていない能力がその状況を打破しようと覚醒する。なんつーインチキ…!


「あの子、やっぱりピンチに凄く強いわよね…」


 お嬢が遠い目をして俺の言葉に追従する様に呟いた。

 あんたはこれを見越してノノを雇ったんだろ、と口から出そうになる。しかし、雇い雇われの仲にそう易々と踏み入れるのも無遠慮というやつだろう。


「話を戻しましょうか」


 お嬢は、俺の方に向き直ると再び舌を回し始めた。


「ライ、貴方は医師によって治療が施され、今の姿になったわ。包帯は暫くすれば取れるらしいし、安静にしなさい」


 自分の身体を見れば、ぐるぐると巻かれた包帯は緩みなくぴっちりと施されていることが分かる。

 流石は医師、前の世界ではお目にすらかかったことがない。大体を治癒魔法か、自分で処置していたし、金も馬鹿にならないからな。


 だが、こうして見れば前の俺はかなり粗末な処置をしていたのだな、と実感する。


「――次に”遺物”」


「遺物?」

「えぇ、貴方達、迷宮を踏破したのよ!その踏破報酬の三つに、ノノが途中で拾った一つ、合わせて四つ。ノノが貴方の鞄に入れて持ち帰ってきたわ」

「四つも…」


 お嬢は金庫に鍵を差し、四つの物品を取り出した。

 一つずつ、机に置かれていくそれらは、やはりどこか異質な雰囲気を持っていた。そして、その内の一つ、酷く懐かしい()()はこちらを魅入る様に存在感を放っていた。


「〈遺失烙印(スタンプ)〉…」

「あら、知っているの?それは”聴覚強化”の烙印よ」


 ―――〈遺失烙印(スタンプ)〉。

 使い切りの身体強化系遺物、またの名を”希望の切符”。

 身体に捺し込むことで烙印が押され、該当部位が強化される。一度捺してしまえば永続で効果を発揮するため、需要が絶えない遺物の象徴の一つだ。


「しかも小さいし、当たりじゃねぇか」


 〈遺失烙印(スタンプ)〉は他の烙印が捺されている場所に重ねて捺すことはできない。その為、小さければ小さい程、その価値は上がるのだ。小さいからと言って能力の上昇幅に差がある事は無く、どれほど大きくても小さくても、物品ごとに上昇幅は(ランダム)だ。


「あとは適当に説明しちゃうと…」


 お嬢は、数枚の上質な紙を取り出し、それを見ながら一つ一つの遺物を指差して説明をし始めた。



 〈魔法の小瓶(ボトル)

 等級:普遍

 中身の時間が停止する小瓶。


 〈幾刃(いくじん)(かばん)

 等級:普遍

 刃物だけを入れられる小さな鞄。

 内容量は0.5m×0.5mの立方体の空間ほど。


 〈()えぬ灯火(ともしび)

 等級:芸術

 決して消えない燭台(しょくだい)蝋燭(ろうそく)

 炎を見た者の心を落ち着かせ、希望を齎す効果を持つ。



「芸術…!?」

「私もアルバから解析人形の結果受け取ってびっくりよ」


 俺やノノですら踏破できる地下迷宮、そこから芸術等級が出るとは驚きだ。

 だが、その地下迷宮に歪みの森林固有の魔物や植物がいた事も、また謎多き事態だ。何故、あれらが存在してしまったのか、元より俺が知らなかっただけか?そんなはずはないと(かぶり)を振る。


「ライ、貴方はここから一つ、好きな遺物を選んでいいわよ」

「…ぁ?いいのか?遺物を納めるのが契約じゃ…」

「流石に報酬なしって酷い話でしょ?」


 お嬢は、「優しいでしょ?」と片目を閉じながら笑う。

 正直、衣食住を提供してくれているだけで十分すぎると思っているのだが、こうなった彼女はてこでも動かないとここ暫くの生活で気付かされている。

 俺は素直に遺物を受け取る事にし、四つを見る。正直、ほぼ欲しいのは決まっている。だが、まずは


「なぁ、お嬢。ノノにも一つ遺物選ばせるんだよな?」

「えぇ、そうね」

「それなら、この〈遺失烙印(スタンプ)〉、あいつが気にしないようならあげてやってくれないか?」

「――?分かったわ?まぁ、あの子も女の子だから嫌がったら諦めなさいね」


 ――聴覚強化の遺失烙印(スタンプ)

 俺は欲しくない、と言ったら嘘になる。烙印なんて幾らあっても足りないし、過去の俺だって常識の範疇ではあるが、かなりの量使っていた。ノノが使わなそうなら、俺が代わりに使わせて欲しいが、ああいう有用な遺物は俺なんかよりノノの方がよほど上手に使うに決まっている。それならば、と――、


「俺はこの〈幾刃(いくじん)(かばん)〉で」

「えぇえぇ!そうね!それが良いわ!」


 不思議な素材で出来た小さな鞄を手に取ると、お嬢は露骨に嬉しそうに頷いた。

 …こいつ、絶対”芸術”等級の〈()えぬ灯火(ともしび)〉欲しかっただろ。まぁ、こんな効果してりゃ欲しがる手は数多だろうしな。


「遺物、ありがとな」

「こっちの台詞ね」


 〈幾刃(いくじん)(かばん)〉を持ち、俺は一旦自分の部屋に戻る。

 相変わらず「すぅ…すぅ…」と寝息を立て、起きる気配の無いノノが視界に映る。手に持った遺物を机に置き、ノノの横に立つ。


「ふぅ」


 息を吐き、痛む左腕に活を入れる。

 そして、起こさない様に慎重にノノの足と背中に手を回し、ベッドの上へ移そうとする。


 ぐ、ぐがががが…!

 想像以上の激痛が足と腕に走り、ノノを取り落としそうになる。しかし、間一髪のところで堪え、どうにかベッドにノノの身体を持っていこうとし、



 ―――ばちり、と。

 その髪の色よりほんの少しだけ濃い色をした桃色の瞳と、俺の濁った瞳の視線がぶつかり、


「――ライ君っ!」

「ぐ、ぶぇ」


 その瞬間、ノノがこちら目掛けて抱き着き、俺の身体はその衝撃に耐えられる筈もなく、ドスンと後ろに倒れ込んだ。

 じんじんと包帯が巻かれた様々な場所が痛む。しかし、それすら今は気にしていられない程、俺の腹上に乗ったノノの瞳からは大粒の涙が零れ始めた。


「わ、私…、ライ君が死んじゃうと思って…!」

「…殺すな」


 そしてどいて欲しい。

 今正に、貴女の体重が俺の命をすり減らしているのです。

 しかし、俺の胸にどすんと頭突きをして、しくしくと本格的な泣き方をし始めたノノを前に、そんな事を言える筈もなく、数十秒後にノノの大泣きで事態に気付いたお嬢が俺を救出するまで、仕方なしと奴の頭を撫で続けるのだった。


 ◇◆◇


「おい、ノノ。腹減ったから何か外に食いに行こうぜ」

「――…うん」


 しくしくと泣きべそをかくノノは、俺の傍から離れようとしない。

 ならば、せめて泣き止んでくれないとこちらもなんだか申し訳ない気分になってくる。俺は、痛む身体を持ち上げ、目を腫らす奴に手を差し出す。


 すると、ノノはごしごしと涙を拭き、ほんの少しだけ嬉しそうに俺の手を取った。


「あ、俺怪我してるから丁重に…」


 ノノの手を握り、出来る限り右足に体重を掛けない様に階段を下りる。

 クソ…痛い、ガキの身体ってのはどうしてこうも敏感なんだ…!痛みに慣れる為にポーションは使いたくねぇ。


 アルバさんに俺が目覚めたことを喜ばれながら、俺とノノはシルヴァ商会の裏口から外に出た。

 それから数十分が経った頃、シルが焦る様に階段をトントンと降りてくる。そして、


「アルバ!あの子達、外行っちゃったの!?」

「えぇ、つい十五分ほど前にお出かけになられました」


 アルバが笑みを携えてそう言うと、シルは「あちゃー」と頭を抱えて空を仰いだ。そして、



「話題沸騰中の二人が揃って外出しちゃって、どうすんのよ!」



 そう、天井に向かってシルは叫ぶのだった――。

【Tip】遺失烙印スタンプ

使い切りの身体強化遺物。

一度使うと効果が消失し、遺物としての効力を失う。

また、捺しても透明な烙印も時折存在する。

烙印の大きさによって上昇値が比例するわけではないと言われている。(諸説あり)


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