第93話 無謀な提案だとしても
正直、我ながら無謀な提案だと思った。
町全域へ魔法を行き渡らせるなんて真似、俺自身ほとんど経験がない。
はっきり記憶にあるその時でさえ、使ったのは異形共を狩り取るための魔法。
殺意を込めた無数の刃で認識した敵を薙ぎ払っただけだった。
そんな、ある意味で単調な掃射でさえ決して楽なものではなかった。
一つ一つの動きを適宜調整するような真似、今の俺にはできやしない。
だからその点にはあまりこだわらないことにした。
町への被害だけはないように、それ以外は基本的に全て自由にさせることにした。
普段は流れに任せたまま、動体を捕捉すればそれを追いかけるように。
おそらく町にいる人々には防衛機能に見えている集約も、専用に組み込まれたものではない。
その部分こそが唯一の例外。
俺を含む町の中の誰かが脅威と判断したその瞬間に集まり、疑似的な防壁を成すように。
町中に散らばる光はある意味、一つの魔法とも言えるもの。
一つでも異常を検知すれば同時に全体に伝わる。
欠点は集約を繰り返す都合上、一時的に手薄な部分ができてしまう点。
そこばかりはこちらでフォローするしかない。
各方面の協力を得られなければそれすら難しかっただろう。
防衛の役割は本来別の魔法を用意するつもりでいた。
おかげであちこち走り回る羽目になった。
快く協力してくれたことには感謝しかない。
協会のお墨付きとはいえ、そんな簡単に決められる話でもなかった筈だ。
苦労が多かったのはきっと、アイシャ達も同じ。
「――成功させよう! 絶対に!」
それでも決して、あの目が揺らぐことはなかった。
「《斬水》」
追い立てようと躍起になってしまっていた。
空へ目掛けて一直線。
減速する術を失った魔物を水の刃が二つに裂く。
(やはり個々の能力は恐れるようなものでもない……むしろ劣化してさえいるような)
追撃はなかった。
何より背後の陽の光が原因だろう。下からは輪郭程度しか見えていない筈。
竜巻のような吐息も以前ほどの脅威にはならなかった。
たったの一撃で容易く結びつきを失ってしまうのだから比べ物にならない。
「油断は禁物ですよ。これ程までに広い範囲へ魔力を撒いているんです。余計な事を考えていては……」
「ああ、分かっている。心配しなくてもお前がかけた保険を頼らないよう気を付ける」
「……頼られた方がまだ気が楽ですよ」
それはあくまで最終手段。
イリアが用意した防護結界に気付いたのは少し前のことだった。
具体的には魔物が現れた直後。イリアが展開したタイミング。
俺の防壁とは違って、維持に魔力を必要としない堅牢な盾。
あればどれほど心強いか。それは俺が一番よく知っている。
だからこそ余計に頼るわけにはいかない。
ただでさえ過剰な介入はクレームの原因になるというのに。
「せめてあの魔力の制御だけでもこちらに渡しなさい。あなたの『なんとなく』を察するくらい造作もありませんよ」
「助かる。と、言いたいところなんだが……悪い。起点の細かい構造をほとんど把握できていない。支部長が以前用意したものをそのまま使わせてもらっているんだよ」
「ええ知っています。もうとっくに解析は終わっていますよ」
「またそうやって力の無駄遣いをする」
無暗に言いふらすようなやつじゃない。そのくらい分かっている。
だが、できることなら支部長秘術を丸裸にするような真似はしないでほしかったというのが本音。
当面はあいつの助力も得られないかもしれないのに。
今だってアイシャ達の近くにいる。おそらく名前も姿も明かさずに。
一匹がアイシャ達を目指したのもおそらく、あいつの仕業。
勿論、あの粒子の性能を理解した上で。
「無駄遣いとは言ってくれますね。いっそあなたの言う『無駄遣い』を突き詰めてみましょうか」
「いい。やらなくていい。お前にしてみれば簡単な事だろうからな。やるなよ絶対に」
フリなどではなく絶対に。
そうこうしている内に魔物達の目がまた不自然にそちらへ向けられた。
(……させるわけがないだろう)
風を撃ち消し、炎の渦で包み込む。
また引き寄せようとしたのは明らか。
そして今度の目的は、おそらく自身の手による討伐。
証拠は肩の先を駆け抜けた一筋の光。
まさか標的を仕留めるためだけではないだろう。偶然の筈がない。
「……また随分と舐めた真似をしてくれたものですね」
「抑えろ抑えろ。お前が乗せられてどうする」
「ありえません。あんな子供じみた挑発に乗るとでも? 逃げた先を一面ねばねばにする程度に留めておきますよ」
「世間一般でその対応をどう評するか、昔みたいに教えてやろうか」
地味な嫌がらせをしてどうする。
和解する気がないわけでもないだろうにこいつは。
悪化しても手を貸せそうにない。もし本気でやるのであれば。
確かに今回に限れば先に仕掛けたのは向こう。それは間違いない。
だからと言ってそこまでやる必要はない。絶対にない。
もう一度高度を下げて一匹ずつ仕留めていけば――
「――それはそうと、相変わらず気を許した相手にはとことん弱いようですね?」
そう思っていたのも束の間。
イリアがこういう笑顔を浮かべた時は大抵ろくなことにならない。
身体的な被害が出ないだけマシと言えばマシだが、それで済まされないのが大問題。
「おいイリア? 今度は一体――……!? お前まさか!」
「油断は禁物。ちゃんと言った筈ですよ?」
「まさかこんな近くに伏兵がいるとは思わなかったからな……!」
先程までは確かに俺にあった筈の主導権。
それが忽然と消え失せていた。感覚がプツンと途絶えていたのだ。
どれだけ念じても繋がらない。
しかし未だに光は空を包んだまま。
目を向ければイリアのしたり顔。
乗っ取られたと判断するには材料がそろい過ぎていた。
いつからだ。一体いつから仕掛けていた?
「ある程度予想していたとはいえ……これはまた随分と面倒な仕様にしてくれましたね。ほぼ全て直感頼りですか」
「それ見たことか。だから言っただろう。分かったら制御を返せ。お前だってそこまで余力は――」
「そんなことより、五時の方向。上にいますよ」
「気付いていないわけがない」
そうさせるためにわざわざ降りたのだからそうでなければ困る。
切り返し、《加速》。
両断したその瞬間、全く別の地点からも悲鳴が響いた。
一匹仕留めるとまた一匹。
斬撃を飛ばそうと直接切り裂こうと変わらない。
おかげでみるみる数は減り、気付けばもう片手の指で数えきれる程。
その程度をどうにかできない筈がなかった。
(あとは……)
同じく金で雇われたであろう一人。
預かった爆弾が自分を巻き込んで爆発するとも知らない人物。
サーシャさん達とも相談してそいつの対処は決めてあった。
「……頃合いですか」
「なんだ、もう帰るのか? 人目につかない場所なら幾つか心当たりもあるが」
「今は遠慮しておきます。……ひとまずの目的は果たせましたから。魔法が崩壊しないように調整は続けておきますよ」
これからだというのに。
それは冗談にしても、人目を避けるためだけでないのは明らかだった。
本気で力を使わない限り不毛な追いかけっこが続くだけだろう。しかしそれでは各地に余計な影響を及ぼす。
そんな恰好だけの行為をイリアがする筈もない。
「ですが、予定が狂ったのもまた事実。ああ……久し振りのデートを楽しみにしていた私の気持ちはどこへ吐き出せばいいんでしょう?」
「デート言うな。…………望みは何だ」
「人聞きの悪い。これではまるで私が脅迫しているようではありませんか。ただの独り言ですよ?」
「あんな聞けと言わんばかりの独り言がどこの世界にあるんだろうな」
「今あなたの目の前にあるでしょう? では、また今夜に」
「いくらなんでも気が早――……ち、逃げたか」
こういう時だけは転移が羨ましい。
今回のように相手が近くにいなければそこに向かうだけでも時間を喰ってしまう。
「すみませんサーシャさん。リットも。……その人が?」
「そういうことです。この超常現象の方はもういいんですか?」
囚われていたのはやはり、ごくごく普通の青年だった。
何か突出した能力があるようにも見えない。
まして顔を誤魔化すような力なんて、微かな香りすらなかった。
「おいおい、俺はついでかー? 実際にやり合ったの俺なんだぜ?」
「だろうな。知っている。かの”閃刃”にしてみればそんなに難しい仕事でもなかったんじゃないのか?」
「そうじゃないんだよ感謝だよ感謝。なんて、それ言ったらお前に土下座しても足りないんだけどな! はっはっは」
おかしい。リットのテンションがおかしい。
酒臭くないだろうな。酔っていないだろうな? ……あとでルークさんにでも聞きに行こうか。
「……無駄にうるさい方ですね」
「いつもはここまでじゃないんですよ。幻想的な光景を前に思わずテンションが上がり過ぎてしまったのかと」
「あなたも自画自賛すること、あるんですね?」
「いえ、そんなつもりでは。皆さんの力あってこそですよ」
謙遜ではなく、本当に。
目の前で簀巻きにされている人物がいるとは思えないやり取りだと自分でも思う。
「な、何のつもりだよあんたら! ボクはただ……!」
「言い訳があるなら聞きますよ? 言えるようなことがあればの話ですけどね」




