第96話 対策会議
「第一〇回、対策会議ー」
締まり切らないレアムの号令。
それもその筈。アイシャ達の表情はすっかり沈みきっていた。
盛り上がるわけではないと、過去の九回でレアムは思い知らされていた。
「う~……どうして忘れてたんだろ……」
事件が起こる前から用意しておけば。
しかし今となっては後の祭り。
「しょーがないですよ。一緒に買いに行ったのに忘れたやつがそこにいるじゃねーですか」
「気が付かなかっただけですよっ!」
遅くなった分、とびっきりのサプライズを用意しよう。
その考えにこだわり過ぎてしまったのが失敗だった。
何を送ればいいのか分からない。
迷っている間に時間は過ぎ、更に頭を悩ませる。
途方もない悪循環に陥ってしまっていた。
「はいそこ、揉めないでねー。折角『形に残るものがいい』ってところまで決まったんだから」
「そこまで辿り着くのにこれだけかかってやがるですよ。あんなに期間あったのに」
「言わないでよ~!」
あの贈り物の事件から既に三〇日が過ぎようとしていた。
それだけの時間が経過してしまった今、訊くに訊けない。
そう思い込んでいるがゆえに最初の段階で躓いてしまっていた。
「変なものじゃないなら大丈夫だと思うけどなぁ。彼、言ってたんだよね? 自分が送りたかっただけだからって」
「だからだよ。私だって送りたい……送りたいんだけど……」
「左に同じ、です」
決めることができなかった。
当日、いや翌日に訊いておけばこんなことにはならなかったに違いない。
お返しを渡すまでは使わないと決めた香水もすっかり戸棚の番人となってしまっていた。
「じゃあもう少し整理しよっか。とりあえず武器はなしだよね。今も迷宮で手に入れた件があるし」
「でも使ってるとこ、あんまり見ない、です」
「だよね。昨日の夜も剣に向かって喋ってたし……」
「また機嫌悪くなってるんですか」
「使わねーキリハが悪いですよ」
今に始まったことではなかった。
早朝の鍛錬を除けば手に取り戦うのはごく僅か。
それも低級の魔物の相手ばかりだった。
そんな現状に意志を持つ刃はすっかり腹を立てていたのだ。
「やっぱり服がいいんじゃないですか? 家用なら傷む心配もないですし」
「でも好き嫌いが分かんない、です」
「あ。あいつらアテにするなですよ。絶望的に選ぶの下手ですから」
「キリハ君もあまりこだわりとかなさそうだけど」
アイシャ達は知る由もないが、桐葉の服装はよく言えばシンプルな、悪く言えばありきたりなものばかりだった。
魔戦が激化し、スーツばかりを着ていた彼に服装のセンスなどある筈がない。
「そこはあいつみたいに当たり障りのない柄えらべばいいでしょ。……まさかあんなもの用意してるなんて思わなかったけど」
「まあねぇ。結局誰か教えたの? あの意味」
レアムにしてみれば、気晴らし程度の話題転換だった。
このままではまた行き詰まってしまう。そう判断したが故の一言だった。
「「「……」」」
しかし、話を振られた少女達が答えることもなかった。
俯き、目を逸らし、下手な口笛を鳴らす。マユも首を傾げている。
誰の目にも答えは明らかだった。
「あ、分かった。なんとなく察した。まだ誰も言えてないままなんだね、うん」
「ヘタレることでもないでしょーが。何か変わるわけでもないのに」
「本当に何も変わらなかったらそれはそれでショックあるんじゃないかなぁ、特に二人……」
「ふ、二人って誰よ!」
意識すらされていないのではないか。
キリハ自身にそのつもりはなくとも今の状態ではそこまで飛躍してもおかしくない。
そこで勢い任せに押し切れるのなら、ここまで話し合いも長引かない。
「叫ぶくらい自覚あるなら黙ってろです。あのバカどもが聞き出すのを待ってたら次のバスフェー始まってるですよ?」
「言い過ぎ。さすがに言い過ぎ。多分その前に気付かれるよ」
あまりに辛辣な評価。
しかしそれは、レイスとトーリャの二人と長い付き合いがあるからこその言葉だった。
キリハ相手に誤魔化せるとは思えない、と。
「いっそ意味もあいつらに……なんて、無理でしょーね」
「何よりちゃんと本人の口から伝えないとダメなんじゃないかなぁ? こういうのって」
実際、レアムたちの予想は正しかった。
「トーリャ後ろ!」
「右だ、レイス!」
風を斬り突き出される刃。
振り向きざまに半円を描く戦棍。
隆起した土の柱を貫き、砕く。
二人の表情にはやや疲れが浮かびつつあった。
「そこまで。……二人合わせて三〇本か」
時間を考えればむしろ速いくらいだろう。初回とは比べ物にもならない。
討ち洩らしは三回。この調子なら十分にパーフェクトを狙える。
出現する位置を覚えられるようなものでもない。
それはつまり、レイスとトーリャが成長したことを意味する。
合図で地面に座り込んだ今も、まだ満身創痍とまでは言えない。
「な、キリハ少し回数減らしてくれよ……無理、さすがに間に合わねー……」
「一本ずつ出しても今の二人には練習にならない。気付いていなかったか? 今日の一回目も、何度か同時に出現させたこと」
「それは、なんとなく」
「つまりはそういうことだ。今の二人なら十分に間に合う」
「……とかって、こっそり三つめ出してないだろうな?」
「? それはもう少し経ってから追加する予定だったが」
今の時点ではまだ早い。
出現させるのは二本で十分。
ミスの回数を平均して、一回になってからでも遅くはない。
俺の見立てではその日が訪れるのもそう遠くはない。
「じゃあ、交代だ。任せろ」
「ああ。いつも通りに頼む」
「どうすっかな。キリハ相手じゃ三本同時でも足りないからなー……」
迷宮の剣を手に舞台に上がる。
半径は一〇メートル程度。
土で作り上げられた舞台にはある仕掛けが施してあった。
石を――別にある程度の大きさがあれば他のものでも構わないが――投げつけると、着地した瞬間に伸びるというもの。
空を目がけて一直線に伸びる。あっという間に伸びる。
高さの想定は二メートル。
それを即座に破壊していくというもの。
持続時間は三秒。
それを過ぎればまた元通り。
理想は障害物を交え、より広い範囲で行うこと。
しかしまだ難しい。いかんせん未完成の魔法だ。詰められていない部分があまりに多い。
(……そう文句を言うなよ)
騒がなくてもこれから存分に暴れさせてやる。
合図は必要ない。
傍の左、四時後方、二と八の方向、両端。
大振りは不要。
早く正確な一撃を。目で見る必要がない。
現れた瞬間破壊する。ただそれだけ。
「――《魔斬》!」
溜めた魔力で仕上げに一発。
今ので二人の手元にある石もなくなった。
「…………」
「はっやー……」
レイス達の時に使った物と合わせて一〇〇個。
もう少し詰められる。
(……あと少しか)
俺にとってもこのトレーニングは有意義なものだった。
回数を重ねる度に迷宮の剣が手に馴染む。
まさかこのグローブに妙な仕掛けが施されているなんてことはないだろう。
「おつかれキリハ。早すぎてほとんど見えなかったぜ」
「それは、駄目だろ」
「なんだよ。じゃあトーリャは見えてたのか?」
「一応、何回か」
「そこで張り合わなくても」
動体視力のトレーニングのつもりはない。
まだ《加速》までは使っていないからいずれ目が追いつくだろう。
「でもやっぱりさ、そんなキリハにも悩みとかあるよな?」
……なんて不自然な。
狙いも分からないわけではない。
その原因が自分にある事くらい知っている。
「まあ一応、あるにはある」
申し訳ないことに、目下の悩みはそれではないが。
「だろ? 今はオレらしかいないんだし話してみろよ。力にはなれないかもしれないけど、言えば少しは気が楽に――」
「――という体で贈り物の候補を聞き出すように頼まれたのか? レアム辺りに」
「……やっぱりバレた?」
「さすがに話の流れに無理がある」
悩ませてしまっているのは知っていた。
しかし生憎、俺にもそれとなく伝える術を持たない。
そもそも希望品が思い浮かばない。
頼みの綱のアイナさんは不干渉を貫いていた。
「いやでも、ほんとにないのかよ? あれだけ用意してたのにさ」
「見返りを期待して贈ってどうする。そんな事を考えていたら贈り物なんてできるものか」
「そういうのいいから。むしろそれ今は困るだけだからな?」
「む……」
分かっている。分かっているとも。
「確かに、キリハに訊くのは難しいかもしれない」
しかし本当に思い浮かばない。
何も浮かんでこないのだ。
「自分の事には、無頓着だからな」
「別にそこまで言われる程ではないんだがな?」
何か。何か少しくらいはある筈。
……食品?
「そうそう。さすがにトーリャのは言い過ぎだって。新しいグローブ用意してるじゃんか。キリハも」
触れるか。そこに触れるか。
いや、むしろアイシャ達がいないこのタイミングの方がいいか。
「……そういえば、気になっていた。いつの間に、そんな物を?」
「おそらく二〇日ほど前に」
「……おそらく?」
「顔を合わせまいと協会に預けられた送り主には会っていない。……まったく、何を考えているんだか」
用意したアレも、わざわざ泥棒の様にこっそり持ち帰る必要なんてないだろうに。




