彼と私とカセットテープ
お風呂上がり。胸元まである髪をタオルで拭きながら冷蔵庫からビールを取り出す。リビングのTVを見ると、昔に相方を亡くして解散した芸人が泣きそうになりながら当時の思い出を語っていた。
ふと扉を閉めた彼の部屋から微かに話し声が聞こえて来ることに気付く。
扉を開けると彼がこちらに背中を向けて、ラジカセの前でカセットテープを聴いていた。
年代物のボロボロのラジカセからはあのお笑い芸人の声がしている。
これからのことなど知らない彼らは若かりし頃の声で軽快に話をしている。
彼の部屋を眺める。
汚い文字でひとつひとつタイトルが書かれたビデオテープ。読まれすぎてボロボロになった紙の本。隅から隅までびっしりと文字が書かれた大学ノート。
物が場所を取ることが好まれないこの時代で、彼の部屋は物の居場所ばかりだ。
不便なものは便利なものに淘汰される。
私は思う。
彼の部屋は時代に捨てられていくものの終の住処のようだ。
この場所で彼らは最期の命を燃やすのだ。
「ん?」
私に気付いた彼が振り向く。その目には涙が浮かんでいる。
私はひとつ笑って「何でもない」と穏やかに横に首を振る。
人は彼を時代遅れだと言う。
でも、私は「時代遅れ」を愛してる。
テープが終わる。
カセットを裏返すと翌週の彼らが始まった。