第89話 代理人
漆黒の刃が虚空を薙いだ。
その下。屈んだまま槍を突き出し上に弾く。
仰け反っていようと俺の左足を避けるくらいの余裕はあるようだった。
既に町の人々の姿は辺りから消えていた。
警備隊の鎧も何度か見たから、上手く誰かと合流できたのだろう。
少し前まで歓声に包まれていた大通りは一転。ゴーストタウンのようだった。
魔力と金属の撃ち合う甲高い音だけが周囲に響く。
「貴様、攻めもせずに振り回して――」
「《掻雷》」
短い稲妻。
手首を掠めただけ。握る力が緩む気配はない。
手っ取り早く得物を破壊してしまおうと思ったが、刃の部分も思った以上に頑丈のようだった。
さっきからヒビ一つ入っていない。
同じ点を狙えていればまた変わったかもしれないが、ああも振り回されると狙いをつけるだけで一苦労。
「なんなのだその槍は! 半透明な上、雷に氷の魔法だと? 誰に作らせた!?」
「怠慢な依頼主に当たったのは不幸だったな。調べれば分かったことだろうに」
「だから貴様に問うているのだ!」
刺突は柄で逸らされる。
しかし、俺にとっても反撃に放たれた斜め上への一閃を受け止めるのはそう難しい事ではなかった。
退いたと思えば男は土を派手に蹴り上げる。
(目くらまし……!)
正確には土の塊。視界を塞ぐにはやや弱い。
結局、俺が突き出した槍に怖気づいてしまったために続かなかった。
苦し紛れの切り上げはあえて受け入れ、宙を舞う先端を氷の礫に変える。
生憎地面しか貫けなかったが、距離は開いた。
「連絡役を早々に捕らえたのも貴様だな? おかげでこちらの計画は狂いっぱなしだ」
「絵画を隠したのもお前達か? おかげでせっかくの祭りが台無しだ」
「……ほう? それは結構。策を巡らせた甲斐あったというものだ」
「心配するな。すぐ全部が無駄になる」
「ハンッ、やれるものならやってみろ!」
「言われなくても」
男は手にした鎌を片手剣のように軽々振るった。
かといって、そのために威力が落ちるわけでもない。
受け止め、弾いた槍から伝わる重さがその威力を物語っていた。
乱れ突きは射程外。本当に軽々動き回ってくれる。
(この男、よくもこんな形状の武器で白兵戦を……)
あんな見た目だから多少は何処かで引き摺ることもだろうと思っていたのが間違いだった。
足止めさせてとどめの一撃。
それか、最初の一発。
あんな大型の武器なのだからそのどちらかが主であってもおかしくはない。
しかし近くに放った《小用鳥》から怪しい影の発見が知らされることはなかった。
「《凍結》」
「その手は見飽きた!」
足元を凍らせた筈が。
鎌で砕くでもなく、男は力づくでそれを破った。
シンプルながらも確実な方法。出来るのならそれに越した事はない。
ご丁寧に破片を目の前にばら撒いてくれる。
「なるほど? 貴様の氷の魔法はそれだけか。前衛職にしては上出来だが、手札の少なさが表れ始めているぞ?」
「冗談」
これ以上情報も引き出せそうにない。
槍を突き刺し、割れ目から氷が伸ばす。
うねる氷は逃げる間も与えず男の動きを完全に封じてみせた。
「こ、氷を……!?」
「あまり動かない方がいい。この《氷蛇》の魔法に抵抗するほど身体を傷めることになる」
元はある人物が扱っていた魔法。
同じ名前のままでは扱えず、捻じ曲げた結果出来上がったのがこの氷の蛇。
対象に絡み付き、動きを封じる。
本人を氷の中に閉じ込めるより必要な魔力は少なく、比較的形状の自由度も高い魔法。
「さて、聞かせてもらおうか。お前達の親玉は誰だ? なんのためにこんなことをした?」
「質問が多いとは思わないか? 一度に答えを得られる筈がないだろう」
「いいやまったく。順に答えろ。それで済む話だ」
既に男の手から鎌は離れた。
爆発で遠ざけ、土で固める。これでもその気になればいくらでも取り返せるだろう。
しかし今完全に破壊する手立てはない。
剣を突きつけられた程度で動じる相手でもなかった。
「ならばこちらも答えない。貴様が情報を持っていないと分かっているのにわざわざ手掛かりを与えると思ったか?」
「そんなものは今要らない。俺が欲しいのは答えだけだ。犯人さえ聞けるのならそれで構わない」
「主犯ならここにいるだろう。氷の茨に閉じ込められた男がここに」
「何を今更。そんなに答えたくないなら、お前達に指示をした誰かが買収した見張り番からでも話を聞こうか?」
そいつの答えも分かっている。
大方『知らない。会ってない』とでも言うのだろう。
ターゲットに選んだのはおそらく金に困っている人物。
引き受ける相手を探せばいい。それこそ冒険者だって、本来であれば安定した職ではないのだから。
「信じがたいな。会ったこともない相手すら貶すのか。捕らえられもしない相手を」
「真っ先に疑われる事くらい分かっている筈だ。それに、隠した場所を聞きたいわけじゃない」
「……何?」
「中身が既に偽物だったか確かめたいだけだ」
中身が気になったから開けてみた。
そんな風に言えばある程度は誤魔化せると思ったのだろう。
実際にその見張り役の行動範囲から見つける事ができなければ信じざるを得なくなる。
毎年同じ相手に頼めば信頼関係も築けるだろうが、現実的ではない。
そこを突けば目を逸らす囮は用意できる筈。
盗んだタイミングはこの場合、重要ではない。
「転移の技術を応用すればいくらでも作れるだろう? 中身だけを丸ごと別の場所に移す仕掛けくらい」
「……知らないな。そんなこと」
「ああ、そうだろうな。お前はあくまでこの場所で襲うよう指示を受けていただけだ。……もう一度聞く。お前に指示をしたのは誰だ?」
すぐに気付けなかった自分には呆れるしかない。
ライザの件だけでもこちらの世界における転移がどういうものか触れる場面は何度も会った。
あの鳥人間の方はどうだか知らないが、痕跡の一つや二つ、探せば木箱のどこかにあってもおかしくはない。
魔力の残らない方法であれば発見は大幅に遅れさせられるだろう。
特に魔道具関連。あの辺りは未解明の部分が多いと聞く。
実際、ライザが隠し持っていたものもそうだった。
「し、知らない。本当に知らないんだ」
「だったらなんだ。そんなおかしな依頼が協会に掲示されていたとでも? ……ああいや、いい。そういうことか。代理人から話を聞いただけなのか」
協会の依頼にはそれらしい内容を掲示しておいて、その場所を訪れた相手に本当の依頼内容を伝える、とか。
何か暗号を仕掛けていたのかもしれない。
分からなければ普通の依頼。気付いた人物だけが辿り着ける――もっと言えば、それだけの相手を求めていた。
「……貴様、一体どこから見ていた? あの時は確かに二人だけ……」
「全く。お前がどの町で受けたのかも分からない。ただ、自分から率先して動こうとしない怠け者ならそう考えてもおかしくないと思っただけだ」
余程恨みがあって、そのために資金を貯めたか。贋金づくりのあてができたのか。
人数を集めようと思ったらかなりの額をバラ撒かなければならない。
ただの金持ち程度ではどうにもならないだろう。
「それとも? わざわざ俺が自分で事件を起こして解決しに来たと思ったか?」
「違うのか。そうとしか思えない」
「言いがかりが酷いのはお前の方じゃないか」
失礼な話だ。誰がわざわざそんなこと。
ましてこんな、関係のない大勢を巻き込んでしまうような方法で。
あの絵描きを共犯に巻き込むとしても、ストラに住む全員を巻き込めるわけがない。
まして昔から続くお祭り。歴史あるイベントの悪用など許す筈がない。
それだけ昔からの因縁であれば、さすがに調べようがない。
「……ああ、確かにそのようだ。貴様はあの者ではないらしい」
「ほう? 理由を聞かせてもらおうか。わざわざ手のひらを返した理由を」
「やはりな。あの者であれば次も知っている筈だ」
「……次?」
まだ何かあると言うのか。
バスフェーグの奪取。絵画の処分。住人への襲撃。
一時中止にさせるだけならそれだけでも十分――
「キリハ大変! さっき、ルークさんから――!」
だから、さすがにその展開は予想外だった。




