第99話 カウバに着くまでに
「や、やっとつきましたぁ~」
トレスを含め幾つかの町を経由して辿り着いたカウバは、おおよそストラと変わらない規模の町のようだった。
町の中も同じ、いや、少しストラより人通りは少ないかもしれない。
失礼だがユッカが『そんなに変わったものなんてない』と言ったのも頷ける。
「どうして毎朝こいつと走ってるあんたが一番疲れてるのよ。いつも体力余らせてるくらいじゃない」
「だって今朝も特k、んでもないです……」
「……へえ?」
「すまない、やり過ぎた」
「そもそもやめなさいって言ったでしょうが!!」
そんな事を言われても。
今回ばかりはユッカの意見に賛成だった。
いくら遠出だからと言ってトレーニングを休むには長すぎる。
何もストラ滞在時と全く同じメニューをこなしたわけではない。
昨日の道中を踏まえ、過度な疲労にならないよう最低限の調整はしてあったのだ。
それに今回、レイス達とは別行動。
二人だけとなるとやれることも限られる。
そう、今回は五人だけでの旅路となった。
てっきりカウバにもいくものだとばかり思っていたから少し意外だった。
なんでも、別の依頼を受けたかったらしい。
若干とってつけたような感じもあったが余計な詮索はしないでおく。
「ち、違うんですよ。わたしがキリハさんに頼んだんです。キリハさんばっかり責めないでくださいっ」
「あんたにも言ってるわよ最初から!」
「はいっ!?」
……何故、説教が俺相手だけだと思ったのだろう。
しかしユッカはどう見ても本気で驚いていた。
そもそも最初、自身に関わる話題から広がったことを覚えていなかったらしい。
いくらリィルが俺の方を見たからって、それで終わるわけがないだろう。
「ま、まあまあ……リィルちゃんも落ち着こう? 話なら宿に戻ってからでも遅くないし。ね?」
「……そうね。確かにその方が落ち着いて話せるもんねえ?」
「それのどこが落ち着いてるんですか」
「ちなみにリィル。情状酌量の余地は」
「ないわよそんなの」
完全に計算を間違えた。
宿に着いてあとも続くのならさすがに話は別だ。
追い込みたいのか。そうまでして追い込みたいのか。
「まあ今のは冗談にしても、何かこの町でやることを探す必要はあるかもしれない。エルナレイさんが着くまで今日を入れてまだ六日もある」
「依頼でいいじゃないですか。わたし探してきますよ?」
「そう言ってサイクロプスの依頼選ぼうとしたこと、まさか忘れたんじゃないでしょうね? あたしとアイシャでやるからあんたは大人しくしてなさい」
「あ、ありましたっけ? そんなこと」
「さすがにそれは無理があると思うよ、ユッカちゃん……」
あったな。確かにあったなそんなこと。
確かひとつ前の町――名前をすっかり忘れてしまった――でのこと。
予定よりも進みがよかったから、少しその街でも時間を潰そうという運びになった。
提案したリィルとしては、あてもなく町を見て回る程度のつもりだったのかもしれない。
そこへユッカが持ちこんだのがその依頼だった。
最終的に午前と午後で分けたのだが、その時――
「結局キリハさんが倒してた、です」
「こいつ以外、あたし達が誰も戦えないんじゃ意味ないわよ。まったくもう」
「あれは事故だろう。さすがに驚いた。危険な魔物と言うからてっきりもっと森の奥にいるものだとばかり」
「普段はそうよ。普段は。だから驚いてたのよ。協会の人」
「キリハさんが倒したのもありそう、です」
「驚いたって反応じゃなかったですよね。あれ」
驚く事ばかりではなかった。
迷宮の剣があれ以来やけに機嫌がいい。
鞘の話をしたあたりからその傾向はあったが、より如実になったのはその時からだ。
「いいじゃない。着いたばっかりなんだから今日くらい休んでも。特にキリハは」
「何故いま名指しした?」
「あんたが一番色々やってるからだけど?」
色々。なるほど。……ふむ。
「そんな大袈裟な。少し倒した魔物が多かったくらいで」
「……そ。じゃあここに着くまでの間に倒した魔物の数、覚えてる?」
「多くて五〇〇に届くかどうかだった筈だが」
「一日三〇体以上倒してることに疑問を持ちなさいよ!!」
たかが三〇匹とは言えない雰囲気だった。
相手は基本低級の魔物ばかり。
こちらからの先制攻撃で全滅したことも一度や二度ではないのだ。
何より、夜になるとやたら魔物が活発になったのもある。
そのことを考えればむしろ少ないくらい――
「だ、誰かぁあああ――――っ!!」
悲鳴に、脇道へそれた思考が一気に戻った。
すぐ後ろ。具体的には門の辺り。
「っ、キリハさん!」
「いいのか? 疲れは」
「そんなこと言ってられませんよっ」
「同感」
ユッカと頷き駆け出した。
荒事でなくとも多少の力にはなる筈。
「ちょっ、速っ……! あんたたち待ちなさーい!!」
「すぐに戻りますから! リィルは先に宿とっておいてください!」
「何もそこまで任せきりにしなくても」
「いいじゃないですか。このくらい」
なんて容赦ない。
まあいい。俺達が早く片付ければ済むことだ。
幸い標的の姿はすぐに見つかった。
「ユッカは左の三体を頼む」
「了解ですっ!」
全部で一〇。
一匹を除けばさほど脅威にもなりそうにない。
「《氷壁》――《薙炎》!」
追われていたのは旅行客のようだった。
氷の壁を挟んだ魔物の向こう側。
武器も装備も、何一つとして身に着けていない。
身動き一つとれない状態。
だがおかげで、灼熱の刃を叩きつけるだけの空白は十分にあった。
曲刀に盾を持った魔物だけが炎の中を生き残る。
二足歩行かつ、馬のような頭。
得物を硬く握った両手もある。
「早く町の中へ。あいつの相手は俺がします」
刃を受け止め、押し返す。
次の一撃は一歩前で同様に。
更に、一歩前進。剣の腹で受け止める。
その間に旅行客たちはみな門を目指して走っていた。
(あの格好、剣士のつもりか? 一体だけ明らかに違う……いや)
押し返す間もなく剣士風の魔物は退いていた。
しかしまた、五メートルあった隙間を一瞬で詰めてくる。
型にはまらない剣術。
刺突はなく、上から下から果敢に攻めて来る。
刃を弾けば、その勢いを乗せ更に一撃。
防御の力加減にも徐々に慣れつつあるのが分かった。
「《掻雷》――《斬水》」
雷を放つ迷宮の剣を魔物の真上から叩きつける。
相手の感覚と間隔が掴めたのはこちらも同じだった。
具体的には、俺が曲刀を弾いてから次の一撃が到達するまでの間の時間。
しかしそこに魔物の姿はなく、止む無く放った水の斬撃も躱される。
再び、剣戟の応酬。
相手は技に長けた魔物だった。
そして、撃ち合いの中、迷宮の剣を振り切ると同時に突き出した左手を魔物が掴む。
(手を掴んだくらいで――)
逆手に構えた刃は地面を突いた。
俺の手を掴んでいた魔物の腕には掠りもしていない。
魔物が手放した筈の盾も見当たらない。
いつの間にか回収されてしまっていた。
(……やはり違う。こいつだけ明らかに戦い慣れている)
それもあまり上品とは言えない――俺のような戦い方になれている。
「――!」
俺もさすがに自分の得物をブーメランのように投げたりはしないが。
回転しながら飛来した曲刀。その柄を掴み、すぐさま投げ返した。
魔物の首を狙った刃はしかし円形の盾にはたき落とされ、魔物の意のまま、再び俺の目の前に現れた。
刃が何度もぶつかり合う。
空気を斬る音に遅れて小気味のいい金属音が連続し、火花を散らした。
刃が掠った雑草が宙を舞う。
肩を。首を。腹を。腕を。足を。
お互いがお互いを狙い合い、何度も刃が交わる。
盾を交えた魔物の攻防は器用なものだった。
しかし盾も、迷宮の剣を完全に止めるには至らない。
そんなある時、不意に視界の中央で茶色の影が揺らいだ。
――目くらまし。
左前腕で受け止め刃を振るう。
その一撃が、勝敗を決めた。
「……こんな小細工が頼みの綱だったとはな」
左腕を切り落とされた馬頭の魔物は俺を見上げていた。
溢れ出す黒い粒子を抑えながら見上げていた。
諦めたのか命乞いか、俺に確かめる術はない。
「《魔撃》」
次の瞬間には、もう魔物の姿は消えていた。




