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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
14/33

シスターと迷宮潜り

 

「よぉ、お嬢…」

「あら、起きるの早いのね」


 欠伸をしながら、お嬢の書斎に入る。

 お嬢は眠そうな俺を見て、くすりと笑った。


 時間でいえば大体昼頃だろうか?

 早朝から寝た為、まぁ妥当な睡眠時間と言えるのではないだろうか。ガキの身体のせいか、昔よりは随分と睡眠時間を要するのは不便だが、その分回復も早い為、一長一短だろう。


「ノノは?」

「まだ寝てるわよ。この調子だと夜に起きて、『寝れない』って駄々を捏ねるでしょうね」


 お嬢の言葉を聞きながら、書斎から出てノノが寝ているであろう部屋の中をちらと見る。

 お嬢とノノ用のベッドが二つあり、その内の片方が一定のリズムで膨らんでは萎んでいる。よく寝て、よく食う奴だな本当に。


「んん」と身体を伸ばし、自分の部屋に戻る。

 ナイフや安物の木刀を手に取り、「出かけてくる」とお嬢に告げると、トントンと階段を子気味よく降りた。一階の商品が置かれた部屋で座っていたアルバさんに挨拶をしながら、シルヴァ商会の裏口から外に出た。





 ――二時間ほど木刀やナイフの素振りや、〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉の発動限界を探った。

 〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉はやはりその時々の調子や疲労度合いにより発動できる回数はまちまちといった具合だ。今まで何度も使ってきたが、その時々で体力の消費量が違うように感じる。


「出力を安定させられるのが一番なんだがなぁ」


 前の世界であれば、十数回連続で使っても余裕があった。

 それに出力も安定していたように思う。これもやはり、子供故の不安定さなのかと推測する。しかし、その分爆発的に出力が上振れる時もあるし、どうにも難しい。


「とりあえず、腹減ったな」


 荷物を手に取り、腹を抑える。

 何か食べようか、と通りにある食べ物の事を考えながら、とりあえずは汗を流そうと水浴びに向かった。




 さっぱりした身体と精神で、店に入ろうか通りで食おうかと思案する。

 店で食うなら、もう幾つか隣の通りにある『芽吹き亭』が安いし量が多いから良い。しかし、そちらに向かうまでが億劫だ。腹は随分と前から鳴っているし、それなら普通に買い食いするか、と決める。


 俺は、とりあえず串焼きを数本買って、それを口に運びながら次に食べるものを探して歩き出した。

 幸い、奈落都市ヘルベルは迷宮のお陰で大いに賑わう場所だ。俺の様な迷宮潜りはごまんといる為、それら相手に売れる手軽な食べ物はどこにでもある。

 目移りしながら通りを歩く。ベリルさんが作ったスープで強い塩味を覚えてしまったから、出来れば濃い味付けのものが食べたい。高値にゃなるがノノがいない時くらい豪勢にいきたい。


「何食うか…と」


 きょろきょろと周囲を見渡し歩いていると、ふと見覚えのある人影が視界に入る。俺は、その人影に後ろから近づき、


「よぉ、シスター」

「わっ、…ライさん!こんにちはっ、こんな昼間から会うなんて珍しいですね」


 特徴的な白髪を揺らし、少女はこちらへの挨拶を口にした。


 ――シスター・フィア。

 奈落都市の教会で修道女(シスター)見習いをしている少女だ。奈落都市の教会にいる幼い修道女見習いたちのリーダーであり、よく雑務をこなしているところを見掛ける。


「これから帰りか?」

「はい、食料の買い出しが終わったので」


 そう言った彼女は両手で重そうな袋を持ち、その中にはこれでもかと食料が詰め込まれていた。


「丁度暇だったんだよ。駄賃せびりに文字教えに行くから交換しようや」


 俺は、持っていた串焼きをシスターに渡し、その代わり重そうな袋をシスターの両手からするりと取る。シスターは目をぱちくりさせると、すぐに溜息をついて「仕方がない人ですね」と笑った。


 あと一本しか入ってないから、チビ共に羨ましがられない様にさっさとそれ食えよ。

 そう言った俺を、シスターはくすくす笑いながらお礼を述べて、串焼きを口に運ぶのだった。


 ◇◆◇


「良いか、ガキ共。このくるんってなってるところをそのまま伸ばしたらヴァと読んで、しっかり止めたらビだ」

「…むずかしい」

「ね、むずしいよね」

「ライは教えるのへたっぴだね」

「へた~」


 教会に住む修道女見習いの殆どはまだ年端もいかない少女だ。

 シスター・フィアは俺と同じくらいの歳だろうが、他の見習いはまだそれほど大きくない。俺だって、恐らくは九歳かそこらだ。正確な年齢は知らねぇし、誕生日も覚えちゃいないが。


「教えて貰ってるんだから文句言わない」


 俺を囲んだ見習い達を、シスター・フィアが注意する。

 その瞬間、ピシッと連中は背筋を伸ばし、司祭がプレゼントしたという羽のついたペンを動かして俺がお手本として書いた文字を黙々と練習する。


「なーんでシスターの言うことは聞いて俺のは聞かねぇんだろうなぁ」

「…というかライさん、何度も言っていますが私もまだ”修道女(シスター)”ではなく、”修道女(シスター)見習い”です」

「あぁ?いや良いって、今更呼び方変えんのもアレだろ?」


 出会ってから幾度と無く繰り返したその会話を、シスター・フィアは懲りずにまた繰り返す。

 なんでガキ共とシスターの階級が同じなんだろうな?文字も読めるし書ける、シスターとしての仕事も良く出来ていると思うんだが、俺の知らない何かが欠けてんのか?


 なんでだろなぁ、とシスターの顔を眺める。

 俺の鼠色の髪とは比べ物にならないくらいに綺麗な白い髪、これくらい綺麗だったら前の世界でも髪売ってもっと楽な暮らしを出来ていただろうか、いや結局すぐに汚れるから駄目か。


「…あ、あの…ライさん、あまり見られると…その、恥ずかしいのですが……」

「フィア姉おかおまっか」

「う、うるさいですよ、ルゥ」


「そりゃ悪い」と俺は適当に謝って、再びガキ共に文字を教えに戻る。

 文字が書けりゃ食うに困る事は少ない。大人が教会に祈りに来るついでに代筆を頼むこともできるだろう。そうすりゃ、子供にとっちゃ駄賃になるし、大人にとっても安上がりだ。まぁ、文字の汚さは否めないが。

 殆どの連中は文字を書けもしないし読めもしない。勿論、最低限暮らしていく上での簡単な単語や数字は読める…というより形で覚えている者は多いだろう。しかし、所詮そこ止まりだ。


「――おい、それ違ぇ。マだ、マ。ムァ」

「ははは、ライおもしろ」


 自分の武器は増やしていくべきだ。

 間違った読み方をしていた修道女見習いに正しい発音を実践する俺を見て、シスター・フィアはころころと鈴の音の様な声で笑っていた。


 ◇◆◇


 暫くガキ共に文字を教えていると、奥から白髪の老年の男が姿を現す。


「あ、司祭!文字教えたんで駄賃下さいよ」

「貴方ですか、探窟家ライ」


 司祭は、俺とシスター、それに子供達を交互に見た。


「皆さん、探窟家ライの教示は勉強になりましたか?」

「なりましたぁ」

「司祭様!わたしあとちょっとでもじいっぱい読めるようになります!」


「そうですかそうですか、それは良い事です」


 司祭は奥から小さな袋を取り出してその中から俺に銀貨を数枚渡した。


「有難うございます、探窟家ライ。貴方の親切に感謝を」


 親切に感謝と言いながらも、司祭は俺にしっかり金を渡す。

 そして、アイコンタクトをするようにじっと俺の瞳を凝視してくる。あぁ、はいはい、分かっていますとも。ご立派な貴方のいう事なんて百も承知ですよ。


 こちらも適当なアイコンタクトを返すと、大声で


「よっしゃ、ガキ共!貰った駄賃でなんでも一個奢ってやっぞ!おら、街に繰り出せ!」


 俺はちらと司祭の方を見る。

 俺の言葉に、司祭は驚いたような顔を浮かべると、すぐに笑顔を浮かべた。


「仕方がないですね、今日は祈祷を少し遅らせましょうか。少しくらい、我が神も見逃してくれるでしょう」


 仕方がない、とでも言う様に司祭は朗らかな笑みと共に、頷いた。

 子供達はそれを聞き、はしゃぎながら俺やシスター・フィアの腕を引っ張る。


「あ、ちょっと!もう、走ったらだめですからね!」


 シスターが俺の隣にいつの間にか陣取り、教会を出る。

 …やっぱあの司祭、食えねぇ奴だな。一体何度、俺に()()()()つもりなんだよ、強かなもんだ。渡された銀貨を数え、やはりガキ共が買いたがるものの事を考えると少々足りないと思案する。


 子供たちのストレス発散になる良い便利屋として扱ってくるくせに、こういうところはちゃっかりしてんだよなぁ、あの爺…司祭。

 俺もどちらかと言えば金にがめつい側なんだが…歳の差か、経験の差か、上手く使われても悪い気はしないからまだマシか。


「ライさん、急ぎましょう!あの子達、早足で…!」

「あぁ」


 シスターが俺を急かす。

 さっさとしねぇと日も暮れちまう。俺とシスターは、目を輝かせる子供達を追って一緒にヘルベルの街を直走るのだった。


 なんだかんだ忙しい事に変わりはないが、ノノの世話をするよかよっぽどマシだな。

 結局、外が真っ暗になった頃、ようやくノノが目を覚まし、「眠くない眠れない」と騒ぎ立てるが、お嬢も俺も気に掛けず、アルバだけが入眠作用のある薬草茶をノノに差し入れしていた。

【Tips】教会

一つの創造神と八つの神を信仰している。

しかし、その大本は創造神ただ一人である為、宗教としては創造神を崇拝するただ一つだけである。

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