私の兄は身の程知らず
軽く息抜き、悪人は居ません
私の兄は身の程知らずだ。
二歳年上の兄は昔から身の程を知らず、無謀な事ばかり挑戦しては痛い目にあって来た。
最初に断っておくが、私は兄の事が嫌いではない。
ただ、変な事ばかり挑んで敗れてしまう兄が何を考えているのかが理解出来なかった。
私が覚えてる最初は兄が小学5年の時。
『ぼく...俺、サッカーやりたい』
『え?』
いきなりだった。
それまで兄はサッカーはおろか、スポーツ全てに興味の無い少年だった。
『どうして急に?』
『政志...考え直したら?』
両親は慌てて兄を止めた。
因みに政志とは兄の名前、私の名前は美愛だ、どうでも良いが。
『やるんだ、お願い!』
兄の悲痛な叫びに両親が折れた。
身体も小さく、昔から女の子みたいに可愛い容姿だった兄。
何が兄をそうさせたのか...
『私もサッカーする!』
何故か私の親友、川井紗央莉ちゃんまでそんな事を言い出した。
『紗央莉ちゃん落ち着いて』
兄が地元のサッカーチームに入った話を小学校で話てしまった事を後悔した。
...兄の無謀な挑戦は一年で終わりを告げた。
原因は足の骨折、試合中に相手選手のラフプレーに右足脛の骨が折れてしまったのだ。
『諦めろ、政志は頑張ったよ』
兄は親友斎藤謙二君の言葉に力なく項垂れた。
謙二君は小学2年生から先にサッカーをしていたので、憧れていたのかもしれない。
『...うん』
無念な表情で兄はギプスの足を見て頷いた。
その様子を私は冷凍みかんを食べながら見ていた。
紗央莉も間も無くサッカーを辞めた、こっちは結構な騒ぎになった。
紗央莉は凄く期待されていた選手だったから。
『僕...俊英高校に行きたい』
次に無謀な事を言い出したのは、兄が中2の時だ。
俊英高校といえば私の住む県内で一番の進学校で、偏差値は76というバケモノ高校。
『何でまた』
『政志...それは』
あからさまなには止めない両親だったが、兄のオツムでは無理だと思った様だった。
当時兄の偏差値は60代半ば、決して馬鹿ではないが、死ぬ気で勉強しないと無理だ。
兄は二つの塾を掛け持ちし、睡眠不足になりながら勉強を頑張った。
D判定だった模試も、最終的にC判定までこぎ着けたから、あながち無謀では無かったかもしれない。
『私も俊英高校に行く!』
またしても紗央莉が言い出した。
『そりゃ無理でしょ...』
この時ばかりは紗央莉に言った。
当時小6だった紗央莉の成績は体育の5以外、アヒルと耳ばかり、私も似たような物だったけど。
『...落ちちゃった...』
兄の挑戦は不合格という結果に終わった。
悲しそうな兄、さすがに私も泣きそうだった。
『なら俺は辞退するよ』
何故か俊英高校を合格していた謙二様がとんでもない事を言った。
慌てて周囲は謙二様を説得したが、彼の決心が変わる事なく、併願の私立高校に二人は進んだ。
笑顔で高校の入学式に向かう二人を見て、これで良かったのかもしれないと思った。
その時私はドーナツを4つ食べて、お腹を壊した。
『私...俊英高校の進学止める』
『あっそ』
紗央莉の言葉に呆れてしまった。
当時紗央莉はまだ中2で進学も何も、受験すらまだだったのに。
でも兄の高校は俊英に劣るが、偏差値は71もあったので、血を吐くような紗央莉の勉強は継続した。
私も紗央莉の勉強に付き合った。
で、私達も兄と同じ高校に受かったのだ。
良かった良かった。
高校生活は何事もなく過ぎた。
兄もさすがに懲りたのだろう。
私と紗央莉が常に監視していたからかもしれない。
まあ私が監視していたのは謙二君だけど。
大学も無謀な挑戦をすると言わなかった。
隣の県にある国立大学に受かり、青春を謳歌し始めた。
...それが間違いの元だった。
『僕...彼女が出来たんだ』
『はい?』
兄が大学に入って半年後の事だった。
何でも合コンに行った先で知り合った近くの女子大生に告白されたそうだ。
これは激しい衝撃だった。
『あの...政志』
『良いの?』
何かを言いたそうな両親だが、私はそれどころでは無かった。
兄と同じ大学に通う謙二も同じ合コンに参加し彼女が出来たと聞いたからだった。
『『バカ...』』
落ち込む私を紗央莉は一緒になって泣いてくれた。
なんて友情の厚い友だろう。
兄の恋人とやらは、謙二の恋人とか言う奴と共に見た。
Wデートしている写真を見てしまったのだ。
女共の通う女子大のインスタに上げるとは身の程知らずめ、ふざけやがって。
でも女の顔が割れたのは僥倖だった。
『フラれちゃったよ』
僅か2ヶ月後、兄の恋は呆気なく終わりを告げた。
原因は元カノの浮気、いや女には別に彼氏が居たのを隠して兄と付き合っていたのだ。
『...政志...』
同じく彼女の浮気が分かり、失恋した謙二も兄の肩を抱いて泣いていた。
涙を見てないが、絶対に泣いていた筈だ。
そんな二人を見ながら私はトンカツを三枚平らげた、胸はやけたが旨かった。
「もう遠慮はしないから」
紗央莉は決意を固め、呟いた。
あれは何の決意だったのだろう?
まあ私も同じ頃、同じ言葉を呟いたけど。
...そして6年が過ぎた。
「結婚します」
兄が婚約者を我が家に連れて来た。
突然の事に私は何が何だか分からない。
「良かった...」
「...幸せに」
プロポーズをしたその足で両親に報告するとは、まさか兄にそんな行動力があったなんて知らなかった。
「...美愛」
「おめでとう紗央莉...」
幸せそうな親友を見ていると何だか私まで涙が止まらない。
紗央莉はずっと兄さんが好きだったもんね、本当に良かった。
「次は美愛だな」
兄の言葉に頷く私。
来週謙二は私の家に来るのだ...
結婚の申し込みに。
『兄さん、身の程知らずな事はもう止めてね。
紗央莉は兄さんに勿体ない位、綺麗で素敵な人だから。
バカ共から兄さん達を救い出すくらいにね』
そんな事を考えながら、私はローストチキンにかぶりついた。
とっても美味しかった。
おしまい。