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回り廻る迷宮潜り  作者: どうしようもないと言ったらどうなるのか
Act.1『いつか何かになる者よ』
13/33

鬼か蛇か

評価・感想・いいね有難うございます。


 

 ガタン、ガタンと竜車が揺れる。

 人数が激減した影響で、俺達は竜車に乗り、朝からのろのろと移動する羽目になった。

 四方八方に敵影がないかと視線を向けてはいるものの、歩くよりは余程体力の消費は少ない。精々、尻が痛くなるくらいだ。


「んん…」


 …にしても、どうにか暴けねぇものかな。

 前で竜の操り方をアレイに教えているベリルさんを盗み見ながら、そう考える。なにせ、彼女にはあまりにもおかしな点が多すぎる。それこそ、血の気が多い熟練の探索者なら「怪しいから」という理由で拘束されていてもおかしくない。

 街に着いた途端、奴隷落ちとかは協会を経由した依頼である以上、流石に無いだろうがそれでも怪しいことに変わりはない。


「どっかで問い詰めるべきか…」


 竜車に俺達が乗った事により、進むペースは落ちた。

 あと二日程度で着く筈のところが、三日から四日は掛かると踏んでいる。食料節約のために、早めに野営する場所を決め、食料を狩る必要もある。まだ、問い質す時間は山ほどある。


 様々な状況に対する回答を考えながら、その日も多少距離を稼いだところで夜を明かすこととなった。





 ――…いきなりかよ。

 竜に餌をあげているベリルさんと焚火の準備を進める俺。偶然か必然か、それ以外の四名はそれぞれ食料を探しに行った。幸い、近くに森がある事もあり、果実や野草以外にも幾らか獲物が獲れるだろう。


「今日もスープですが、皆さんが栄養つくもの採ってきてくれると嬉しいですね」

「…そう、ですね」


 ニコニコと笑みを崩す事無くベリルさんは語りかけてくる。

 ちらと森の方を見る。未だノノ達が帰ってくる気配はない。いきなりこんな絶好の機会(チャンス)が訪れるのかよ…、幸先良いのか悪いのか。

 正直、もっといろいろ考えてから聞きたい気持ちはある。もうすぐ街に着くと言うところで聞ければ、それも一つの理想だ。

 しかし、そう易々とこんな機会が訪れるとも限らない。


「兎などであれば、血抜きも楽でいいんですが」

「へぇ、兎!血抜きなんてした事ないから見てみたいです」

「少々、残酷ですが勉強になると思いますよ」

「ライさんはお詳しいですね」


「はは、それほどでも。ところで、



 ―――ベリル・ラクロ、貴方の本当の目的も教えて欲しいな」


 ――…がしゃん、とベリルさんが竜車から取り出していた食器を地面に落とす。


 …嫌な静寂だ。

 俺はナイフをいつでも抜ける様に柄に手を掛け、彼女を見つめる。しかし、視線は一方通行でベリルさんは笑顔を絶やさぬまま、じっと遠くを見ていた。


「貴方の行いは、余りにも怪しい点に溢れすぎている」


 まず一つ、探索者を易々と逃がした点。

 前金を払っている以上、立場は依頼人が上だ。脅しでも何でもすればいいものの、彼女はそれをしなかったと聞いている。

 二つ目に、食料の使い方が豪勢な点。

 夕食に出てくるものは、依頼人持ちなら普通は干し肉とパンくらいだ。少しでも浮かせるために安く済ませる。高くつく塩漬け肉入りのスープが二日連続なんて、聞いた事がない。金の扱いが目に余る。

 最後に最もおかしな点、子供たちだけに依頼をした点。

 自殺行為だ。ありえない。何を考えて、こんな暴挙に出た?これを止めない協会も協会だが、金さえ払われれば受け入れるのが迷宮協会だ。仕方あるまい。


 以上の点の弁明を求む、と乞う。

 果たして〈風切りの足輪(ウィンドステップ)〉は何回使えるだろうか。今日はまだ一度も使っていないから相当回数連続で発動できる。魔法や遺物の行使があった場合は、二、三度目晦ましは必要だろう。こういう時に〈留意する暗雲(ルード・クラウド)〉があれば楽なんだが―――。


 果たして、最初に何を発する。

 剣呑な目付きで彼女を睨みつけたまま、姿勢を低く保つ。その直後、遂にベリルさん(彼女)が動き出した。口ではなく行動、とナイフを抜き切り一戦交えるかと―――、


「あぶぶぶぶぶ……」


「―――ぁ?」


 …そうして、彼女、ベリル・ラクロは口から泡を吹いて、地面に倒れ込むのだった。


 ◇◆◇


「起きてください」

「う、うぅん…痛い…」


 そりゃ頬張らせてもらったからな。

 随分頬は赤くなっちまったが、他の連中が帰ってくるまでに話は終わらせておくべきだ。

 頬を抑えながら起き上がったベリルさんを前に、すくりと立ち上がる。そして、ナイフをちらつかせて、


「まずは話して貰おうか。ここまでの経緯(いきさつ)全てを」

「ふ、ふひょぉ…」


 キャラ変でもしたのか、ベリルさんは変な声を漏らしながらナイフと俺の顔を交互に見た。


「は、話します話しますぅ!」


 そう言って、ベリルさんはぽつぽつどころか濁流の如く早口でまくし立て始めた。


「わ、私ぃ小説家でしてぇ…、最近スランプなんですぅ…。だ、だからぁ、最近話題のパーティーとその年齢の子供達集めて旅すればネタになるような事が起こるんじゃあないかなぁ…ってぇ…。今までの話し方とか接し方もぉ…自分の作品の人物を参考にしてただけであって…えっとぉ…そのぉ…」


 ――小説家、ベリル・ラクロ。

 始めにその名を聞いた時、覚えがある気がしたと思った筈だ。戦火に巻き込まれて死んだ稀代の小説家…、死後に大いに評価された悲劇の小説家…ベリル・ラクロじゃねぇか!


 先の未来、奈落都市ヘルベルを襲う”最悪”と呼ばれた戦火、そこで命を落とす者。それがこいつだ。通りで記憶から中々出てこない筈だ。

 あの戦いに俺も参加したから、名くらいは覚えたが小説なんて読まねぇから中々出てこなかった。


 色々と気になっていた点が腑に落ちていく。

 小説家はそれ以外のところで案外儲かる。まず、文字が書ける。代筆の仕事はごまんとあるだろうし、写本もできる。羽振りが良かった理由もそれで、世間知らずという点もあるだろう。


「あ、あのぉ…私どうすれば…」

「…あぁ…、ベリル・ラクロさん。あんたの事は知っています。色々と府に落ちた」

「わぁ…!わ、私、有名人ですかぁ…!?」


 ぱぁと笑みを浮かべて、喜びの感情を前面に押し出すベリルさんを前にして、俺は静かに唸った。そして、


「とりあえず、ベリルさん。この依頼は最後までやりましょう」

「え…?やっていいんですか…?」

「危険もあるが、他の連中には良い経験になる。バラす必要も無いでしょう。貴女は、先程までの貴女を演じてください。依頼が終わった後にまた話しましょう」


 そこで話を切り上げる。

 森の方から、話し声が聞こえ始めた。「あわあわ」とベリルさんが焦った様に地面に落ちたままの食器を拾う。俺も適当に竜車から持ってきた魔石を砕き、小さな火種を枝に移す。


「鳥が二羽ほど捕れました」

「果実も幾らか…」


 ウィンとアレイが鳥を、ソーニャとノノが鞄の中の果実と野草を見せながら、こちらに歩み寄る。その途中で、アレイが「お?」と呟き、


「ベリルさん、なんか頬随分赤いし少し腫れてないすか?」

「え!?そ、そうですかね?」


 やべ、頬強く張りすぎたか…。

 いや、あの時は敵かどうか分かってなかったし、多少手荒になってたのは認めるが…。


「まぁまぁ、皆さんありがとうございます。早速準備に取り掛かりましょう」


 直ぐに持ち直したベリルさんは、先程までのおどおどした空気を一変させ、しゃんとした女性の姿でお礼を述べながら獲得物を受け取っていた。


「…ライ君、何かあった?」

「…何もねぇよ」


 …無性に勘がいいノノ(こいつ)にだけは勘付かれない様にしねぇと、色々と面倒臭くなりそうだ。

 半目でこちらを疑うような視線を送るノノを無視しながら、俺は竜車から調理器具を取り出すべく、そそくさとその場から離れた。




 次の日も遅くはあれど、順調に竜車は進んだ。

 朝から俺はベリルさんの隣に座り、適当な会話をする。昨日、アレイがベリルさんに竜の操り方を教えて貰っている時に、こちらの会話は竜車の車輪音で掻き消されるという事は分かっている。


 その為、竜の扱い方を教えて貰っているという体で話は出来る。

 俺はちらと時折後ろを確認しながら、ニコニコ笑顔のベリルさんの話を聞く。


「ちょ、ちょっとぉ…顔を維持するのキツいですぅ…」

「このまま行けば明日の夕方にゃ着くんです。我慢してください」

「うえぇん…」


 情けなくベリルさんが泣き真似をする。

 俺はそれに冷たい視線を送りながら、一つ気になっていた点があった。


「時にベリルさん、隣街に着いたあと貴女はどうするんです?住んでいるのはヘルベルの方ですか?」


 先の未来、奈落都市ヘルベルで起きる戦火にベリル・ラクロは巻き込まれる。とするならば、彼女の住居はヘルベルだろう。しかし、それを先に知っていれば「何故知っているの?」と問い質されてしまうかもしれない。それは避けておきたい。


「は、はいぃ…こんな私でも、ヘルベルの一角に住まわせてもらっておりますぅ…」

「んじゃ、依頼終わったら一人で帰ると?危なくないですか?」


 彼女は護衛依頼を俺達に出し、ここまで来た。

 その真の目的がネタ探しというのは酷いものだが、彼女に戦闘能力がない事は誰の目から見ても一目瞭然だ。隣街からヘルベルまで一人で帰るのはあまりに危険だろう。


「あ、い、いえ…あの…も、もう一つこっちにも住いがあって…そこに場所と場所を繋ぐ遺物があるので…それで帰ろうかとぉ…ふへへ…」


「――場所と、場所を繋ぐ…?」


 聞いた事はある。

 しかし、俺の知るそれは”伝説等級”の遺物だ。過去の世界で名前だけは聞いた事がある、その遺物の名は――、


「〈彼方の蚯蚓(ゲート)〉…」

「…し、知ってるんですかぁ?」

「いや…、聞いた事があるだけです…」


 本当に聞いた事があるだけ。

 実在しているのかも定かではなかった。何せ、噂話として流れてきただけだ。噂の内容こそ詳細ではあったが、この目で見るまでは信じられないと思っていた。

 何故、ベリルさんが持っている?どこで手に入れた?聞きたい事はある。しかし、遺物の入手経路など、探索者の中では最も聞いてはいけない禁忌(タブー)だ。

 あちらから話してくれたり、元々有名だったりすればいいが、伝説等級である〈彼方の蚯蚓(ゲート)〉はそうはいかない。


 その情報だけで小国家を買えてしまうくらいの価値はあるだろう。

 故に聞けない。まず、知ったところで取りに行けるはずもない。俺はこれ以上、話を続けさせようとするのは悪いと、揺れを気にせずにノノ達がいる後方へと戻ろうとする。


「あ…」とベリルさんが零れる様に言葉を漏らす。

 しかし、俺はそれを聞かなかったことにして、そのまま後ろへと引っ込むのだった。




 その後は特にこれと言った事もなく、無事に隣街に到着した。

 俺とベリルさんは、協力して竜車の中の荷物を下ろし、あたかも商売が完了したといった風に装い、依頼が完了したとノノ達に思い込ませた。

 ベリルさんの住まいにあるという〈彼方の蚯蚓(ゲート)〉を見てみたいという気持ちはあったが、見てしまったら色々と戻れなくなりそうなのでやめておいた。


 そうして、後ろ髪が引かれる思いで隣街で一泊した後、俺達は乗合馬車に乗って帰路についた。竜車の何倍も速く、しかも尻もそこまで痛くない。利用料金こそ高いが、ベリルさんが依頼の前金を元々高めに設定していたことから、余裕をもって乗る事が出来た。


 そうして、一日程馬車に揺られていると御者が客に向かって、


「奈落都市ヘルベルまであと十五分程です。降りる際は忘れ物が無きように」


 それを聞いた途端、俺とソーニャは互いに顔を見合わせて、寝ている連中を起こしにかかった。ノノだけはヘルベルに着く五分前くらいまで全く起きる気配がなく、少々肝を冷やしたもののどうにか五人揃って降りる事が出来た。


「んじゃ、またどっかで」


 アレイがそう言うと、ウィンとソーニャが続いて「同じ街にいるんだし、直ぐ会えるね」などと言った。ノノが、瞼を擦りながら手を横に振った。俺も同じように振り、三人の背中を見送った。


「お嬢心配してるだろうし、帰るぞ。随分日数も掛かったな」

「うん」


 明け方の空は少し眩しくて、手で目を隠しても沁みる様に太陽がこちらを差した。迷宮協会もまだやっていないだろうし、依頼達成の金を受け取るのは明日か明後日でもいいだろう。


「ねぇ、ライ君。おんぶ」

「…はぁ」


 俺はしゃがみ込んで、ノノを背負う。

 控えめな感触が背中にのしかかる。こいつ、胸は成長しねぇな?

 ”戦乙女(ヴァルキリー)”はどうだったかと思い出そうとするが、生で”戦乙女(ヴァルキリー)”を見たのは数回しかない為、流石にそこまで覚えていない。


 …俺もちょっと眠いな。

 少しだけ落ちそうになる瞼を堪えて、ずり落ちそうなノノを抱え直す。そうして、眩しい朝日を浴びながら、右へ左へ遠回りをし、シルヴァ商会への帰路を俺はゆっくりと辿るのだった。

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