崖っぷち戦線
「おい、お前大丈夫かよ」
「無理…」
朝日を浴び、俺とノノはお嬢に見送られてシルヴァ商会を出た。
依頼を受ける事を決めてから早数日、前金やら簡単な依頼の内容を再度説明され、依頼当日を迎えた。”護衛依頼”なんて昔にごまんと受けてきたし、それこそ依頼する側もほぼ保険的な役割でその依頼を出すことが多い。
しかし、それでも俺達の様な弱そうなガキではなく、屈強な探索者などを雇い、視覚的にも襲われにくくするなんて予防線を張ったりすることも重要だ。
「…まぁ、他にも探索者はいるらしいしそっちがその役なんだろうな」
目を擦って、重そうな瞼を開ける努力を諦めた様子のノノをちらと見る。
実際、この依頼はおかしなところがある。
俺ら程度の探索者にも朝夜二食、飯を出してくれるらしい点やわざわざ依頼を特定の探索者に受けさせようとしている点だ。
だが、それもきっと「怪しい」という己の先入観がそう感じさせているのだろうと割り切り、俺とノノは指定された集合場所へと歩を進めた。
「――ライさんとノノさんですね。私、依頼人のベリル・ラクロです。今回はよろしくお願いします」
その人物は、波うつ長い髪を携えた若い女性だった。
男だと思っていたから少々驚いたが、それよりも余程度肝を抜かれそうになった事がある。それは、
「……全員、ガキ…?」
荷車の周りに集まっていた探索者と思わしき者達は、揃いも揃って俺と同じ年かその前後…。詰まるところ、経験の浅い子供たちだった――。
瞬間、迷宮協会で職員と会話した光景がフラッシュバックする。
『貴方方以外にも数名依頼しているようですので、ご安心ください』
『あー…ならいいか』
――…そう、ならいいのだ。
俺達以外に依頼している数名が、”大人”でさえあれば。
クソが、依頼前に依頼された側の事も入念調べるべきだった!普通、ガキしか雇っていないと思うか!?ありえねぇ、ここはガキ共が闊歩する”学都ルビラ”じゃねぇぞ!
しかし、初めての依頼で突然帰ったなんて冗談じゃないくらいこれからに響く。
無理だ、逃げられない。この女…、それが分かっていて依頼したのか?だとしたらとんだ食わせ者だぞ…。
目の前でニコニコと笑っているのを見て、俺は恐々とした。
「私、ノノ。よろしく」
「…ライ、です。今回はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
ノノがのほほんと挨拶をし、俺は仕方ないとばかりにそれに続いた。
依頼者のベリルさんが再びこちらに挨拶を返し、俺とノノに荷車の周りで待っている様に指示を出した。
怪しいが、最早逃げ道はねぇよな…。
俺とノノは荷車の近くに寄って、静かに待つことにした。
「なぁ、あんた最近噂になってる”鼠”だろ?」
「…ぁあ??」
ノノの隣で荷車を見ていた俺に、一人の少年がそう言って話しかけてくる。
”鼠”ぃ?
まるで昔の通り名の”ドブ鼠”みたいな名前じゃねぇか。俺は運命的なそれを呪う様に、話しかけてきた少年の方を向く。
「なんでそう思ったんだ?」
「いや…、髪色とか武器とか…あといつも隣に可愛い子がいるとか…そういう話聞いてたんだよ」
鼠色の髪にナイフ、それにこいつか…。
この感じ、”鼠”っつー通り名は確かに間違いなく俺なのだろう。流石、気付かぬ内にクソみたいな通り名がついているのは探索者界隈って感じがして脱帽だ。
「いや、違ぇ」
「えぇ…なんだよぉ!」
まぁ、真実を言ってやるかどうかは、また別の話だ。
「…あ、挨拶遅れたな。俺はアレイ、こっちは仲間のウィンとソーニャだ」
「ライだ。こっちの寝てんのはノノ。気にしないでやってくれ」
依頼前の簡単な自己紹介をお互いにする。
ノノは立ったまま寝るとか言うよく分からないことをしている為、適当に紹介だけして放置した。
「それで、あいつらは?」
俺は、少し離れた位置にいる四人組を見る。
勿論、全員俺達ほどの年齢ではあるが、どこか見下した様な視線のこちらに向けている。つーか見下してるね、アレ。馬鹿にしてる感満載だよ。
「あぁ…、なんか自分が強いって思ってる奴らだよ。俺達とあいつら、どっこいどっこいなのにな」
防具を比べればそれもよく分かる。
ここにいる探索者は全員ガキだ。それも、多少魔物が倒せる程度…その日暮らしが出来るくらいの実力だろう。そうなりゃ防具は貧相になるし、寧ろ防具なんてものつけていない奴もいる。
例えば、俺とノノは溜まった金で魔物産の服を購入した。
これは、鉄製の防具よりも防御力こそ落ちるものの、俺もノノも速度を重視した戦い方をすることから選んだ選択だ。
それに、鉄製の防具よりも多少は安い代物だ。更に付け加えれば、こういう無知な探索者同士なら、防具を持っていない雑魚と勘違いしてもらえることもある。
「はい、皆さん。それでは出発します」
パンと手を叩いたベリルさんの声が響き、”護衛依頼”は始まりを告げた。
◇◆◇
平たい竜に引かれた荷車の周りを固める。
にしても、竜か…。
俺はちらと横を見て、荷車を引くそれを見る。品種改良とでもいうのか人間に従順かつ物を引くことに特化させたその竜は、馬の次に人気の移動手段だ。
まぁ、竜が引く荷車ってよりも普通に竜車だわな。
ベリルさんが御者をし、その中には護衛対象であろう物品が積んである。俺達は、ベリルさんとそれらを守りながら隣街まで到達すればいい。
「…何日かかるやら」
荷竜の足は遅い。それこそ、俺達ガキの歩幅で丁度ぴったりくらいだ。
奴も本気を出せば、馬とまではいかずとも多少なりの速度は出せる。しかし、そんな速度を出すときは、荷竜自体に危険が迫っているときだろう。
「ライ君、おんぶあり?」
「なし」
依頼された人数は俺達を含め、九名。先程荷車周りにいた奴らだ。
それぞれ竜車の前方、横、後ろに割り振られている。俺とノノは竜車の右を担当し、周囲の警戒に当たっている。
なんつー地道な…。
探索系の遺物も魔法も持っていない、ないない尽くしのガキしかいないせいで探索も何もかもが自力で行う羽目になる。
「あ、魔物こっち来てる」
「〈風切りの足輪〉あるし俺がいく」
猪型の魔物、をノノが視界にとらえ、剣を抜こうと手を柄に置く。
しかし、俺はそれを制止し、ナイフを鞘から抜く。トントンと跳躍をその場で繰り返し、こちらに迫りくる猪の魔物目掛け、
「風よ――ッ!」
瞬間的に、加速した。
風の力場が足を包み、それに弾かれる様に俺の身体が飛び出した。ナイフの位置を調整し、魔物の横っ腹を勢いよく切り裂いていく。
やっぱ単純な動きしてくれる魔物だと、こっちも単純な動きで良いから楽だな。
ナイフについた血と脂を拭い、こちらに向きなおした魔物と相対する。
「懲りねぇな」
猪の魔物は、それしかやる事がないとばかりに先よりも速度が落ちた突進をこちらに繰り出してくる。俺はそれを容易く避け、魔物がゆっくりと速度を落としたところへと近づき、
「風域よ」
風の力場が足の裏に発生し、それを無理矢理に押し潰す様に右足に体重をかける。すると、ズズ…と右足が風の力場に沈んでいき、一定の場所を超えると足が猪の傷がある腹を勢いよくぐちゃりと押し潰した。
〈風切りの足輪〉の風の力場を利用した応用だ。
筋力がないならば、後押しするそれらを使えばいい。そのための遺物だ。あらゆる不足分を満たしてくれる。
処理し終わった魔物の死体を横目に見ながら、俺は走って竜車まで戻る。すると、
「ライ君~、なんか前と後ろがマズいって」
「ぁあ?」
「応援要請?的な?」
いやいや、人数いるだろうが…、とはならないよな。なにせ、子供の力じゃ限界がある。
「しかたねぇ。俺は前、お前は後ろだ。それぞれ交代する形で右に入る様に言えよ」
そうでないと、右の警戒が出来なくなってしまう。
「うん」と素直に頷いたノノと別れ、俺はかなり遠くにいる前方に駆け始めた。〈風切りの足輪〉は出来る限り温存しなくてはいけない。ハイ・コボルトの時の様に限界を迎えてはやっていけない。配分だ、いつ使ってどれ程でその分の体力が回復するかを計算しとかなきゃいけねぇ。
「大丈夫ですかー!?」
前方に走り寄る途中、ベリルさんのそんな叫び声が聞こえた。
俺はそれに構っている余裕などないと、適当なジェスチャーを返しながら、前方に向かうのだった。
「アレイ!」
「――ライ!マズい、ローボアが三匹いる!」
ローボア…、さっきの猪型の魔物か。
前方を警戒するのは、荷車周りで自己紹介をしたアレイ、ウィン、ソーニャの三人だ。それぞれ、一匹ずつ引き離して戦っているようだが、アレイ以外はマズそうだ。
「悪ぃ、アレイ。お前は余裕ありそうだから後回しだ」
「ごめん、頼む!」
少し遠く、ローボアに襲われている槍を持った少女の元へ駆け寄り、割って入る様にナイフを振るう。
「立てや」
「は、はい…!」
「前に突きまくれ。当たらなくてもいい」
「はぃ!」
涙目で尻餅をついていたソーニャを無理矢理にでも立たせ、囮役として機能させる。
槍は脅威だ。それこそ距離の暴力で一方的に殺せる武器筆頭だろう。ローボアの横に回りながら、瞬間的に〈風切りの足輪〉を発動する。
「突き止め!」
「は、はいぃ!」
風の勢いのまま、ナイフを突き刺し、そのまま抉る。
「殺せ!」
「ひぃ…っ」
睨みつけ、そう叫んだ俺の言葉に従う様にソーニャが転がったローボアに必死に槍を突き刺す。
血が飛び散り、ソーニャの肌や服に赤い斑点がしみ込んでいく。それでも、彼女は一心不乱にローボアに槍を振るい続けた。
俺はすぐさまウィンがいる方へと向かい、鞄から刃毀れしたナイフを取り出した。
「ウィン!後ろに跳べ!」
「…!」
ローボアから逃げ回る様に戦っていたウィンが、数秒の間をおいて逃げる様に後ろに跳んだ。そこに合わせ、俺は勢い良く刃毀れしたナイフを投擲する。
勢い良く飛来したナイフは、ローボアの足元の地面に突き刺さり、突然の事に動揺したのか数歩後退る。
「がぁッ!!!」
大きな叫び声と共に俺はローボアに迫る。
その叫びを聞いたローボアは、何か恐ろしいものを見るような視線をこちらに向けながら、背を向けて逃げ出した。
やはり、声…!大声は弱い魔物には効果的だ。ビビらせりゃ逃げる魔物がいる様に、大声の圧でローボアを逃走させることに成功する。
「やべぇ…これ、繰り返しゃ過労死するぞ…!」
ぶんぶんと頭を振り、視界を動かす。
そうして、ようやくアレイを見つけ出す。ローボアに乗られ、今にも腸を抉り出されそうになっているそれを見て、俺は瞬時に思考する。
――間に合わない?
否、〈風切りの足輪〉二回連続で発動すればいける。ここで、二回も使う?これから先どうする気だ。遺物があるからどうにかなっている部分が多すぎる。だが、見捨てる事は…。
ぐるぐる、ぐるぐると回る。
やるしかないのか、と〈風切りの足輪〉を発動させようとしたその時、
「よいしょぉ…!」
――汗だくのノノが、アレイの上に乗ったローボアを叩き斬った。
あいつ、後ろからここまで走ってきやがったのか…!
だが、それ以上に不可解な点があった。…ノノは、あんなに強くなかった。あれほど上手に剣を扱えていなかったはずだ。
危機的状況下での覚醒…――?
俺はそこに、お嬢がノノを雇った理由を垣間見た気がした。
「っはぁー…!」
だが、まずはどうにか乗り越えた事を称えようじゃねぇか。
俺はノノとアレイに手を貸しながら、これから先の過労死しそうな未来を考えない様にした。
【Tips】遺物の応用
実際の用途とは異なった使い方が出来る遺物もある。
ライが編み出した〈風切りの足輪〉の場合、足の裏に発生した風の力場に無理矢理に足を突っ込み、力場内の反発を利用し、蹴りの威力を増強させた。




