先住者
高校卒業後、大学に進学した私は、実家から通うのに距離があるため、大学の近くにアパートを借りる事となった。だが、自分で家賃を払うとなるとなかなか良い物件がなく、不動産屋にごねた結果……紹介してくれたのは、比較的新しめのあるアパートだった。
「家賃ずいぶん安いですけど、理由あるんですか?」
「あー……実はこの部屋の前住居者がここで自殺してましてね」
「自殺……いわゆる訳あり物件ってことなんですね」
「ええ。もちろん、清掃は済ませていますが、やはり気持ちのいいものじゃないですし……やめておきますか?」
正直嫌だったけど、部屋の広さは1LDKで家賃も相場の半分以下。礼金もいらないとなれば話は別だった。その場で契約し、程なくして私はその部屋に住み始めた。始めの数日は怖かったが、特に何事も起きず、拍子抜けしていると。
「……お前、あの部屋使ってんの?」
「え?」
友人を招いた際、友人はある部屋を指さした。この家は通常生活している部屋ともう一つ、部屋があり、そこの事を言っているようだ。
「エアコンこの部屋にしかついてないし、物置にしてる。何で?」
「なんかあの部屋嫌だ」
「はぁ?」
霊感も何もない友人の言う事だ。大して本気にはしていなかったけど……その言葉を思い出すのは、数日後の事だった。
「……ん?」
深夜。物音で目を覚ます。あの部屋からだ。積んでいた段ボールが倒れたと思い、無視していると。
「……え?」
浴室から、シャワーの音。誰かが、シャワーを浴びている。そんなはずはない。今は私一人だ。誰もいるはずはない。部屋の明かりをつけ、廊下に出る。シャワーの音はやはりしている。自分の心臓の音がうるさいほどに聞こえてきて、目の前がくらくらする。恐怖と緊張で足元もおぼつかず、それでも一歩、一歩浴室に近づいていた。
「………」
意を決して、扉を開く。そこには。
「……いない」
誰もいない。だが、シャワーは流れ続けている。シャワーを流したまま寝るなんてありえない。おかしい。そう思った直後。再び、あの部屋から物音。
「だ、誰だ!」
あまりの恐怖に、声を上げる。返事はない。私は廊下に出て、部屋の前に立つ。この中に、いるかもしれない。そう思うとすぐそこの玄関から逃げ出したいけど……それでも、真実を明らかにしたい。だから……扉を開いた。そこには。
「うわあああああ!?」
首を吊った女性がいた。足元には、段ボールが転がっていた。
「な、なんで……誰が……!?」
助けないと。そう思い、部屋の中に足を踏み入れた瞬間。女の人の姿は消え、転がった段ボールだけが残る。
「な、なんだったんだ?」
と。
「え!?」
再び、シャワーの音。さっき止めたはずなのに。恐怖で震えながらも、私はもう一度浴室の中を確認する。そこには。
「っ!!!」
バスタブの中に、女性がいた。けど、眠っているように頭を傾けており、バスタブの中は赤く染まり、垂れ下がった手首から流れ落ちる血をシャワーが洗い流す。
「ま、また……!?」
自殺している。この部屋で自殺者がいたとは聞いていたけど、1人じゃなかったのか……? とにかく、これ以上この部屋にいると頭がおかしくなりそうだ。私はすぐに玄関から出ようとしたけど。
「逃がさない」
あの部屋の扉が開き、私の体は部屋の中に引きずり込まれ……首に縄が巻き付く。
「!?」
もがいても、縄は外れず、ぎりぎりと絞まっていく。息ができず、だんだんと目の前が真っ暗になっていく。やがて……
「ああああ!!」
私は、ベッドから飛び起きた。
「え……?」
周囲を見渡すと、私の部屋だ。窓からさす光。時計を見ると、もう朝だ。
「夢……?」
あれは夢だったのか? 私はベッドから飛び出し、あの部屋の扉を開く。そこには……転がった段ボールなんて無かった。
「あれ……?」
浴室もきれいなままだ。やっぱりあれは夢だったのだろうか。
「顔でも洗おう」
そのまま洗面所で顔を洗おうとした時。
「……あ……あああ……!」
鏡に映った自分の姿。その首には……縄の跡がついていた。
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あの後、私はすぐにアパートを出た。不動産会社は何も言わず、受け入れてくれた。でも……私は一つだけ質問をした。
「あの部屋で自殺した人って、前の住民だけですか?」
「……言う必要はないので言いませんでしたが……前の住民は浴室で自殺。その前の住民が、首を吊って亡くなっております」
それで理解できた。あの部屋は呪われている。あのまま住み続けていたら私も自殺していたかもしれない。大学はまた遠くなったけど、死ぬよりはマシだ。引っ越しの荷物を自室に運び入れ、段ボールを開けた時。
「あれ?」
友人から電話だ。
「もしもし?」
『よう、あの部屋の事で話があるんだが』
「話?」
『お前のあのアパート、変な感じがしたからさ、気になって調べてみたんだよ。そしたら、自殺者だけじゃない。アパートが建って早々、あの部屋では縄で首を絞められて女性が一人死んでいたんだ。つまり殺人事件が起きてたんだよ』
「……え?」
『だから、あの部屋早く出た方が』
ブツっと音を立ててスマホが切れる。驚く間もなく、段ボールの中の物が目に入る。
「あ、あれ? 何で……縄が」
直後、首に縄が巻き付き。
「逃がさないって言ったでしょ」
完