私の名前はリザ
「こっち! ……次は、あっち!」
少女の指示に従いながら、何度も道を曲がったり、路地裏を通り抜けたりした。
抱えている少女。先程までの奇声や言動が嘘のようだった。先程から死ぬ気配はこれっぽっちも無い……もう既に「生きている」状態に戻ったと判断してもいいのではないかと思う。
「着いた!」
少女が私の腕から飛び降りた。地面を駆け、古ぼけた建物へと走って行った。レンガを積んだ壁、木材が敷かれた屋根、ちいさなえんとつ……記録にある絵本に出てきそうなデザインだった。
「ここが私のお家だよ! 綺麗でしょ!」
少女は私の下へ走ってきて、私の腕を掴んできた。引っ張るのかと思ったら、すぐに離してしまった。そういえば手袋を買うのを忘れていた。自分が人形だと説明するのは、少々面倒くさい……。
「お姉さん、魔女に呪いを掛けられてしまったのね!」
思ってもみない反応。鉄の腕に目を輝かせた少女はその場で飛び跳ね、また私の手を掴んで……今度は引っ張った。
「私が直してあげる! 魔法が使えるの!」
なすすべなく私は家に入れられた。
見れば綺麗な家とは言い難い惨状だった。底が抜けた床、割れた硝子窓、暖炉の周りに散乱した煤……全体的に黒ずんだ部屋の中の衛生面は、最悪と称していいだろう。
体が未発達な少女が置かれる環境は清潔でなければならない。ただでさえ免疫力が低く怪我もしやすい年頃のはずだ、今までこんな環境で一日を過ごし続けていたのならば、どんな病気にかかっていてもおかしくない。
「お姉さんはどんな魔女に魔法をかけられてしまったの?」
不意に話しかけられた。質問の内容を読み込む……「お姉さん」というのは私の事だろう。だが「魔女」や「魔法」というのは、絵本の話か何かだろうか?
「……どうしたの? おなか痛いの?」
「いえ、適切な返答を模索しています。魔法も何も、私の手は元から金属製なので」
少女の目の前で手を握ったり開いたり。口をぽっかり開けていた少女は、私から目を逸らしながら言った。
「そう……お姉さん、兵隊さまだったのね。ごめんなさい、何も知らずにいろいろ言ってしまって」
幼い少女がするには、余りにも心の籠った謝罪だった。深く頭を下げ、腹の下あたりで手をこまねいている。
だが私は兵隊ではない。戦ったことも無ければ返り血を浴びた事さえない。
「心からの謝罪を無下にするようで申し訳ないのですが、私は兵隊でもありません」
「え? その鉄の腕は義手ではないの?」
義手。偽の腕という意味では正解だが、肉ではなく鉄の体を持つ私の場合はどうなんだろう? 私にくっついている腕が偽物なのか、私自身が偽物なのか……そもそも義手という表現自体間違っていて、私と云う人形にとっては単なる腕なのか。
「私は人形です」
説明することは困難と判断した。確定している事実のみを少女に伝えた。
「……?」
予想通り首を傾げる少女。客観的に見れば、見た目百パーセント人間の私が「私は人形です」なんて言えばこうなるに違いない。無言で医者を呼ばれないだけまだマシだろうか?
「……ほら、私の頬を触ってみてください」
悩んだ末に頬を触らせることにした。人間の体には熱が通っている、人形の私には体温は無いはずだ。
「あっ、本当だ。確かに冷たいわ」
少女は私の頬をむにむに、むにむに。満足いくまでつまみ続け、興奮した様子で私の顔を見た。
「本当にお人形さんなのね、あなた」
次の瞬間、少女は満面の笑みで私に抱き着いてきた。ぐらつく姿勢をどうにか保つ。
「凄いわ! 私、自分で動いたりお喋りしたりするお人形、始めて見た! どこから来たの? 貴方を作ったのは誰? 今何歳なの? 好きな食べ物はある? そもそもあなたはご飯を食べるの?」
「落ち着いてください、質問は一個ずつ……」
「いけない! 立ち話ばかりではお客様に失礼だわ! お座りになって!」
椅子が無いため床に座らされた。少女は床に座るかと思ったら、私の膝の上に乗っかってきた。
「私はリザ! よろしくね、素敵で綺麗なお人形さん! 私、貴方に聞きたいことがたくさんあるの!」