ケース③ 『どう考えても人外な捻じれた角を頭に生やした銀髪の美青年』
ケース③ 『どう考えても人外な捻じれた角を頭に生やした銀髪の美青年』
「えー……取り敢えず、お名前は……?」
言っていて思った。完全に面接の流れだ、これ。
しかし気分を害した様子もなく、どう考えても人外な黒色の角を生やした美青年は、銀の髪から覗く紅の瞳で此方も見つめ、返答した。
「はい。僕はアザゼルと申します。見ての通り人間ではありません」
両手を品よく膝の上に置いて神妙な面持ちで臨むアザゼルと称する人外の青年。
……一応自分も、エルフや竜人、ドワーフといったコミュニケーションを取れる亜人と呼ばれる者と会ったことはある。しかし、様々な場所を旅した自分でも角を生やした人種とは会ったことが無かった。
どういった人種なのか……前二人がぶっ飛んでいた為に警戒する私。それを知ってか知らずか、青年は言葉を続けた。
「僕は、西の海を超えた先にある〝永久に闇に包まれた不夜の孤島〟が主にして〝西の恐ろしき魔王〟アザゼル。
此度聖女リラ様に魔王討伐をお願いしたく、参った次第です」
………………
………………………………
………………………………………………
「成程。良く分かりました。
さ、外に出て人気のない森にでも座りなさい。一瞬で楽にしてあげるから」
「介錯は任されよ」
「自首ご苦労様。金目のものは勝手に漁らせてもらうわよ」
席を立つ私とザザンとメーブ。それぞれ得物を手に取って準備万端いざ外へ、となったのだが、
「待って下さい誤解です!」
慌てることなく魔王アザゼルが止めに入る。チッ。
「誤解って何よ」
「今人族を襲っているのは〝東の血に飢えた魔王〟ルシファー。僕とは違う魔王なのです」
「ごめん、魔王って複数いるの?」
「います」
私の問いに力強く頷くアザゼル。そんな、力強く頷くとこ……?
困惑する私を余所に、自称魔王のアザゼルは実に人間臭い動作で溜息を吐いて頬に手を当て語り始めた。
「何処から説明したものか……。僕等は西の荒波を超えた先の、先ほど言った〝永久に闇に包まれた不夜の孤島〟で生活している魔物の群集団なのです。人間とは荒波の海によって隔たれ、特に関わることもなく平穏な暮らしをしていたのですが……」
「……魔物が?」
「魔物が、です」
こくりと頷くアザゼル。
「魔物と言えば貴方方人間からすれば凶暴で他者からの略奪で生計を立てているように思われるかもしれませんが、その実魔物の中にも平穏を望む者も一定数います。人魚であるマーマン然り怪鳥ハルピュイア然り、戦いを望まない魔物だけで構成された魔物の国家。それが僕が治める〝永久に闇に包まれた不夜の孤島〟なのです」
う、うーん。そう言われれば、魔物の中でもマーマンとかは場所によっては人間と共存している所もあると聞くなあ。
「我々は孤島で、それこそ人間と関わることなく引き籠りながらも生活していたのですが……東の魔王が復活してから、勝手に人間の国を襲い始めてしまって……」
ここで深い溜息を吐くアザゼル。
「勝手に戦を始めて人間を刺激するばかりか、此方の国にも協力を要請する始末」
「? ダメなの?」
首をかしげるメーブ。うん、確かに気になった。別に人間と関わることがないなら、放っておいていいんじゃない?
「ダメです」
しかしアザゼルは一蹴する。
「この世界、絶対数は人間の方が多いんですよ? 人族を敵に回していいことなんかありませんよ。おまけに、東の国の魔物共は古めかしいというか『足りない物資は余所から奪えばいいじゃない』的な考えで全く生計を立てようという考えがないんですよ」
はあ、と再び溜息を吐く。
「? それって……別にアザゼル殿には関係ないのでは?」
もっともな疑問を呈するザザン。が、
「関係大ありです」
またしても一蹴するアザゼル。
「人間を襲って、仮に魔物側が勝ったとすると、魔物側は次期に食料不足に陥るでしょう。東の方は古い考えのまま他者からの略奪で生活しているような生活能力ゼロな連中なので、遅かれ早かれ生活が破たんして我々西の方に頼るのは目に見えています。それはいけない。」
指を交差し、×印を作るアザゼル。
「我々は自分達で自給自足出来るサイクルを作りすでに完成しています。余所の連中に渡すだけの余剰分はないんです。一応いくらか貯蔵したり、する為の分はありますが……それでも東の方に放出すれば、あっという間に空になります」
「……う、うん」
なんだろう……なんか……なんか……。
「逆に、人間側が勝利すると、勢いづいて我々西の方にも遠征してちょっかいをかけて来る可能性があります。我々は戦いとか好まないし、得意でもない。故に人間側に勝利されても困るのです」
ふう、と息を吐く魔王アザゼル。
……うん。薄々気づいてはいた。気付いていた、けど……。
「………………
なんか、魔王のくせにえらい所帯じみているね、この魔王……」
「分かります? 日々の暮らしやクレーム対応だけでもいっぱいいっぱいなのに、東の魔王が好きかってやり出してこっちも困っているんですよ~」
そう言って出された紅茶を啜る魔王。えらい人間臭いなあ、おい。動作がその辺の中年おばさんと変わらんぞ。
「東の魔王って昔から戦好きのどうしようもない暴れん坊で。もう少し政治とか日々の生活とか、その辺を考えて落ち着いてもらえたらいいんですけどねー。本当、困った子ですよ」
「〝子〟なの?」
実はこいつの方が、年上?
「いえ、それはまあ言葉のあやと言うものでして」
ごほんと咳払い一つするアザゼル。
「ともあれ、東の魔王側に勝たれても、人間側に勝たれても、我々西の魔物側としては困る訳でして。それで勇者が魔王討伐に乗り出したという話を聞き、取り敢えず様子を見ることにしたのですが……」
そう語るアザゼルに、ずっと気になっていた疑問を意を決してぶつけてみる。
「……それは分かったけど……なんで魔王本人が乗り出しているの?」
そう、これが一番の疑問。別に側近とかで良くない? 何故魔王本人が出てくるのか。
私の疑問にぴくりと身体を震わせ、やがて観念したかのように魔王は茶器を置いて語った。
「……我々西方の魔物群は、戦いを好まないもので構成されていると説明したでしょう?」
「う、うん……って」
おいちょっとまて。まさか……。
「まあ要するに……
戦えるのが魔王である自分以外いないんですよね……」
『人材不足で魔王自ら出陣を⁉』
私とメーブ、ザザンの声が唱和する。同時に明後日の方を見る魔王の頬に一筋の冷たい汗がたらっりと流れる。
「どんだけ人材に困窮しているのよ、西の魔物⁉」
「こ、困窮はしていません! た、ただちょっと戦闘に特化した連中が少ないだけでして……!」
「困窮してるじゃん」
私の言葉にしどろもどろで言い訳するアザゼルを、ばっさり切り捨てるメーブ。
「い、いない訳じゃないんですよ? ただ、やっぱり東の魔王と戦うとか話し合いとか、そういうことを考えると力不足が否めなく……泣く泣く魔王である自分が行くことに……」
「切羽詰まっているでござるなぁ」
しみじみと頷くザザン。本当にな。
「ごほん。まあそういう経緯でして」
どういう経緯だ。
思わず零しそうになった言葉を飲みこむ。いかん、めっちゃツッコミたいけど話が進まなくなってしまう。
「この国の王子が勇者と認められ、魔王討伐に行くと聞いたので取り敢えず素行調査をしてみたのですが……」
魔王は探偵か何かか?
「その実、あんまりよろしくないですね」
「よろしくないんだ?」
「ないですねぇ」
メーブの言葉に頷くアザゼル。
「………………」
そっと目を逸らす私。うん……まあ……うん。
「女をとっかえひっかえ……なんて当たり前。時には仲間すらも入れ替えるのにためらいが無い。
こちらにおられるリラさんも新しく大国から別の宗教の神官が来るのでパーティをクビにされたでしょう?」
「しっかりリサーチされてるし!」
くう、人の気も知らないで!
「ああいうのが勇者だと、困るんですよね……勇者なのに評判悪くて人望はないし、女だけでなく仲間もとっかえひっかえみたいですし、お金は湯水のように使うし、手を貸そうと思っても魔王だからと断られるだろうし」
「最後のは誰が勇者でも同じだと思うけど」
魔王をパーティに加えて魔王討伐って意味分かんないし。
「どうしたもんかなーっと思っていたら此方のリラさんが離脱させられたのを知って、取り敢えず会ってみようと思いこうして参ったのです」
「会ってみようって……会ってどうなるのよ?」
会っても力になれないわよ。
私の問いにしかしアザゼルは困惑した表情で続ける。
「取り敢えず、勇者の話を聞かせてもらって……なんとか勇者パーティに加えてもらおうかと。
実際調べただけで百聞は一見に如かずといいますし。リラさん的には会うのも嫌かも知れませんがなんとか紹介してもらえたら……と。
パーティに入れなくても、要所要所で影ながら支えてあげて、上手く立ちまわって両方疲弊してくれれば、西方の魔王として和解なり、調停なり、共倒れなり出来るかと……」
「『共倒れ』て」
「人間臭くても所詮は魔王か」
ザザンとメーブが唸る。うん、結構エグイこと言うなあ。流石魔王。
「何言っているんですか! 東方だけでなく西方の魔王軍とも戦わないといけなくなるかもしれないんですよ⁉ いくら西方が戦いに特化していないとはいえ、それでも戦闘経験のない民草くらいなら流石に蹂躙出来るんですからね⁉ そうなったら挟撃されて人族は生き残るのも難しくなるんですからよ! いいんですかそれで! 大参事になってからじゃ遅いんですからね!」
「う、うう。こいつ魔王のくせに一番常識あるな……」
前の二人が変態マゾと武士道な忍者とかいうあっぱらぱーだからか、余計常識度が際立つ……!
「と、とにかく。僕の要求は勇者との仲介です。角は魔術で隠して一魔術師を装い、どうにかして勇者を導いて東の方の魔王と対決させて少なくとも消耗させる必要があるんです。
性格は悪いようですが、そこはまあ旅している間においおい矯正して……いくしかないでしょう。他に勇者候補とかいないようですし」
「勇者との仲介……つまり紹介ねえ。追放した私の言葉に耳を傾けるとは思えないけど……」
でも断ったら余計ややこしくなりそうだなあ、こいつの場合。
「そこはまあ紹介さえしてくれればいいです。後はさっき言った通り偶然を装って要所要所手伝ってあげて上手く立ち回ればいけるかなーっと」
「偶然を装うって言ってもねぇ……」
「不審者ですな」
「……と、魔王よりもよっぽど不審者な二人が言っておりますが?」
「「酷い⁉」」
抗議するメーブとザザンを黙殺。アザゼルは困った表情を作るが、それでも……と言い募る。
「確かに不自然かもしれませんが、正直他に良い手が思いつかなくて。他に勇者候補もいないようですし、正体明かして魔王討伐に動いている国とかに協力しても用済みとなった瞬間背中からばっさり切り捨てられるのは目に見えてますし……。
やっぱり個人とかある程度小さな団体に正体隠して手を貸すしか我々西方の魔物群としては生き残る術はないんですよ」
「魔王なのになんて世知辛い! 魔王なのにすっごい世知辛いな!」
「すごい苦労人っぽいよ。人間じゃないけど」
思わずツッコム私とメーブ。この魔王、滅茶苦茶常識人の上苦労しているな!
「魔王だからって別に無差別に人間なんか襲う訳ないんですけどね。東の方のルシファーと所謂ヒロイックサーガ的な冒険譚のせいで、すっかり魔王=好戦的というイメージがくっ付いてしまって……」
「まさかの魔王が風評被害……!」
結論
う、ううむ。まさかこんな魔王もいるとは……⁉
唸る私に三人の視線が集中する。う、こ、これは……。
「で、どうするの?」
冒険者仲間を探す呪われたビキニアーマーを着こなすメーブ。
「ぜひとも魔王討伐にお加えいただきたく!」
魔王討伐に参加したい武士道な忍者、ザザン。
「取り敢えず、勇者に会いたくないとは思いますが、どうか紹介だけでも……」
おずおずと尋ねる角生やした美しき銀髪の青年魔王、アザゼル。
私の答えは……答え、は……。
「………………
取り敢えず全員勇者に紹介するから、明日から勇者追いかけよっか?」
溜息と共に、私は渋々泣きながらそう返したのだった。
これが――旅の始まり……否、再会の序盤の出来事となったと分かるのは、暫くした後のことである。
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