第91話 開演
「本当に大丈夫? リィルちゃん、その服……」
「い、言わなくていいから! お願いだから忘れさせて!」
顔、いつも以上に真っ赤だけど本当に大丈夫なのかな……?
キリハが最初に思い付いた魔法の公演。
だからリィルちゃんもあの服を着て宣伝するって言った。
言ったんだけど……
「キリハさんに頼んで魔法かけてもらえばよかったんじゃないですか? そんな感じの魔法ありそうじゃないですか」
「それはさすがに駄目だと思うよ……? キリハも断るだろうし……」
人を操るみたいな魔法。あの魔法は、私もちょっと好きじゃない。
前に使ったのは確か、ライザさんから話を聞き出そうとしたって。
キリハもどうしてあんな魔法を覚えちゃったんだろう……そんなものなくたってちゃんと強いのに。
「っていうかキリハは? あいついなきゃどうにもならないじゃんか」
「……聞いて、なかったのか」
「もう準備万端、所定の位置で待機中でしょーが。あいつは」
どうしてもやっておきたいことがあるって言ってた。
準備だったら手伝いたかったけど、キリハの魔法の調整って難しいみたいだし。
どうしても自分でやらなきゃいけないところが多いって言ってた。
「ごめんねー。これだけしかなくて。あれば皆にも着てもらいたかったんだけど」
「「「遠慮しときます」」」
わ、私もちょっと……
大きな声で、少しでもいろんな人に見てもらえるように。
キリハもできるだけ目立つようにするって言ってたから大丈夫。
(……大丈夫。きっと)
覚えてることは全部話した。キリハなら、きっと大丈夫。
「今更だけど、みんな本当にいいのかい? 依頼の形式もとれないし、完全に有志でやるだけってことになるけど……」
「大丈夫です。みんなで決めたことですから」
「一番大変なやつが一番乗り気な時点でもー決まりきってるですよ」
あはは、確かに。
キリハどうしてあんなにやる気だったんだろう……?
前から何かある度に頑張ろうとしてくれてた。
でもなんかちょっと今回はいつも以上にやる気あったような……本当になんで?
「「「…………!!?!?」」」
そう思ってたら、いきなり大きな音が聞こえてきた。
「な、何!? なんの音!?」
「知りませんよ! あっちからです!」
今、ちょっとだけ光が見えた……?
もしかして――
「わぁ……!」
今度は、光の雨が降ってきた。
赤、青、緑、黄色……他にも、たくさん。
「はは、あいつ……そうまでして勝ちたいのかよ……」
なんて言えばいいのか分からないけど、とにかく本当に綺麗だった。
よく知ってるはずなのに、知らない場所みたい。
町のみんなも、みんな見てた。
「キリハ君さ……君も割と手段選ばないクチだよね」
「……また随分と手間のかかる方法を思いつきましたね?」
十分に人目を集められている。
微かな安堵は来訪者によってより大きなものになった。
「まだ約束の時間には早いんじゃないのか? イリア」
「ええ、分かっています。ですがあなたもこの魔法を維持しながらというわけにはいかないでしょう? あなたの意志を最大限尊重したまでのことです」
「俺の思い付きにお前が合わせる必要なんてないだろうに」
「私がそうしたいと思ったからここにいるんです。それでは不満ですか?」
「いいや、まったく。それを聞いて安心した」
本来であれば午後に会う予定を立てていたのに。
それも踏まえた上で最低限の計画は練っていた。
イリアが人目に出たがらないだろうと思って用意したあれこれがまさかこんな形で役に立つとは。
むしろ都合がよかったかもしれない。レキュアトはほぼ出来立てだ。
最初は光の雨。
それから、昨日の内に用意した図案を元に氷像。
一つ一つ丁寧に作り上げて、時間を置いて光の噴水に変えていく。
時に羽ばたき、捕捉されないよう気を付けながら。
「……誰の手にも届かない特等席で眺めるというのも、中々乙なものです。そうは思いませんか?」
「これを特等席と言っていいのか分からないがな。いくらなんでも近過ぎる」
「あなたとの距離はいくら近くても構いませんよ?」
何がだ。
腕の中ですまし顔。
昔はこのくらいのことでも慌てふためいたと言って、一体誰が信じるだろうか。
ほぼ目の前で光が噴き出そうと顔色ひとつ変えやしない。
こんなことまでするつもりはなかったのだが、それもこれも今更か。
「関係ない。それは今これっぽっちも関係ない。口説いたつもりか」
「あら? あなたはそう感じたんですか?」
「からかうんじゃない。ただでさえ数が多くて制御が大変なのに」
範囲は町全体。
夜にルークさんやリットの手を借りて設置した印がなければこうはならない。
正直、それでも少し厳しいくらい。
光の粉を撒きながら飛んでいるのも魔法の安定が一番の目的だった。
支部長は以前、外壁の向こうでも派手な演出をして見せたという。
若干音が足りないように感じるのは仕方な――
「少し、手を出させてもらいますよ」
「お、おい?」
そう思っていたのもつかの間だった。
どこからか響くオーケストラの演奏。
元々そういった話題に疎いとはいえ、その戦慄には本当に全く聞き覚えがなかった。
「……どこから仕入れてきたんだ? こんな知識……」
「あなたと経験した以上のことは何もありませんよ。少しばかり脚色させてもらいましたが」
「だから多少使っても問題がない、と? わざわざそんなリスクを背負わなくても……」
「このくらいしかできませんから」
このくらいしか。またそんなことを。
イリアのアレンジが『少し』なら、他は一体どうなるというのか。
不思議な音符まで出現させておきながらよくもまあ。
これだけしてくれているのにまだ納得していないとでも?
一周回って欲張りとすら言える。
「あなたの身体は今、私の想定を大きく超えた状態にあります。思い通りに能力を抑え込めないのがその証拠です。こんなものはただの自己満足ですよ」
「いつも言っているだろう。そうやって責任を感じる必要はどこにもないと」
光の雨は次第に雪へ。
外壁の向こうに霊峰の姿が浮かぶ。
淡い虹色の膜が覆い、小魚が町中を泳いでいった。
触れれば七色に弾け、音符とぶつかり小気味のいい音色を鳴らす。
「いえ、牽制です。……また妙な虫がつきそうですから」
「誰のことだ。おい。誰かと知り合う度にそうするつもりかお前は」
「まさか。私にも最低限の基準はありますよ。誰彼構わずかみつくわけではありません」
「その基準とやらを超えた相手を『虫』呼ばわりするなと言っているんだが?」
「冗談ですよ」
……わざわざそんな誤魔化すような真似をしなくてもいいだろうに。
いや、おそらく何割かは本心だろうが。
嫉妬深いというか、なんというか。
それでも協力してくれる辺りさすがとしか言いようがない。
「アイシャ達のことはお前も認めていただろう。一体誰を……」
「別に認めてなどいません。ええ、まったく。あなたのことで妥協する筈がありません」
「そんな自信満々に言うようなことじゃないだろう」
発言を翻すんじゃない。
前には一度、絶対に言っていた。あの感謝の言葉はどこへいった。
その妥協しない姿勢の恩恵を受けている以上、あまり偉そうなことは言えないが。
「まあいい。あいつの件、片付きそうか?」
「残念ながら進展はありませんね。それどころか余計な妨害まで始めたようです」
「……なあ、まさかとは思うが」
「そのまさかですよ。あなたも察しはついていたでしょう?」
イリアとの交信の妨害。
妙だと思っていた。
いくら重要な話だろうと、姿を見せるのは危険性も高い筈。
そこに人見知りも加わるのだから、猶更。
だが今重要なのはそこじゃない。
「あれもそれだけ本気ということでしょう。いざとなればこちらに切り札があるということも知った上で」
「……イリア」
「分かっていますよ。使うつもりはありません。あれもその辺りを理解した上で行動しているのでしょう。全面衝突するつもりならとっくに仕掛けていますよ」
それはそうだろう。
やはり何度考えてみてもそんなことをするとは思えない。
(……なんて、そんな甘い考えをしてばかりいられないか)
「そんなことより桐葉。今度は本物の虫が出ましたよ。足を引っ張ることしかできないお邪魔虫が」
「だな。……まさか本当に狙って来るとは」
どこに隠れているのかと思ったら。
数は一〇。以前の個体と目に見えるような違いはない。
「どうしますか? 妨害されないよう閉じ込めておくのもひとつの手ではありますよ?」
「いいや、この場で叩く。……お前なら知っているだろう?」
俺が、負けず嫌いだと。




