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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
15/33

不測の迷宮

 

「…ライ君、何日くらい掛かる?」

「さぁな、こういう洞窟型の地下迷宮は規模がデカいし、運が良けりゃ三日四日で踏破できるだろうよ」

「ながぁい…」


 重苦しい鞄を掛けた俺に、ノノが文句を垂れる。


 ―――地下迷宮の攻略。

 俺とノノは、既にそれを為せる程度には実力がついている筈だ。ならば、こんなところで燻っておらず、さっさと色々な迷宮を回った方がいい。

 だからこそ、俺は”迷宮の早期踏破(クリア)”を目指すことにした。一か月と少しではあるが、潜り続けた成果として、地下迷宮の(おおよ)その具合と魔物は把握した。

 現状の俺とノノの実力であれば、踏破は可能だと判断した。


 勿論、不安がないと言えば嘘になる。

 まず、荷物の重量。運搬屋(サポーター)を雇っていない為、それほど多くは持ち込めない。それこそ、内容量増加系の遺物(かばん)や魔法があれば話は別だが、無い物ねだりをしても仕方がない。


 次に、食糧。

 ノノの大喰らいも不安要素だが、食糧自体を多くを持ち込めない為、迷宮内での自給自足をある程度強いられる。そこがどう転ぶかは何とも言えない。


「昔の俺が聞いたら発狂しちまうような無計画さだ…」


 それほどまでに、準備できることが少ない。

 あの時持っていた便利な遺物は無い。この身一つでどうにかしなくては。


「準備は良いか?」

「…うん」


 ノノが不安そうに俺の鞄の端っこを摘まむ。

 さて、まずはお嬢への恩一つ、返せると良いんだが…。


 ◇◆◇


 地下迷宮の洞窟は、至る場所に光る苔や鉱石がある為、ランタンなどを持たずとも視界を確保することができる。


「迷宮って言われなかったらただの広い洞窟にしか見えねぇな」


 ちょろちょろとどこからか流れてくる水が足裏を濡らす。

 洞窟は開けている場所が非常に多く、一本道の通路なんて言うのは中々ない。それ故に、開けている場所から無数に穴が続き、何処が奥へ繋がるのか虱潰しで進む必要がある。


「行き止まりだ」

「…撤収」


 ノノが進んできた道を指差し、こくりと頷く。

 隠し通路がないかを軽く確認し、直ぐにノノに追いつく。地道な作業だな、こりゃ。天然の洞窟から迷宮となったか、迷宮としてこの洞窟が生まれたのかは定かではないが、この地下迷宮は複雑を極めると言ってもいい。


 上下左右の穴の内、奥に続く道を探し当てるのは中々疲れる。

 正解が一つという訳ではないだろうが、長々と歩かされたのに行き止まりだったときはどうしても溜息が出ざるを得ない。


「…!鉱石兎が二羽いた。今日と明日の飯だ」

「おにくだー」


 鞄を置き、ナイフを握る。

 勢い良く地を蹴り、飛び回る鉱石兎の耳の一つを叩き斬る。


「キィッ!?」

「許してくれよ」


 鉱石兎の攻撃方法は耳だ。

 耳さえ斬ってしまえば、そこらにいるただの兎と何ら変わりない。

 片耳を突如根元から斬られた鉱石兎は、混乱と共に残った耳を肥大化させ、こちらを殴りつけようとする。

 余裕をもってそれを後ろに跳躍することで回避し、そのまま壁を蹴って加速する。


 肥大化したもう一方の片耳も叩き斬ると、その耳は兎から切り離された途端、勢い良く萎んでいった。両耳が無くなり、攻撃手段を失った鉱石兎をさっくり殺し、首を切って血を流す。上手く血ぃ抜けると良いが…。

 ナイフについた血を拭い、金属音が響く背後を振り向く。

 そこには、丁度剣で鉱石兎の両耳をするりと斬りつけ、そのまま流れる様に止めを刺すノノの姿があった。


「耳硬い…」

「先の方は鉱石並みって教えたろ」


「うぇ…」と息絶えた鉱石兎を当たり前のようにこちらに渡してくるところ、ノノ(こいつ)の俺に対する適当さが垣間見えた気がする。

 だが、ノノに持たせておけばどこに落とすか分かったものじゃない。俺は諦めてそれを受け取る。鞄を再び肩に掛け、兎を紐で吊るす。


「もう少し進んだら、今日は休むぞ」


 空が見えない為、時間の把握はできない。

 しかし、先程からノノの腹から「ぐぅ…」と言う何かを求めるような音がずっと聞こえてくる為、機嫌を取るといった要素も兼ね備えての休憩だ。


「ライ君、私今日作るよ」


 トントン、と俺の肩を叩いたノノは自信ありげに無い胸を張った。


 お前がぁ…?

 俺は声には出さずとも、そう思わずにはいられなかった。苦々しく曇る俺の表情に気付いたのか、ノノは無表情のまま、口だけにこりと歪ませて、


「私、アルバの作ってるとこ見てた」


 それだけの理由で…?

 俺は「ベリルさんのも」と付け加える様に呟いたノノを呆然と見つめるのだった…。




「ぐつぐつ…」


 洞窟に自生する茸などを適当に採取してノノに渡すと、奴はそれをぽいと捨てた。…こいつ、ここに来て選り好みしやがるのかよ…。捨てられた茸を拾い、簡単な下処理をするとノノが見ていない一瞬の隙を見て、それを鍋に入れた。


 はぁ、今日は仕方ねぇ…。

 奴の料理を止めたい気持ちもあったが、これも勉強代だ…俺となによりノノ自身の。それに、流石に食えないものが出来上がる事は無いだろう。

 街の食事を思い出し、悲しみに暮れる。せめて干し肉、と考えなくもないが、保存食糧は貴重だ。どれだけマズくでも食えるものがある以上、それを先に食べるべきだ。


 何か、まだ食べられるものがあったりするだろうか。

 俺は幾つかの重い荷物を出して、軽くなった鞄を肩に掛け、周囲を索敵する様に歩き回る。どうせ料理が出来るまではまだ時間がある。食材探しのついでに軽い探索を続ける。


 そうして少し進むと、また広い空間に出た。そしてそこには、



「…ッ!…い、イゴロか!?」

「……んぁ?」


 ――必死の形相で何かを叫ぶ男の姿があった。


「こ、子供…?い、いやそんな事どうでもいい、君…イゴロを…、このくらいの背丈の髭もじゃもじゃな男を見なかったかい!?ドワーフだ!」


 その男は、酷く焦った様子でこちらに向かってそう叫んだ。

 男は自分の胸付近に手を置き、イゴロという人物の背丈や特徴を叫ぶ。しかし、申し訳ない事にこちらはまだ迷宮に潜って一日目、更に偶然ではあるがまだ他の探索者に一人も会っていない。万に一つもそのイゴロと呼ばれる人物とは遭遇していないだろう。


「いや、見ていない!何があった?」

「突然、姿を消したんだ!視界から外した瞬間、大きな音が響いて振り返ったらそこにはもういなかった!」

「いつだ!?」

「正確な時間は分からない!だが五、六時間は経っている…!」


 突然姿を消した…?

 罠か?可能性はある。だが、引っ掛かってしまった以上、既に死んでいる可能性も十分にある。

 ちらと焦った様子の男を見る。

 随分と疲れ切っていると一目見るだけで分かる。失踪してから五、六時間経っていると言っていたが、この感じぶっ通しで探し続けているのか?


「一旦、休むべきだ。こっちに仲間が作っている飯がある。そこで話だけでも――」

「申し出は有難い…!だが一刻を争う今、それに交じる事は出来ない!」


 一理ある。

 だが、精彩を欠いてしまっては見つかるものも見つからなくなってしまう。それに極度の疲労から自分の行動も粗雑になっていくに決まっている。

 男は、切羽詰まった様子で「イゴロを見掛けたら保護してやって欲しい」とこちらに告げながら走り去っていく。


「んん…」


 恐らく止めても無駄だろう、と奥へと走っていく男の背中を視界に映す。

 まぁ、迷宮では多々あることだ。不慮の事故で仲間を亡くすなんてごまんとあるし、俺だってスラム住みの頃から幾度経験したかは覚えちゃいない。


 死んだ仲間は帰ってこない。それこそ、()()を使わない限り。…遺物さえ使えば帰ってくるなんていう甘い考えもするべきではないが。


 走り去っていった男に一抹の不安を覚えながら、俺はノノが待つ拠点へと踵を返した。


 案の定、ノノが作った鍋は美味しくなかったが「これから上手くなる」とノノは鼻息荒く宣言し、鉱石兎の肉ばかり食べていた。茸を食え。






 焚火の前でナイフの手入れをする。

 向かいを見ると、薄い布にくるまった丸い何かが一定のリズムで膨らんでは萎んでいた。珍妙な生物かと勘違いしそうになるが、あれは俺の分の飯も奪っていった強欲な馬鹿(ノノ)だ。

 しかも、いの一番に寝やがったから寝ずの番を俺がする羽目になっている。


 別にダンジョン内であれば、焚火で明かりを確保する必要はない。こちらに近寄ってくる魔物の警戒だけをすればいいのだが、ここは洞窟型の迷宮という事もあり、火を怖がる魔物も多い。一応と言う形で焚火を保持しておくに越したことはない。


 …今日の探索は至極順調だった。

 かなり下層に降りられたし、魔物もやはりそれほど強くない。この調子でいけば三日後には踏破できるだろう。

 ぱちり、と火花が目の前で散る。その瞬間、


「――」


 何かが背後で蠢いた気配がした。

 するりと立ち上がり、ナイフを鞘から抜き切る。鞄の中のランタンを手に取り、魔鉱石を圧縮し火をつける。そして、ゆっくりと音がした方向へと歩みを進める。一歩、もう一歩と気配がした方へと近づいていく。


 影になっている場所にランタンを当て、照らす。

 …罠は見当たらない。魔物もいない。気のせいか…?

 更に数歩進んで、周囲に何もないことを確認する。ノノの寝息も聞こえてくる。大丈夫、気のせいだ。


 ふぅ、と低い姿勢を伸ばす。

 仲間が失踪したらしい男と会ったから色々と過敏になってんのか?良い事だが、息を抜くときは抜かないと駄目だなこりゃ。

 ざくっ、と苔に塗れた地面を踏み締め、ノノが眠る拠点に戻ろうとした、その時――、



「――ん、なッ!!?」


 煌々と光る苔の下から巨大な図体をした口だけの植物が苔を食い破るように突如出現し、俺はその植物にそのまま飲み込まれた。




「―――…ライ君?」


 地面から何かがせり上がる様な音で目覚めたノノはただ一人、誰もいなくなったその場所で一人の少年の名を呼んだ。

【Tips】鉱石兎

洞窟や洞穴、山部に住まう兎。

耳が発達しており、二つの耳で鉱石を掘り出し、ぼりぼりと喰らう。

食べた鉱石は胃袋で魔力に変換され、耳の強化に使用される。

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