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世界で一番ラブコメからかけ離れた男子高校生  作者: azakura
1章 ラブコメからかけ離れた男子高校生と、女子
3/38

1-2

 翌日、放課後。

 廊下を歩みつつ、そういえば昨日、告白の手伝いを出雲さんに頼まれたんだっけ、と佐久間は思い起こしていたその時、


「あっ」


 角の出会い頭、一人の女子生徒と軽くぶつかってしまった。


「あ、すみません」


 書類を胸元で抱えている女子に軽い会釈をしたが、


「…………チッ」


 嫌そうな顔で露骨に睨みを利かせている彼女。よく見れば、目鼻筋通った、余分な部分をすべて削ぎ落としたような完璧なる顔立ち、スラリとしたモデル体型がひときわ目を引く。

 そして背中中段にまで掛かる艶やかな黒髪ロングを見て、佐久間はあの名を思い出した。


「たしか……秋月さん……でしたっけ?」


 秋月燐。

 一年生でありながら、生徒会副会長を務めている同級生。直接な面識はなかったものの、とある理由で佐久間は彼女のことを知っていた。

 そんな秋月燐は嫌な顔をやめることはせず、


「私もあなたのことはよく知っているわ。はじめまして、佐久間導寿くん」

「あ、はじめまして」


 そうして再び会釈をして、しっくりこない気持ちを抱えながらも佐久間は立ち去ろうとした。


 しかし、


「ちょっといいかしら?」


 佐久間は立ち止まり、声の方へ、髪を滑らせるように顔を向ければ、


「実は前々からあなたに話したいことがあって、生徒会から。時間をくれるかしら?」

「悪いことした覚えはないけど」


 それでも燐は「いいから来なさい」と強調するので、佐久間は命令に従い、彼女の後ろを付いてゆくことにした。

 そうして一歩先に到着した燐は扉を開けて、室内のソファに座るよう佐久間に促す。

 狭い室内、どうやら案内されたのは、生徒会会議室の隣に位置する部屋らしい。腰の低いテーブル、対に設置されたソファから察するに、おそらく生徒会の関係者を招くための部屋、もしくは生徒会役員が私用で使う部屋であろう。


「ありがとうございます」


 燐は淹れたコーヒーを佐久間に差し出す。腰を屈めてカップを置くだけの所作なのに、綺麗な黒髪を指で掻いて、妙な色気と年離れした風味を感じさせた。

 燐は佐久間の対面に座り、静かにコーヒーを含む。佐久間も燐に併せ、ズズッとコーヒーを口に流した。


「それで、ボクに何の用が?」

「何の用……、ね。ええ、この際ハッキリと言わせてもらうわ」


 すると燐はソーサーにカップを置き、――――バシッとテーブルに手を付いて、


「髪、切れ」


 見下すように眼光を鋭く光らせ、彼女は佐久間に強く言い放つ。


「え、嫌だけど」

「いいから、切れ」

「どうして? 絶対に切らないけど?」


 はぁ……と呆れ返ったようにため息をついた燐、


「校則で定められている男子の髪の長さ、知ってる? 耳を覆う時点でアウトなのよ。多少は許されるとしても、佐久間くんレベルはさすがに見過ごせないわ」

「身だしなみ検査、顔パスで通してくれるし」

「何者よ、キミは……。まあ私だって校則はどうでも……とまではいかないけど、まあいいわ」

「なら、どうして髪を切れと? 秋月さんに迷惑をかけてるわけじゃあるまいし」


 ピクリと、燐の細い髪が揺れる。同時に、眉も引きつりを見せた。


「迷惑を……かけたわけじゃぁ……あるまいしぃ?」


 燐は佐久間に思い切り人差し指を差し、怒りに満ちた顔を前のめりで近づけて、


「この高校に入学して以来、後姿をどれだけキミに間違えられたと思ってるの?」


 佐久間は呑気にハハッと笑って、


「ボクもこの前間違われたよ。角を曲がる寸前だったかな?」

「なにが可笑しいのよ、まったく……。髪の長い女子なんて他にもいるはずなのに、どうして佐久間くんなんかと……。キミだってニセ秋月燐呼ばわりされて嫌じゃないの?」

「隠れファンクラブもある秋月さんに間違われるなんて光栄だよ」

「そういえばそんな集まりもあったわね。指咥えてることしかできない童……男子には興味ないけど」

「実はボクもファンクラブに入会してるんだ」


 燐は開いた口を上品に、かつわざとらしく手で覆い、


「え、女が好きだったの? そういう外見だからてっきりソッチ系が入ってるかと……」

「別にそういう意味じゃないんだけど、会員証のデザインがカッコよかったからね」


 そうすると佐久間はテレフォンカードサイズの会員証を財布から取り出し、燐に示した。


「それ、わざわざ私に伝えることかしら? 煽ってるの? ねぇ、煽ってるの?」

「ついでだけど、秋月さんの髪にも興味あったんだ。艶のいい髪してるなって。せっかくだし、お手入れの方法を訊いてみてもいい?」


 自慢でもするように、長い髪をフサリと掻きつつ佐久間は尋ねた。


「ついで呼ばわりしといて図々しいわね。お手入れ? シャンプー前に髪を丁寧にとかして、洗ったあとの水分の飛ばし方に注意してる程度よ」

「その程度ってことは、元々の髪質がいいんだね。うらやましいよ」

「褒めてくれてありがとう。……あら、」


 燐の前に置かれたスマートフォンが小刻みに振動する。彼女は携帯電話を手に取り、


「失礼するわ、会長からね。……――はい、秋月です」


 受話口を耳に当て、ポケットからペンとメモ帳を即座に用意する。手慣れた滑らかな動作だ。


「……――はい、その書類は作成しておきました。期限は今週中ですけど、それまでに一旦先生に見せる予定です。あ、はい、らくおうさいの件も――……」


 対面の佐久間は燐を眺める。先ほどまでは特に感じなかったが、一年生ながらこうして生徒会の職務をこなし、上級生と円滑にコミュニケーションを取る姿は、やはり遠くの存在に思えた。きっと噂どおり、学業でも良い成績を収めている優等生なのであろう。

 数分後、燐は電話を切り、


「悪かったわ、最近は洛桜祭絡みで何かと忙しくて。ともかく、佐久間くんは男子らしい身だしなみを心得るように。わかった?」


 佐久間は適当に返事をし、退室をした。だが部屋を出るや否や、自ずと扉の方に振り向き、


「…………」


 こうも続けて顔馴染みのない女子から声を掛けられるのは珍しい。

 ひょっとしたら昨日の出会いも今日の出会いも、何かの縁がそこにあったからなのかもしれないと、佐久間は漠然と思ったのであった。


       ◇


(佐久間、昨日のことちゃんと覚えてるよね?)


 チャームポイントである二重のパッチリとした瞳に軽い力を込め、雫玖は廊下を進んでゆき、


(昨日の私、図々しかったかな? だから佐久間に逃げられても文句は言えないけど)


 そうして彼の属する一年三組の教室前までやって来たところ、


(あれ、佐久間が二人……? いや、まさかあれって……っ)


 遠目ではあるものの、とりわけ目を引く黒髪ロングのペア。記憶が鮮明であるからか、片方はすぐに佐久間だとわかった。しかし問題はもう片方、女子制服姿の彼女。


(あの髪……、どう見ても……秋月燐だよね? うっそ……、なんで佐久間と一緒にいんの!?)


 しかも話をしているだけではなく、二人でどこかへと向かう様子だ。


「まさかまさか付き合ってるんじゃ……。いやいや、ないか。……うん、ないよね。……ないよね!?」


 しかしありえないとはわかりつつも、モヤモヤとした疑念は胸からなかなか消えず、


(うっそ、私って……あの佐久間にも負けてるの…………)


 廊下の真ん中で突っ立ちながら、心の中で愕然と崩れ落ちる雫玖であった。

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